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[2006年9月6日]
口腔外科で、月1回のメンテナンス受けているが、奥歯の詰め物が取れてしまった後が、神経にまで障るう歯となり、今月28日に、みたびの全身麻酔治療をすることになった。
実際、一遍に十数本ものう歯治療というのは、かなり無理があるんじゃないかと思う。かといって、施術後無事に過ごしている子もいるわけで、息子ばかりがなぜ?と悲しくなる。乳歯の頃から、放っておいたわけじゃない。近くの歯科で慣らしから始めて定期的に通院していた。歯磨きだって毎晩・・・。と嘆いていたって始まらないので、息子が一番辛いんやもんな、又一緒にガンバリましょう。
[2006年9月28日]
1回目は受付で待ってる時に怒り出した。勿論初めての不安からだろう。2回目は、個室の予約が病棟に連絡できてなかった。3回目は、息子を連れたオットは時間差で病院へ向い、私が受け付け済ませて看護師さんが迎えに来てくれてから息子が病院内に入る手はずだった。
病棟は、なんと小児科。そして、、、個室は準備中だからと、他には誰もいない4人部屋へ入れられた。誰もいないからって、ベッドは4つあるわけで、息子は落ち着かなかった。コミック、切り抜き、NHKテレビ、どれも続かず荒れ出した。何度も私の目を突くポーズを繰り返す。かといって、離れるとくっついてくる。病院の備品を蹴り壊されても困るのでベッド脇にいると、息子は泣きながら、隙を狙って私の左目を突いた。一瞬、チカッと光が広がってしゃがみ込む。オットが、コラッと怒鳴る。息子を叩こうとするのを止め、「怒ったらあかん!!」 となんとか片目を開いて叫ぶ。まるで、芥川龍之介の地獄絵図。
だいたい、今回の手術内容には、2週間前、2人でドライブ中にパニくる息子の顔面をオットが殴打して、前歯がぐらついて歯茎に膿みが溜まっているのを切除することも含まれている。パニック状態で暴れているのを叱ったりしたら火に油を注ぐと、いつになったら理解してくれるのか。パニックは氷山の一角に過ぎず水面下に潜む自閉症の特性からくる弱さの理解、などとの理論に辿り着くまであと何年掛かるというのだ。
閑話休題
親子で泣きながら、なんとか収った昼前頃、麻酔科のDr.が来られ、「え?朝ご飯食べてないの?」 うそやろーー。前日夜から絶食してますって。 「ごめんなさいね。今日は手術が5ケースあって、その最後やから、夕方5時頃になるわ。」
ご・5時ですか!!!
この春先からの尋常じゃない食欲旺盛の息子にとって、何にも増して辛い空腹。取り敢えず、ジュースを200cc程飲ませるように言われ、売店に走るが、炭酸の200なんてありません。(冷静になれば、自販機にはあった) えーーっと、カフェインは麻酔前にいいのか?と迷いながらワンダコーヒーを買って病室に駆け上がる。息子はほんとに一口で飲み干した。
夕方手術なら今夜は泊まりますのでどうか個室をお願いします。と病棟受付に再度陳情。やっと個室に移ると、息子は嘘のように穏やかな表情になって、小堺君を見始めた。その後は絵本を見たり、切り抜きしたり。
午後3時を過ぎると、スケジュールを広げて、線引きチェックを始め、Dr.が来る時間を聞いてきた。(スケジュールの時刻表示は空欄) 又怒り出すかとドキドキしながら、えいままよ、5:00 と書くと、息子は無言で布団を被り、なんと、眠ってしまった。
寝入りばなを起こされるのは誰も良しとはしないと思うが、麻酔前に服用する錠剤を持って麻酔科の担当医が病室に来られた。小さな薬を渡すと、飛んできびすをかえして4ケース目の手術に戻られる。出来るならこのまま、寝たまま手術室へ、などと甘い考え両手で払い、息子を起こして薬を飲ませる。
