藍色の湖

たびたびタイトルが変わるのは、訳ありで・・・

息子の歯科治療

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他のブログに載せた記事ですが、カテゴリーに分けられないブログの為、こちらでまとめてみました。
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口腔外科手術その3

[2006年9月6日]

口腔外科で、月1回のメンテナンス受けているが、奥歯の詰め物が取れてしまった後が、神経にまで障るう歯となり、今月28日に、みたびの全身麻酔治療をすることになった。

実際、一遍に十数本ものう歯治療というのは、かなり無理があるんじゃないかと思う。かといって、施術後無事に過ごしている子もいるわけで、息子ばかりがなぜ?と悲しくなる。乳歯の頃から、放っておいたわけじゃない。近くの歯科で慣らしから始めて定期的に通院していた。歯磨きだって毎晩・・・。と嘆いていたって始まらないので、息子が一番辛いんやもんな、又一緒にガンバリましょう。


[2006年9月28日]

1回目は受付で待ってる時に怒り出した。勿論初めての不安からだろう。2回目は、個室の予約が病棟に連絡できてなかった。3回目は、息子を連れたオットは時間差で病院へ向い、私が受け付け済ませて看護師さんが迎えに来てくれてから息子が病院内に入る手はずだった。

病棟は、なんと小児科。そして、、、個室は準備中だからと、他には誰もいない4人部屋へ入れられた。誰もいないからって、ベッドは4つあるわけで、息子は落ち着かなかった。コミック、切り抜き、NHKテレビ、どれも続かず荒れ出した。何度も私の目を突くポーズを繰り返す。かといって、離れるとくっついてくる。病院の備品を蹴り壊されても困るのでベッド脇にいると、息子は泣きながら、隙を狙って私の左目を突いた。一瞬、チカッと光が広がってしゃがみ込む。オットが、コラッと怒鳴る。息子を叩こうとするのを止め、「怒ったらあかん!!」 となんとか片目を開いて叫ぶ。まるで、芥川龍之介の地獄絵図。

だいたい、今回の手術内容には、2週間前、2人でドライブ中にパニくる息子の顔面をオットが殴打して、前歯がぐらついて歯茎に膿みが溜まっているのを切除することも含まれている。パニック状態で暴れているのを叱ったりしたら火に油を注ぐと、いつになったら理解してくれるのか。パニックは氷山の一角に過ぎず水面下に潜む自閉症の特性からくる弱さの理解、などとの理論に辿り着くまであと何年掛かるというのだ。

閑話休題

親子で泣きながら、なんとか収った昼前頃、麻酔科のDr.が来られ、「え?朝ご飯食べてないの?」 うそやろーー。前日夜から絶食してますって。 「ごめんなさいね。今日は手術が5ケースあって、その最後やから、夕方5時頃になるわ。」

ご・5時ですか!!!

この春先からの尋常じゃない食欲旺盛の息子にとって、何にも増して辛い空腹。取り敢えず、ジュースを200cc程飲ませるように言われ、売店に走るが、炭酸の200なんてありません。(冷静になれば、自販機にはあった) えーーっと、カフェインは麻酔前にいいのか?と迷いながらワンダコーヒーを買って病室に駆け上がる。息子はほんとに一口で飲み干した。

夕方手術なら今夜は泊まりますのでどうか個室をお願いします。と病棟受付に再度陳情。やっと個室に移ると、息子は嘘のように穏やかな表情になって、小堺君を見始めた。その後は絵本を見たり、切り抜きしたり。

午後3時を過ぎると、スケジュールを広げて、線引きチェックを始め、Dr.が来る時間を聞いてきた。(スケジュールの時刻表示は空欄) 又怒り出すかとドキドキしながら、えいままよ、5:00 と書くと、息子は無言で布団を被り、なんと、眠ってしまった。

