ここから本文です
開かない扉
寧々房の、小説の小部屋。開かない扉は覗いてみたい。けれども開けようがない、まだ。

書庫全体表示

   
*そそっかしいわたくし目、五と六の順序を間違えましたです。><
  どうぞ、こちらを先にお読みになられてから、六をお読みくださいませ。m(_ _)m
 
五、村が町になる
 
 宮倉家には門のほかにもうひとつ、この家を象徴するものがある。
 美しい、白木蓮の樹だ。「宿」十字路の春の訪れを告知するに十分な樹で、合掌を連想させる固い蕾がほどけ始めると、あと少し、あと少しと春を待つように、時おり通り過ぎる人々は足を止めて仰ぎ見る。咲き誇ったときのさまはそれはそれは美しく、堂々の古民家と引き立てあう。
 
 まだ固かった。今は満開を想像するだけのカヤであったが、その固い蕾が開き、その象牙色の白さを早く見たいと思った。それをひとつの楽しみとして、日々の掃除に精を出していた。
 2月半ば、ベースの部分は終わりに近づいて、電気工事に入っている。
 何の伝(つて)もない片田舎に来て、ここからはカヤはいっぱしの工事の依頼主になった。しかし間には宮倉がいて、彼女が口を挟める余地がない。大工と建具職人がお抱えであれば、関連業者も選ぶ権利はなく、見積もりさえ提示されない。提示されたとしても、比べる見積もりが用意されない。要は、すべて業者の言いなりなのである。相手が女ひとりだと、甘く見る。よくある話がここでも展開しようとしている。
 カヤは、またかとうんざりした。すでに何度も辛酸をなめているのだから。しかも、下手に値切ろうものなら、あの人は…と、レッテルを貼る。だがこの電気工事に限っては、幸いその道に詳しい知人のアドバイスにより、全体の5%ほど低く抑えることができた。強気にも、業者に向かって、「どうか女ひとりだからと、足元を見るようなことはしないでください」と言えたからで、言ってもその程度だった。
 
 関わりごとが増えると、必ずと言っていいほど腑に落ちないことに直面する。
 ちょうどその頃、この土地に来て早々にも選挙と重なった。
 村から、町になる。その1回目の選挙で、「木のむら」というキャッチフレーズに魅かれてこの土地に入った彼女にしてみれば、まるで裏切られた気分だった。隣村との合併で、町長と町会議員を選出する選挙になる。越してきて4ヶ月未満の選挙では、熱が入らない。仕方なく、ただ知って話したことがあるだけの材料で、町長と議員の両候補に、好乃とともに一票を入れた。
 
 その投票日の1週間前にカヤは、自宅から3軒隣の蕎麦屋「美多村」を営む三田村映子から夕食に招かれた。苦手である。であるが、無下に断る筋ではあるまいし、また近隣を知る必要性もあると応じることにして、7時に呼び鈴を鳴らした。キャンキャンと甲高い犬の声が階下に届いてきたと思ったら、階段を駆け降りてきて、カヤにじゃれ付いた。動物好きのカヤではあるが、躾がされていないうえにけたたましいと、好きを通り越す。案の定、腕を咬まれてしまった。
 「あっ、大丈夫?」
 映子は慌てて心配したが、
 「はい、大丈夫です、大丈夫」
 と言ったものの、腕に付いた傷は2週間消えなかった。
 新築したばかりの映子の家は、切り盛り上手な彼女の手腕で建てた家で、同じ組内の工務店に頼まざるを得なかったのか、ここはこうしたかった、あそこはこうじゃなかったのにと不満を漏らした。映子とは、家探しの際に評判の店と聞いて2度ほど昼に利用しただけの間柄だった。
 隣の村から嫁いできて、男女2人の子供を残して若くして病死した夫を見送った後蕎麦屋を起こし、それに成功した。まだこの地域に気の利いた食べ物屋などないときで、近所からは白い目で見られたという。しかし、器やそば粉にこだわり、地野菜や山菜にも目を配ったお陰で評判になった。小柄だが良く動く、はしっこい女性の印象がある。
 カヤを招待したのは、他でもない、好奇心であった。好奇心だったら、負けず劣らずのカヤである。
 口も早いが手も早い映子は、地元で有名で人気の豆腐屋から買ってきた豆腐で、湯豆腐を作ってくれた。店をやっているから何もできなくてゴメンネと、それがメインで人を呼ぶほどのテーブルではないことを思えば、カヤを知ろうとした気が急いたのだろう。
 しかし本題は、町長選にもあることが知れた。 
 立て続けの質問後、おぼろげながらカヤの人となりが分かった気がしたのか、映子は話題を選挙に向けてきた。ビールを注がれ、湯豆腐をつつく。有機農家との契約大豆を使った豆腐は味が濃く、美味しかった。小鉢には瓶詰めの蛍烏賊が盛られていた。酒に弱い映子はたちまち目の周りを赤くして、黒のアイラインを引いた目をパチクリさせながら喋る。
 「ところで坂村さん、来てすぐに選挙だなんて、誰に入れようか困っちゃうでしょ?」
 「そうですね、確かに」 
 「誰に入れるの?」
 「誰にって、こちらの尾高村長と、飯堀議員さんしか知りませんから」
 「そうよね、こっちの村長に入れないとこっちが負けちゃうからね。あっちよりこっちの方が人数が多いんだから 勝つと思うけど、負けちゃったら置いていかれちゃうわよ。尾高さんに入れないと、絶対に」
 カヤは村長の尾高を、村長室で3回会って知っていた。今まさに口にしている豆腐を売っている店の近くにたまたまいたときに知り合った、地元の鉄工所の男性が元青年部役員だったことから、紹介されたのであった。紹介すると言ってくれたものの、電話で催促してやっとの実現であったが、一度会うと尾高は心安く会ってくれた。
 カヤより若干年上で、元スポーツマンらしく快活な話し振りで好感は持てたが、結局は選挙に負けて行政から手を引いた。
 
