ここから本文です
開かない扉
寧々房の、小説の小部屋。開かない扉は覗いてみたい。けれども開けようがない、まだ。

書庫全体表示

 
二、いざない 2
 
 その時が来た。日曜午後。
 いよいよ屋敷の持ち主とのご対面である。
 地元の地図を描いて好評の喫茶店オーナー・上川の店は、コーヒーが美味しい。その店で、カヤが浪川夫婦に立会いの依頼をしたところ、快諾を得ることができた。家主は恐らく在宅であろうからと、3人は腰を上げ、川沿いを歩く犬連れの浪川夫妻と、屋敷の前で落ち合うことにした。 
 その3人を、気になる風な様子でちらちら見ている上川は、メガネをかけた痩せ型長身で、神経質で頑固そうな風体だ。が、60半ばのテノールの声がこの土地を語るときには、独自のこだわりがあって耳に心地よく、それが人を集めてもいる。車で1時間ほど離れた街から通って来る。何でも学生時代からこの土地が好きで、川のほとりで喫茶店を開きたいと願っていたのが、リタイア後、実現したのだとか。
 古い納屋を借りて自らリフォームし、川のほとりで喫茶店を開いた。屋外でコーヒーを飲ませる。目の前に橋が架かっていて、その橋の下には蛍が舞う。
 この町の里山を越えると、秩父に抜けられる。その峠越えは自転車こぎには格好の場所とロケーションで、自転車のみならず車の往来も日増しに増えてきた。店は、そんな彼らが立ち寄る場所として人気を得ていた。そして上川は、自分目線のメッセージを込めた地図を描いた。それがこの町にそれなりの貢献を果たしていることは確かだが、メッセージは地元にはようとして届かず、それに苛立ちを覚えるのか、歳を重ねるにつれ頑固さが際立ってきたとの噂も聞く。
  
 その喫茶店から「宿」まで、歩いて15分弱の一本道。
 宮倉家まで来ると、屋敷の表側と直角を成した道路に面した縁側に大柄な男が座っていた。その背後には、ロープに洗濯物がぶら下がっている。いかにも、男の“洗濯風景”であった。
 家主である。まさしく。
 カヤの心臓が、にわかにごとりと波打った。どうしよう。一瞬頭が空回りした。夫婦は犬連れであったためか、5分待っても現れなかった。その間の5分が、10分にも20分にも思えた。
 そう思うやいなや、彼女の足は男に向かって歩いていた。
 
 「あのう、突然失礼いたします。富士見市から来ました坂村と申します。大変ぶしつけですが、この家をお借りし たいのですが・・・」
 「俺が住んでんだよ。貸さねえよ」
 「あ、お住まいなんですね?」
 「見れば分かるだろうが」
 取りつく島がないとはこのことだ。カヤはたじろぎを禁じ得なかった。
 「ですが、表側は荒れていますよね」
 「余計なお世話だよ」
 「・・・勿体ないですよ。こんなに立派な家で、こんなに素敵な格子戸なんですから、きれいにして生かさない   と」
 「あんたにそんなこと言われる筋合いは、ねえよ」
 確かに。初対面の女が、何をかいわんやである。
 「・・・実は私、陶芸をかじっていまして、お店を出したいんです」
 「貸さねえって言ってるだろうがよ」
 ギョロリとした、眼鏡越しの大きな目で言う。
 「きれいにしますから。これまでも古い家を借りてはきれいにして出てきました。この家は手ごわいですが、頑  張って、最後の家だと思ってきれいにします。貸してください。家は、人が入ってこそです。使わないと駄目にな っちゃうじゃないですか」
 「駄目になるときゃ、駄目になればいいんだよ」
 「駄目になるって、どう駄目になるんですか?」
 「炭とか、灰にだよ」
 「まさか。そんな、心にもないことを」
 カヤは笑いながら言っていた。
 「どのくらい経っているんですが、この家は」
 「関係ねえだろ、あんたには」
 こんな憎々し気な言葉がスルスル出てくる。慇懃無礼である。この家は無理だと、人々が口にすることに納得。
 しかし、元来気が強い彼女。相手が権威ぶればぶるほど負けじと食い下がる。
 「えぇっと、私、こんなものも作っているんです」
 彼女はいつも、トレードマークのような大きめな革製の赤いバッグを持っている。その中から、クリアファイルに挟んだA4サイズの紙にプリントした、6枚の写真を取り出した。自分の作品、仏像の写真である。
 