寝入りばなを起こされるのは誰も良しとはしないと思うが、麻酔前に服用する錠剤を持って麻酔科の担当医が病室に来られた。小さな薬を渡すと、飛んできびすをかえして4ケース目の手術に戻られる。出来るならこのまま、寝たまま手術室へ、などと甘い考え両手で払い、息子を起こして薬を飲ませる。

個室じゃなかったこと、それが引き金ではあったが、分かっちゃいるけど嫌なんだ、って精一杯の抵抗だったのだろう。再び観念した息子は、声掛けだけで半身起きあがり、薬を飲むと又布団を被った。

そして夕方5時半、実に24時間の絶食を経て、看護師さんの押す車椅子に乗って手術室に向った。ベッドから車椅子に乗る時、無言ですがるように私の顔を見た息子は、そう、確かに自分の思いを目で訴えていた気がする。

手術室へ入って行くと、「お母さん、いってきますって」 と看護師さんに促されて、息子は車椅子に座って前を向いたまま

「イッテラシャイ」 と言って手を小さく振った。

午後7時15分手術終了。手術室前の控え室には、私達2人しかいなくて、オットは雑誌を私は持参の小林聡美のエッセイを読んで過ごした。全く現実からワープさせてくれる小さな文庫本のすごさよ。入院中の父が、リスクの大きさから手術中止になったこともあり、今回ばかりは、ふと頭をよぎる不安から逃げる為には、口を開いて言葉を発することすら躊躇された。

Dr.が入って来られて、一瞬にして“今”に戻る。毎回思うことだが、手術直後のDr.はとても優しい目をされる。19日の事前検査では出ていなかった不整脈が手術中に顕著で、前回とは違う薬を点滴しながらの手術だった、との説明。手術じたいは問題なく終了。う歯の進んだ奥歯と前歯は神経処理を施された。この病院にはない薬を、非常勤の歯科医から提供して貰って歯の根本に埋め込み最善を尽くして下さった。

手術室に迎えに行くと、息子は目をギュッとつむったままで
「オシマイ」 とはっきり言った。
おしまいやねぇ、ガンバッたねぇ、と髪をそっとなでる。

病室に戻ってそのまま熟睡、とはいかず、午後8時頃、むっくと起き上がりそのままトイレへ直行。嘔吐が少し治まってから、用意していたスポーツドリンクを渡すと、山奥で発見された遭難者の様に一気飲み。が、又トイレへ急ぐ。ほぼ10分おきに嘔吐が続く。病室に来られたDr.に吐き止めを処方して貰う。

息子にとって、弱り目に祟り目とは重々承知の上で、手術後は別紙にしておいたスケジュールを見せる。病院で寝ます。29日帰ります。

余程しんどかったのか、ええいままよの心境か、はたまた病院内の観念状態が続いているせいか、スケジュールを無言で眺めた息子は
「ワカッタァ、ハイ。」 とパジャマに着替えると布団を被った。

午後9時、手術後いったん家へ戻っていたオットが病室に戻り、交代。翌日の娘の為の(いや勿論オットの為の)菓子パンと、息子の為の“おいしい水”と自分の弁当を買って帰る。急いで弁当かっ込み、1階と2階のトイレ掃除。普段がいい加減で、とても便器を抱え込んで嘔吐する息子に対応できるトイレの状態じゃなくて。

午後10時半、病院に戻りオットと交代。息子はすやすや眠っていた。息子の横に並べた簡易ベッドに横になり、息子の手を握る。いつの間にこんなにでかい手になったんだ。握るというより、パラマウントベッドから伸びた手につかまってる感じに苦笑しながらウトウトする。

午前1時、起き上がった息子は再びトイレに向うが、籠もることなくパラマウントベッドに戻る。

午前2時過ぎ、トイレに向った後は徐々に目が覚めてきて、意識レベルが戻ってくると、ベッドから飛び降りて窓のブラインドを開けた。時計を確認して再び外を見る。夜の2時というのは、あまり馴染みがない。今度はテレビをつける。へぇ、今はこの時間でも番組やってるんやぁ、と今更驚く母にはかまわず、テレビ台の上に乗せてあった病院の夕食を見つけると、好物の唐揚げ(特注したわけではない)と、ご飯にみそ汁かけて半分食べた。