個室じゃなかったこと、それが引き金ではあったが、分かっちゃいるけど嫌なんだ、って精一杯の抵抗だったのだろう。再び観念した息子は、声掛けだけで半身起きあがり、薬を飲むと又布団を被った。
そして夕方5時半、実に24時間の絶食を経て、看護師さんの押す車椅子に乗って手術室に向った。ベッドから車椅子に乗る時、無言ですがるように私の顔を見た息子は、そう、確かに自分の思いを目で訴えていた気がする。
手術室へ入って行くと、「お母さん、いってきますって」 と看護師さんに促されて、息子は車椅子に座って前を向いたまま
「イッテラシャイ」 と言って手を小さく振った。
午後7時15分手術終了。手術室前の控え室には、私達2人しかいなくて、オットは雑誌を私は持参の小林聡美のエッセイを読んで過ごした。全く現実からワープさせてくれる小さな文庫本のすごさよ。入院中の父が、リスクの大きさから手術中止になったこともあり、今回ばかりは、ふと頭をよぎる不安から逃げる為には、口を開いて言葉を発することすら躊躇された。
Dr.が入って来られて、一瞬にして“今”に戻る。毎回思うことだが、手術直後のDr.はとても優しい目をされる。19日の事前検査では出ていなかった不整脈が手術中に顕著で、前回とは違う薬を点滴しながらの手術だった、との説明。手術じたいは問題なく終了。う歯の進んだ奥歯と前歯は神経処理を施された。この病院にはない薬を、非常勤の歯科医から提供して貰って歯の根本に埋め込み最善を尽くして下さった。
手術室に迎えに行くと、息子は目をギュッとつむったままで
「オシマイ」 とはっきり言った。
おしまいやねぇ、ガンバッたねぇ、と髪をそっとなでる。
病室に戻ってそのまま熟睡、とはいかず、午後8時頃、むっくと起き上がりそのままトイレへ直行。嘔吐が少し治まってから、用意していたスポーツドリンクを渡すと、山奥で発見された遭難者の様に一気飲み。が、又トイレへ急ぐ。ほぼ10分おきに嘔吐が続く。病室に来られたDr.に吐き止めを処方して貰う。
息子にとって、弱り目に祟り目とは重々承知の上で、手術後は別紙にしておいたスケジュールを見せる。病院で寝ます。29日帰ります。
余程しんどかったのか、ええいままよの心境か、はたまた病院内の観念状態が続いているせいか、スケジュールを無言で眺めた息子は
「ワカッタァ、ハイ。」 とパジャマに着替えると布団を被った。
午後9時、手術後いったん家へ戻っていたオットが病室に戻り、交代。翌日の娘の為の(いや勿論オットの為の)菓子パンと、息子の為の“おいしい水”と自分の弁当を買って帰る。急いで弁当かっ込み、1階と2階のトイレ掃除。普段がいい加減で、とても便器を抱え込んで嘔吐する息子に対応できるトイレの状態じゃなくて。
午後10時半、病院に戻りオットと交代。息子はすやすや眠っていた。息子の横に並べた簡易ベッドに横になり、息子の手を握る。いつの間にこんなにでかい手になったんだ。握るというより、パラマウントベッドから伸びた手につかまってる感じに苦笑しながらウトウトする。
午前1時、起き上がった息子は再びトイレに向うが、籠もることなくパラマウントベッドに戻る。
午前2時過ぎ、トイレに向った後は徐々に目が覚めてきて、意識レベルが戻ってくると、ベッドから飛び降りて窓のブラインドを開けた。時計を確認して再び外を見る。夜の2時というのは、あまり馴染みがない。今度はテレビをつける。へぇ、今はこの時間でも番組やってるんやぁ、と今更驚く母にはかまわず、テレビ台の上に乗せてあった病院の夕食を見つけると、好物の唐揚げ(特注したわけではない)と、ご飯にみそ汁かけて半分食べた。
その後、予想通りトイレ通いに戻るが、外が少し白んでくる頃には嘔吐も治まってきて、終了後1時間も経たずに着ぐるみキャラクターが踊り出した8チャンネルを見ながら過ごす。へぇ、こんな時はボリューム上げたりしないんやぁ、などと感心している母には無関心。