 それを渡された宮倉は、しばらくじっとその6枚を見2階家を顎で指して、
 「あっちだったら、貸してやるよ」
 と言った。
 「わっ、本当ですか? 借してくださるんですね! ありがとうございます!」
 思いがけず難関を突破することができたカヤは、一瞬にして心身が小踊りした。しかも、ひとりでである。犬連れの夫婦は現れる様子がない。
 「あのう、こちら側はだめですか?」
 その時ふたりは、屋敷の表側角にある白木蓮の大きな樹の下の石の上に並んで座っていた。1年前に新しくしたという千本格子を目の前にして。
 「駄目!」
 宮倉は、言下に言い放つ。
 「だって、おかしいじゃないですか。あっちがきれいになって、こっちがこのままでは」
 「かまやしねえよ」
 「しますよ、私が」
 今度は、鼻で笑われた。
 「この格子戸、素敵ですよね。この中で轆轤を回して、疲れたら目をあげる。すると空が見える、緑が見える。い いですよね・・・。お願いします、こちらも貸してください」
 カヤは膝に手を置いて、頭をぺこりと2度下げた。
 「しょうがねえ、じゃあ、貸してやるよ」
 「わっ、ありがとうございます! 頑張ってきれいにしますから!」 
 「貸してやってもいいけど、条件がある」
 「は? 何でしょ」
 「住民票を持ってくることと、ささら祭りを手伝うこと」
 「はい、田舎暮らしは私の望むところです。ついでに言わせていただきますが、私の田舎暮らしのイメージは萱 葺きの屋根なんです、里山に囲まれた。母の実家がそうでした」
 「どこだい」
 「新潟です」
 「新潟、か」
 「ささら祭り、ですか?」
 「知らねえか。ここの祭りだよ」
 「はあ・・・」
 カヤは曖昧に返事をした。知らないものは、想像しない。
 ここまでくると、偏屈だなどと言われている目の前の男が、その印象は拭えないとしても、人間として基本的には悪い人間ではないと思えてきた。むしろ、虚を張る寂しさが見えたりする。そう思えるのは、初対面の相手にぽつりぽつりと自分のことを話し出したからである。
 
 「週末しか帰ってこないから、手がこんなだよ」
 日焼けした手を見せる。指先も、短く切りそろえた爪も、黒い。
 「狭いけどよ、畑があれば、草が出るし虫もつく・・・。花も、あるし・・・」
 花も、あるし・・・。このひと言が、カヤの琴線にひょいと触れた。大柄で、一見無骨そうにも見える男からは意外なそれであった。後に知ることは、築160年余といわれ、かつて名主だった時代に農民一揆、正確には武州世直し一揆に襲われた家で、当時のお金で五百両持って行かれたという。飯能の貧しい農民が金品目当てに鎌や手斧で脅し、人に危害を与えない代わりにを屋敷のいたるところを傷つけたのは、この家はもう襲ったぞという印づけだったと、後に店の客から教えられた。一部梁には、刀の傷と説明された傷が幾筋もある。
 
 土地の広さは200坪未満だろうか。道路拡張の際にいくらか削られたとのこと。庭には草木が所狭しと植えられていて、片隅には畑らしきスペースがあるにはあった。4羽の烏骨鶏が小屋の中で飼われていて、ときには庭で遊ぶ。
 「もう一軒、家があるんだよ」
 「え? もしかして、萱葺きの家ですか?」
 カヤの目の色がすぐさま変わったのを見て、「貸さねえぞ」と、宮倉は三度も念を押した。その言いようがなぜかおかしくて、カヤはくすりと笑った。
 「連れてってやろうか」
 思いがけない言葉が返ってきた。
 「はい。連れてってください。お近くですか?」
 詮索するまでもなく、すぐに応じた。
 「近いけど、少し歩く」
 「じゃあ、私の車で行きましょう」
 