その後、予想通りトイレ通いに戻るが、外が少し白んでくる頃には嘔吐も治まってきて、終了後1時間も経たずに着ぐるみキャラクターが踊り出した8チャンネルを見ながら過ごす。へぇ、こんな時はボリューム上げたりしないんやぁ、などと感心している母には無関心。

おとなしいと、何かあげたくなるお婆ちゃんの気分で、1階の自販機までコーラを買いに行く。あぁ自分のコーヒーも買えばよかった、などとエレベーターの中で思いながら病室に戻ると、息子はもうTシャツ・ジャージに着替えて、パジャマに加えてテーブルの上に広げてあったコミックその他もすっかりスポーツバッグの中に収っていた。

午前6時半にコーラを又一気飲みした後、おいしい水のペットボトルで遊んでいたが、眺めたスケジュールをはらりとベッドの下に落とすと、仰向けになって布団を引き上げウトウト。2人とも、朝食を運ばれたことにも気付かなかった。

毎日の習慣なのか、体内記憶のなせる技か、8時前に今度こそ目覚めた息子は、NHK教育にチャンネルを合わせると、運ばれていた病院食に手を伸ばして、ご飯にみそ汁掛けて食べきった。ほどなく看護師さんが来て、朝の薬を貰う。ここで、パノラマレントゲンを撮って、Dr.確認の後退院となる旨聞く。

まったく、スケジュールというものを知らなければ、息子にその習慣がなかったとしたら、ここで又またの混乱をきたすであろう息子をなだめて納得させる手段など、思いつきもしない。朝食の後、Dr.が来られたら帰れると信じている息子に、急いで、レントゲンのチェキ写真をスケジュールに貼って示す。

またもや無言でスケジュールを凝視しているところへ、折良くオット登場。その流れで息子はスケジュールをテーブルに戻した。

これが終われば今度こそ帰れる、ケンタだ!!

モチベーションの威力か単なる慣れか、なんと息子は一人でレントゲン室の中でパノラマ撮影に成功した。

午前10時過ぎ、NHK教育は “さんすう” の時間になってしまって息子の一挙一動に敏感になってきた頃、病室にDr.が来られた。息子がDr.の腕を “ポン” と叩く。母が固まる。すかさずDr.は、「ん?おはよ。」 とひきつり笑い、いや、微笑まれた。

パノラマレントゲンの結果は良好で退院許可が出て、息子はオットの手を引いて(逆ではなく) 母を振り返りもせずに病室を出た。



朝の光が目に入ると、少しクラッとして左目の視界下に三日月が見えるので(下にあるのは下弦の月か) 病院に残って眼科を受診した。瞳孔を開く検査は久しぶりで、1回の目薬の後、「ああ、もう開いてますね。」 と看護師さんに言われると、思わずバッグの中の手鏡出して自分の左目のアップを見てしまった。黒目の真ん中にあるはずのいつもは小さい黒い○が、殆ど黒目の淵近くまで大きくなっていた。勿論、黒いままです。

若い眼科医は実に丁寧に診察してくれて、今回の事が原因かどうかははっきりしないが網膜に弱っている部分がある、と言われた。亀田と闘った記憶もないので、多分今回の息子からの一撃によるダメージの結果と思われる。ま、急に視界が半分になったり、見え方に変化があればすぐに受診するように、ということだった。

その2時間後には、父の病院へ車を走らせることが可能だったので、心配したもんじゃない。

環境を整える、というのは実に難しい。回りの理解が必須条件になる。前回は内科、今回は小児科病棟に入院で、縄張りがあるわけでもなかろうに、病棟間の連絡というのは簡単なものみたいに感じた。だから、いくら歯科病棟で、事前にこってり息子の説明をしたところで、当日ベッドの空いてる病棟に入院することになれば、その自閉症に関しての説明は水の泡となる。