 選挙結果は誰もが尾高が有利だと予測していたが、僅差で合併相手の村長に軍配が上がった。選挙は蓋を開けてみないと分らないという典型だろうと思ったが、まことしやかに流れた後日談では、一度は出馬しないと言って前言を翻した尾高の高慢さと、特定業者との癒着が取りざたされて票が流れたとの見方が強かった。加えて相手村長の裏での巧妙さに惑わされての票が、不利に動いたのだと。
 何のことはない、映子もそのひとりだった。それを問えば、「文化に力を入れる人」との噂が流れたのを真に受けてのことで、新町長は、ただの音楽好きでカラオケも上手く太鼓も叩く、その程度のことだった。後になって、業者との利権にまみれた限りなくダークな事が判明しても、議員たちは一部を除けば皆右へ倣いで、リコールする実力も気力もない。
 映子もしばらくしてそれらを知ることになり、忸怩たる思いをカヤに語るにいたった。映子ひとりでなく、そんな多くの人たちの判断が、その後の流れを招いてしまったのだから・・・。
 カヤは大いに失望した。この土地に初めて立ったときにインストールされた門前町復活の構想が、スゥーッと足元から引き潮にさらわれる砂のように引いていくのを感じた。
 村が町になったところで住民の生活が豊かになるわけでもなく、漢字だった土地の名前が平易な平仮名になってしまった。それ自体は賛否両論であるが、両論は地元内だけで、地元外はほとんど漢字支持が圧倒している。
 平成の大改革で、安易で平易でお粗末な合併から、またひとつふたつと村が消え、無理矢理向き合う自治体の空洞期間と派閥争いを生むだけで何も変わろうとしない、旧態依然とした地方行政が強固になるだけなのであった。新町長は合併特例債を自利のために使い、自然豊かな町の“財産”を壊し始めた。
 けれども、彼女の実際問題はそんなことよりも、自分の生活、自分の店を運営することの方が先決であった。したがって、そんな流れを意に介する暇はなく、目の前の道しか見ていなかった。
 少し先のことを今言えば、4年後の再選選挙には対抗馬が出ず、現町長がそのまま無投票で続投が決まった。12人の議員たちの多くは事なかれ主義のイエスマンで、地方議会はこんなものかと、興味も捨てた。
 しかし、現町長2期目半ばにある事件が起こり、その行方に彼女も巻き込まれ、にわかに行政の姿が身近になってきてからというもの、カヤの周りにこれまでにない流れができて、否が応でも行政の動きに関わらざるを得なくなっていくのであった。
 その間、世界を揺るがしたリーマンショック、自民党から民主党への政権交代があり、そして東日本大震災が起きた。そして、長い景気低迷である。混沌とした想定不能な、希望なき未来・・・。
 それでもなぜか彼女は、この国に希望を持ち続けるのには意味があると思っていた。
 この時点では・・・。
 
つづく
 
 
 
 
 
neibo3698
neibo3698
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事