 ものの3分であった。
 通りからほんの少し奥まったところ、人ひとりが通れるだけの小さな坂道と数段の石の階段を上がると、60坪ほどの土地に、6坪のお堂がふたつくっついたような、かわいらしい大きさの建物が建っていた。手前には確かに野菜畑があり、収穫にはまだ早い、ピーマンやナス、トマト、キュウリの苗が行儀よく並んでいていて、柿の木があれば芍薬があり、紫陽花も咲いている。
 萱葺きの屋根である。けれども、何年葺き替えられていないのだろうか。カヤには、何年たつと萱葺きの屋根がこうなるのかが分からなかった。長い風月を感じることはできる。屋根の一部は萱が今にも抜け落ちそうだし、鳥が運んだ植物の種が根付き、何本も草が生えている。遠目には、荒れた土地や家を象徴するナズナの別名で、実の形が三味線のバチに似ているのでペンペン草と呼ばれる草は見えなかったにしても・・・。
 
 庭の左横を見れば、石の地蔵尊が6体並んでいる。首がもげたのか折られたのか、修復されたものもある。
 建物の裏は里山が迫っていて、すぐ後ろから登れる細い道があった。見上げると、宮倉家の墓石の頭が見えた。
 カヤはふと思った。この光景はどこかに似ている、どこだろうと・・・。が、すぐに思い当たった。母・好乃の実家の裏山とそっくりなのであった。家族の墓があり、遊びに行った子供の頃、祖母に、そこには先祖が眠っていると教えられ、神妙な気持ちになったことが思い出される。
 祖母の家には大きな仏壇があった。半間そのままが仏壇で、全体が黒ずんで見えたのは、線香の煙りにすすけたためで、金箔が剥げ落ちた、小さな仏像が祀られていた。幼心に彼女は、ちょうど仏壇のある後ろ側の家の外壁から裏山に延びていた電線を、訳も分からず、これは神さまに繋がる線だと思っていた。仏壇に手を合わせる祖母の姿を、よく見ていたからだろう。
 「こっちは貸さねえぞ」、などと宮倉はむきになって言ったが、借りるには無理があり、宮倉家のルーツの家だと聞けばなおのこと、この家は貸す貸さねえの類ではないはずだ、と思う。
 のちに分かったことだが、宮倉は毎年ここで“花祭り”を催して、近所の人たちに甘茶をふるまっていた。
 
 カヤが越してきた2年後には、この家は瓦屋根になってしまった・・・。
 
 宮倉と萱葺きの家に行っている間に、浪川夫婦とは入れ違いになってしまったらしく、宮倉家の表側が借りられることになったのを報告すると、手放しで喜んでくれた。が、それ以上に驚いた顔になって、浪川夫妻は顔を見合わせた。
 「あら、良かったわね! よく借りられたこと!」
 妻の陽子が感心したように目を丸くした。
 「ふふ、きっと仏像さんのお陰です。写真をお見せするまでは駄目の一点張りだったんですから」
 「そうでしょう?」
 「はい、正直、はじめは怖かったです。ふふ」
 「そうかもしれないわね。でも、意外といい人よ。で、いつ越してらっしゃるの?」
 「肝心な住まいの方がまだなので、いつとは言えません。また来週来ます。宮倉さんが中を見せてくださるって 仰っているので」
 「そう。じゃあまたいらっしゃいよ、うちに」
 
 そうしてその日の午後、十字路の空き地に神輿と屋台が出て、地元神社の例大祭山王祭が始まったのをしばし見て、カヤは夕暮れ前には家路を急いだ。
  
 
 つづく
 

  • 顔アイコン

    ここでまた扉を閉めるつもりでしたが、次の「三、因習と風土」も
    公開させていただきます。
    田舎暮らしの難しさここにありを、知っていただくためにも。。

    読んでくださっている方、心から感謝いたします。m(_ _)m

    [ neibo3698 ]

    2015/1/3(土) 午後 0:55

neibo3698
neibo3698
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事