それにしても、希望もしていないシャワー付き個室2日分の支払いは、ちょっとばかり納得し難いが、退院と同時に完璧に食欲も戻り、慌てて掃除した自宅のトイレで便器を抱え込むこともなく、機嫌良くしている息子に免じて、病院の方々は言うに及ばず、携帯にお見舞いメールくれた仲間をはじめ、オットも含め全ての関係者に感謝申し上げます。

口腔外科手術その2

[2006年2月9日]

朝まで眠ってくれ、との母の祈り通じず、前日の夜7時過ぎに布団被って寝てしまった息子は、当日3時過ぎ起床。リビングで機嫌良く新しい雑誌を開く。病室で過ごす為に3冊用意したが、しゃあない。母は大急ぎで、おでん鍋は姉ちゃんの部屋に避難。ちょっと横になって、でもその内息子に限界がきてイライラし出す。

何で雪やねん!と嘆きも虚しくドライブに出発。コンビニに寄らず息子が満足するには、、、頭ん中フル回転。湖岸道路は完全凍結で、ブレーキ踏んだら軽四尻振って危うく半回転。見開いた息子の瞳は一回転。反対車線は出勤ラッシュに突入しだす。ヤバイ!帰れなくなる。Dr.の怒った顔が浮かぶ。右折して国8へ。混むのは分かりきっているが、息子が喜ぶトンネルはこのコースにしかない。

単車線地点で車線変更に難儀する。朝の忙しい時間に誰も入れてくれない。なのに、ラブホ街道から出る車に割り込まれる。トンネル手前から頑固な渋滞。チョロチョロと抜けるトンネルで替えって息子は満喫。いつものドライブ最終地点○タヤは当然未開店。

家に帰り着くと8時過ぎ。か・かえれた。絶食中の息子が、「パン」 と小さな声で言う。母は無言で、小さく指でペケをする。息子は視線を雑誌に戻す。

さて、病院には規定時刻到着。2回目だけあって息子は実に落ち着いていた。案内されたのは4人部屋!「そりゃ、こんな奴個室になってるやろ。」って、父ちゃんあんたはまだまだ甘い。何とか頼むと隔離病棟に入れて貰えた。完璧な個室やん!!災い転じて、ってやつやな。

NHK教育の好み番組が終わると、ダンナがPC入力画像で工面した材料で、夢中で切り貼り作業。

結局、飲まず食わずで、19時間。息子よ、よく頑張った!麻酔前になんとウトウト。やっぱ大物やね。
って、錠剤飲んだわね。

手術室に我が子を送る気分というものは、決して慣れたりするもんじゃない。息子自身もやっぱり固まった表情のまま、されるがままに車椅子に乗って行った。

1時間半経って、待合室に呼び出しアナウンスが流れた。個室でDr.から説明。何だか今回はとても丁寧。病室に移ってからも、退院までにDr.は4度来られた。息子はコンコンと眠り続ける。術後の様子次第で一泊もあり得る為、スケジュールが途中までしか貼ってない。

ふと、目を開けた息子は、おもむろに母の鞄を要求し、中から続きのスケジュールを探し出す。お医者さんが来てから、との提示を見て再び目を閉じた息子は、Dr.が来られると飛び起きて、

「さよなら」  と言った。

Dr.は、点滴を触って薬品袋を上から下になぞりながら、

「これが終わったらやで。分かるか?」

なんと、息子に分かるようにと説明して下さってる。母が介入するまでもなく、息子は納得して再び布団を被った。最終20時半にDr.の許可が出て無事退院。まだ虚ろな様子なのでそのまま帰宅のつもりが、帰りの車中でまさかのマクド要求。テリヤキセット平らげて、イソジンうがいも嫌がらずにして、就寝。お疲れ様でした!