おとなしいと、何かあげたくなるお婆ちゃんの気分で、1階の自販機までコーラを買いに行く。あぁ自分のコーヒーも買えばよかった、などとエレベーターの中で思いながら病室に戻ると、息子はもうTシャツ・ジャージに着替えて、パジャマに加えてテーブルの上に広げてあったコミックその他もすっかりスポーツバッグの中に収っていた。
午前6時半にコーラを又一気飲みした後、おいしい水のペットボトルで遊んでいたが、眺めたスケジュールをはらりとベッドの下に落とすと、仰向けになって布団を引き上げウトウト。2人とも、朝食を運ばれたことにも気付かなかった。
毎日の習慣なのか、体内記憶のなせる技か、8時前に今度こそ目覚めた息子は、NHK教育にチャンネルを合わせると、運ばれていた病院食に手を伸ばして、ご飯にみそ汁掛けて食べきった。ほどなく看護師さんが来て、朝の薬を貰う。ここで、パノラマレントゲンを撮って、Dr.確認の後退院となる旨聞く。
まったく、スケジュールというものを知らなければ、息子にその習慣がなかったとしたら、ここで又またの混乱をきたすであろう息子をなだめて納得させる手段など、思いつきもしない。朝食の後、Dr.が来られたら帰れると信じている息子に、急いで、レントゲンのチェキ写真をスケジュールに貼って示す。
またもや無言でスケジュールを凝視しているところへ、折良くオット登場。その流れで息子はスケジュールをテーブルに戻した。
これが終われば今度こそ帰れる、ケンタだ!!
モチベーションの威力か単なる慣れか、なんと息子は一人でレントゲン室の中でパノラマ撮影に成功した。
午前10時過ぎ、NHK教育は “さんすう” の時間になってしまって息子の一挙一動に敏感になってきた頃、病室にDr.が来られた。息子がDr.の腕を “ポン” と叩く。母が固まる。すかさずDr.は、「ん?おはよ。」 とひきつり笑い、いや、微笑まれた。
パノラマレントゲンの結果は良好で退院許可が出て、息子はオットの手を引いて(逆ではなく) 母を振り返りもせずに病室を出た。
朝の光が目に入ると、少しクラッとして左目の視界下に三日月が見えるので(下にあるのは下弦の月か) 病院に残って眼科を受診した。瞳孔を開く検査は久しぶりで、1回の目薬の後、「ああ、もう開いてますね。」 と看護師さんに言われると、思わずバッグの中の手鏡出して自分の左目のアップを見てしまった。黒目の真ん中にあるはずのいつもは小さい黒い○が、殆ど黒目の淵近くまで大きくなっていた。勿論、黒いままです。
若い眼科医は実に丁寧に診察してくれて、今回の事が原因かどうかははっきりしないが網膜に弱っている部分がある、と言われた。亀田と闘った記憶もないので、多分今回の息子からの一撃によるダメージの結果と思われる。ま、急に視界が半分になったり、見え方に変化があればすぐに受診するように、ということだった。
その2時間後には、父の病院へ車を走らせることが可能だったので、心配したもんじゃない。
環境を整える、というのは実に難しい。回りの理解が必須条件になる。前回は内科、今回は小児科病棟に入院で、縄張りがあるわけでもなかろうに、病棟間の連絡というのは簡単なものみたいに感じた。だから、いくら歯科病棟で、事前にこってり息子の説明をしたところで、当日ベッドの空いてる病棟に入院することになれば、その自閉症に関しての説明は水の泡となる。
それにしても、希望もしていないシャワー付き個室2日分の支払いは、ちょっとばかり納得し難いが、退院と同時に完璧に食欲も戻り、慌てて掃除した自宅のトイレで便器を抱え込むこともなく、機嫌良くしている息子に免じて、病院の方々は言うに及ばず、携帯にお見舞いメールくれた仲間をはじめ、オットも含め全ての関係者に感謝申し上げます。
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