[2006年1月30日]

先週から、口の中に手を入れて痛みを訴えるが、見ようとすると、「いやらない!」 と押し返すことがあった。食事に支障はないようだったし、睡眠にも異常はなかった。

ところが、ダンナによると、土曜の昼間から度々痛みを訴えるようになり、昨夜は夜半に、「うーん、うーん、、」 と唸りながら起きだし、市販の鎮痛剤を飲んで再び寝入ったらしい。朝に様子を見るつもりだったが、トースト・ミートボール完食で機嫌良く登校準備をするので、いつものようにスクールバスを見送った。

担任の先生から連絡があったのは、11時過ぎだった。今日は入浴学習で、おおはしゃぎのはずなのに、携帯から漏れ聞こえるのは、息子のうなり声だった。風邪気味で早退を思案していたダンナも一緒に息子を迎えに行き、掛かり付けの歯科に行くと、秋に口腔外科で手術した箇所が膿んでいる、という事だった。明日は、口腔外科を受診する。切開して膿を出す、、、無理や〜(泣)


[2006年1月31日]

息子は頓服を2回飲んでもウトウトしか眠れない夜が明け、前回手術から3ヶ月経過している為に初診扱いで予約できなかった口腔外科では、待ち時間が長かったにも関わらず、比較的落ち着いて診察を受け、パノラマレントゲンも問題なく撮影できた。

急遽頼んだヘルパーさんが同行。母がDr.の説明を聞く間は売店でジュースを買って、待合いで待っていた。

電動ハブラシで傷付いた歯茎からばい菌が入った可能性がある。何れにしても、掛かり付けの歯科で術後のブラッシング指導をされてない事を指摘される。丁寧に磨くのと力を入れて磨くのとの違いは、息子には分かりにくい。

その夜は処方された抗生物質と鎮痛剤がよく合ったのか熟睡。


[2006年2月1日]

2日連続でサービスを無理言って入れて貰い、ヘルパーさん同行で病院へ。朝一番の予約診察前に診ると言われたので、ヘルパーさんもかなりの早出出勤。

病院のベッドに空きがないのと手術予定が詰まっているのを、何とか救急で押し込もうと他科との調整も画策してくれていたDr.が診察室に入られるなり、息子はDr.の足を蹴った。コンッと、先生遅かったなぁ〜などという挨拶が通用するようなDr.の心理状況じゃなかった。

「もう今日は診られない!」と言われるDr.に頭を下げて、なんとか診察して貰った。Dr.の怒りの矛先はヘルパーさんに向けられた。何の為の同行か、止めるのが仕事じゃないか。いや、ヘルパーさんとは、事前の打ち合わせをする間もなく、朝一番で無理をお願いしている。だいたい、息子の衝動とスピードに瞬時に対応は無理だ。故、息子が混乱しない様に写真や絵のスケジュールで病院での流れを示し、終了後の楽しみを提示して予防を張っていた。

母は咄嗟に為す術なく、泣いて診察を懇願した。息子を診て貰うのが先決。自閉症云々の余地はない。3ヶ月ぶりとはいえ、二日続けて会ったDr.は、親しみ込めておふざけの対象になってしまった、などと通じる訳もない。Dr.は無言で息子の唇を持ち上げた。取りあえず、腫れは引き始めているので、翌々日に再度診察取り付けて帰る。ヘルパーさんは神妙な面持ちで、ほんとに気の毒なことをした。が、母もいっぱいいっぱいだった。


[2006年2月3日]

折しもインフルエンザに掛かった母親を心配して、(勿論息子をだろう) 付き添いを申し出て下さった担任の先生とダンナと、80kg超級の男二人でがっしりと病院へ。(なんちゅう作戦や)

ダンナ手描きの、おいしゃさんをけりません、の絵カードと、二日前に母が用意していた各検査の写真スケジュールに加え、担任の先生は、絵の手順書と手作りルールブック、待合いの為のポリスお気に入りマークのプリント数枚。診察、採血、心電図、採尿、止血検査、レントゲン、麻酔科診察全て問題なく終えて帰宅したダンナが、「いやぁ、担任の先生はすごいわ!」 と今更言う。

支援のエキスパートは感や慣れに頼らないのがプロ。想定される場面に必要なグッズを予め用意する。大好きなお父さんと一緒なら大丈夫!の時は過ぎ、息子の中には言いたいことや聞きたい事が溢れている。ま、母とは違い、その場ですぐに絵が描けるのはダンナの強み。

結局、麻酔科ではあの元気な体操のお兄さんとご対面して、来週再び全身麻酔による口腔手術となった。経験済みということは、当然拒否も予想されるわけで、図解のストーリーが必須やな。Dr.は、先日は言い過ぎました、と仰ったらしい。日本の中に、平成の世に、我が子に耳たぶ噛み千切られた母親がいる事なんて、ご存知ないやろなぁ。(他府県の事例です)

今度の切開手術の後は、口腔消毒が必要となる。又暫く、息子には辛い日々が続く。

口腔外科手術その1

[2005年8月11日]

夏休みも半分過ぎましたが、ほんと、今年は暑っつい!!!
エアコンが唸っている、、、;_;

昨日、息子は市民病院の口腔外科を受診しました。
朝9時前に受けつけして、診察室に入ったのは12時。
休みをとってくれた主人に、息子を11時すぎに連れてきて貰いました。

歯科には通っているのですが、薬を詰めてもらっても、すぐほじってしまい、学校からは毎回プリントを持って帰り、「かなり痛いはずです。」などとの注意書き付き!

そして、この夏、自分でスーパーで買ったガリガリ君を口に入れるなりお皿に戻してしまった姿が、母は不憫で 「まだ大丈夫」と言われる主治医を説得して、全身麻酔による治療を希望して、紹介状を書いていただきました。

ブースごとに仕切ってある広い診察室の一番奥に、扉のついた個室があり、そこで軽く口をあいて診察。

「治療前8時間の絶食ができるんですか?」と、やはり、あまり乗り気じゃないDr.に、
「とりあえず、レントゲンに挑戦してきて下さい。」と、なげやりに言われ、主人と3人で放射線科へ。

息子がトイレに行っている間に、必死で説明。

でもね、10年位前、病院で「自閉症です。」と言ったって
「すぐおわるから、じっとして!」
と看護婦さんに叱られるばかりだったのに、時代は進みましたねぇ。

自閉症と聞いた受付女史は、すぐに検査室へ飛び込み、数秒後、検査女史がでてきて、息子を迎えてくれました。

検査室へは主人と私も入りましたが、息子が台にあごを乗せるとすぐ、検査女史は機械をグルッと回して、
「こうやって回るよ。」 と息子に説明。

と同時に、主人と私には、手をはらって室外へ退去指示。必要最小限の言葉のみ。

私は、といえば、息子に、5分たったら検査おしまい、と、5分きざみのベルクロつきアナログ時計で示したのみ。この時計も、それまではデジタルのみの理解だった息子に、中学部になってから先生が学校で使い続けて下さったものと同じ形。

祈る気持ちで、検査室のドアに顔をくっつけんばかりに待つ 1分半!!!

「はい、おしまい、がんばったね。」
の声が聞こえるとドアから出る息子。ホッとした表情。

撮れました。パノラマレントゲン!!!

写真を見て、虫歯がかなり進行していることを確認すると、やっとDr.もGOサイン。

そう決まったとたん、歯科だけじゃなく、小児医療小児科の主治医にも連絡するからと、連携姿勢!!

がんばった息子。
自閉症に理解ある医療のみなさま、ありがとう。


[2005年10月27日]

絶食で朝食抜きの為、出掛ける寸前の、朝8時半に起こすと、眠さも手伝いかなり怒り、テーブルに座っても薬だけ飲んで行こうと言われるのに又怒り、病院には9時頃、パニック状態で入りました。(最悪

受付で鞄を投げようとしたり、必死で盾になる母の髪を引っ張ったりと大暴れの後、やっと個室にたどり着くと、ベッドに潜り込み、横になってNHK教育を見始めて、落ち着きました。

ここまでがねぇ〜精一杯の拒否。そして、受け入れられないと腹に納めた覚悟。

写真でスケジュール提示はしていても、そりゃあ何が起こるかの予想はつかない。こんな不安なことはない。
まして、病院なぞに楽しい記憶は一つもない。唯一、テレビの中のストレッチマンだけが、息子の見方なのでした。

ここから、手術着に着替え、点滴も問題なく、写真で提示されたスケジュール通りにこなす。暫くは持ってきたMDやダンナの携帯で撮り溜めた動画を見て過ごし、手術室には11時頃入りました。
8階の病室から2階の手術室までは、途中の混乱を避ける為、車椅子で行きましたが、緊張しているのか、見たこともない全くの無表情で、固まったまま振り向きもせずに手術室に入って行きました。

これは・・・覚悟を決めた、というわけではない。ただならぬ雰囲気に、拒否すら出来ず、不安を表出することも出来ず、母は涙が出そうでした。

治療予定は4本で、1時間から1時間半の予定でしたが、終了連絡があったのは、13:45。

実に2時間半掛かって、結果12本の治療となりました。
う歯の隣は殆ど治療が必要だったようです。

全身麻酔が覚めてから、病室に帰ることになっています。
ポリスは、声を掛けられると目をうっすら開けますが、またすぐ眠ってしまう状態でした。

病室にはベッドのまま帰り、そのまま昏睡。
30分程たって、「シッコ」とはっきり言って起きあがり、少しフラつきながら
トイレに入ると、そのままベンキを抱くように座りこんで吐きました。

意識は時々フッとなくなりながら、何度も吐く。

少し落ち着いて、手術着をむしり取ろうとする仕草を、でも、弱々しく胸元に手を掛けるのを見て、母は慌てて、パジャマを持ち込んで着替えを手伝う。

この後、夕方まで、眠っては又、ムクッと起きてトイレで吐く、の繰り返し。

病室の窓が夕焼けで染まりかけた頃、ようやく母の顔を見るようになりました。同時に、写真スケジュールを「アッチ!」と差して、「ごわん。」

しゅじゅつしつ
びょうしつ
ごはん

そして次のページが

かえる

のスケジュール。その晩帰れるかどうか分からず、悩んだ末の母の提示。

でも、息子は、ごはんを食べたら帰れると信じている。

そこへ、担当Dr.が来られ、またトイレに向かう息子を見て、
「しっかり歩けているから大丈夫です。」
と、退院許可が出ました。

ほどなく夕食が運ばれてくると、普段なら食べるわけない全粥を、息子は口に運ぶ。これを食べたら帰れる!!

4口食べて、「ゴッチョーサン!」
その後又トイレ直行。去年、同じ手術をした同年代の知的障害の子は、手術後痛がって暴れたと聞いていたので、かなり母は構えていましたが、息子は、少し血混じりの唾液がとても気になっている。痛みは薄いよう。
そして、吐き気が続く。

18時半頃、もう一度Dr.に診て頂き、無事退院。

なんと、(勿論Dr.許可出て)マクドドライブスルー。
日本の医学は進んでいると実感。

帰りの車中でうつらうつらしながらも、帰宅後はてりやきを食べ・・・
でも、やっぱり吐いて、、、。

だんだん意識もはっきりしてくると、口の中の違和感にやっと気付いた様で、ハサミを口に差し込もうとする。空いているはずの奥歯が詰まっている!?

ハサミは分からない様に片付ける。
こんな時に叱ってもしょうがない。でも止めなければならない。

やっとビデオを見始め、23時頃、いつもの表情を取り戻した。階段を軽く奇声混じりに駆け上がる。あぁ、私の息子に戻った!!!

安心して布団に入り、息子は1時半頃、ダンナと一緒に眠りました。

そして翌日、7:30起床。
不滅!

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