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11/27:どうやらこの冬は暖冬らしいです。

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 昨年末、何気なくレンタル屋で借りたジャン=リュック・ゴダールの『アルファヴィル』を鑑賞しました。冒頭から白黒で光の点滅をばんばんやられたのでやたらと目が疲れる映像だなという印象と、お姫様のようなヒロイン、アンナ・カリーナが今回もかわいいぜ、という作品の中身とはあまり関係のないところを中心に観ていました。しかし物語がラストに向かうにつれ、この映画はもしやあの小説の元ネタなのでは……と、思わずにんまりしてしまうようなが構想が浮かび上がりました。

 村上春樹は過去に「僕の小説はゴダール映画の影響をかなり受けていると思う」とどこかで喋っていたと記憶しています。うろ覚えなのでインタビューでの発言かエッセイの内容か確かな出所は分かりませんが、『神の子どもたちはみな踊る』という短編集の中でもゴダールの『気狂いピエロ』の台詞を引用していますし、長編小説『アフターダーク』では主要舞台となるラブホテルに「アルファヴィル」という名前を与えているところから、ゴダール狂とまでは言えなくとも、何らかの思い入れがあることが伺えます。実は『アフターダーク』は期待して発売と同時に読んだのですが、村上作品の象徴ともいうべき天才的な比喩を意図的に追い払ったような味気ない文体と重厚感の得られない内容にかなりがっかりさせられた作品です。なので一度読んだきりで内容もすっかり忘れていましたし、もちろんゴダールの「アルファヴィル」が登場していたことも闇の奥底だったわけですが、先日たまたま映画関連のキーワードで検索していたら「アルファヴィル」が村上作品のホテルの名前に使われているという記事にぶつかりました。そこでさっそく本棚の奥の奥にあった『アフターダーク』を読み返し、ツタヤで二度目となる『アルファヴィル』を借りて繰り返し鑑賞してみました。

 村上春樹はなぜラブホテルに「アルファヴィル」という名前を与えたのでしょうか。


 『アルファヴィル』(1965)は監督であるジャン=リュック・ゴダール自身が「実験的・芸術的・半SF」と名付けた文明批判映画です。1984年のある夜、探偵レミー・コーション(エディ・コンスタンティーヌ)は地球から9千キロ離れた星雲都市アルファヴィルに潜入します。彼の目的は先に派遣されて消息を絶った仲間の行方を探すこと、アルファヴィルの統率者であるフォン・ヴラウン教授を救い出すか、それができねば殺すことです。しかしアルファヴィルに到着するないなや、彼はこの都市の人間がどこかおかしいことに気付きます……

 村上春樹の『アフターダーク』のなかで映画『アルファヴィル』は次のように説明されています。

「……で、どういう意味なんだい、アルファヴィルって?」
「近未来の架空の都市の名前です」とマリは言う。「銀河系のどこかにある都市」
「じゃあ、SF映画なわけ?『スターウォーズ』みたいな?」
「いや、そういうんじゃないんです。特撮とかアクションとかはなくて……うまく説明できないけど、観念的な映画です。白黒映画で、台詞が多くて、アートシアターでやっているようなやつ」
「観念的っていうと?」
「たとえば、アルファヴィルでは涙を流して泣いた人は逮捕されて、公開処刑されるんです」
「なんで?」
「アルファヴィルでは、人は深い感情というものをもってはいけないから。だからそこには情愛みたいなものはありません。矛盾もアイロニーもありません。ものごとはみんな数式を使って集中的に処理されちゃうんです」


 「銀河系にあるどこかの都市」とマリが説明する通り、アルファヴィルの正確な位置は映画でも明らかにされていません。しかし映画のレミー・コーションの行動からも分かるように、アルファヴィルは車で行ける場所にあります。それは地球から遠く離れた銀河系の都市というよりは、どこかの国に隣接したごく普通の都市なのではないかという疑問と恐怖を我々に抱かせます。

 ゴダールの描いたアルファヴィルの基本理念は「沈黙・論理・安全・慎重」です。そこで暮らす人々はα60という電子指令機の命令のままに行動し、外部の国のことを考えるのは禁止されています。アルファヴィルのホテルに到着したレミー・コーションは、そこで出会うすべての人間と会話が成り立たないことに腹を立てます。「"なぜ?"とはどういう意味だ、"だから"と言うべきだ」と罵られ「恋をするってどういうこと?」と聞き返され唖然とします。また、アルファヴィルの人間は出会ってすぐに「元気です、ありがとう、どうぞ」という言葉を口にします。これは「こんにちは、元気?」「ありがとう、元気だよ、あなたは?」という一連の挨拶を端折ったものだと考えられます。そしてこの台詞はα60による論理整合的な言葉の合理化の象徴とも言うべき重要なキーワードです。

 ラブホテルの基本理念とは一体何でしょうか。ラブホテルに対する思い入れに個人差はあると思いますが、アルファヴィルの「沈黙・論理・安全・慎重」という四原則がしっくり当てはまるのではないでしょうか。ラブホテルの利用者を娼婦と男性客に限定した『アフターダーク』はまさに「沈黙・論理・安全・慎重」という理念の下に置かれた売春婦と男性客の関係を描いているように思えます。そして彼らの関係を端的に表しているのが、ゴダールの「元気です、ありがとう、どうぞ」という合理化された言葉なのではないでしょうか。彼らはラブホテルの一室で形式的な挨拶を交わし、あとは手っ取り早く情事にふければいいだけのことですから、それに必要な言葉は「元気です、ありがとう、どうぞ」という三単語で十分なわけです。

 『アフターダーク』のなかで「アルファヴィルでは涙を流して泣いた人は逮捕されて、公開処刑されるんです」とマリは言います。映画ではこの公開処刑は「音と光のショー」と呼ばれ大々的に官庁で行われています。非論理的な行動をとった人間がプールサイドで銃殺され(奥さんが死んだときに泣いたという理由で罪となった男が登場します)水中に落下した遺体を水着姿の美女(=娼婦を思わせます)が取り囲みます。その儀式は神秘的で芸術性さえ感じられる異様な光景です。そこで面白いのは処刑される人間の男女比が男50に対し女1の割合とされていることです。つまりアルファヴィルで涙を流して泣く人間は女性よりも男性の数が圧倒的に多く、α60の論理構造に吸収不能とみなされ殺されていくわけです。

 しかし小説『アフターダーク』はどうでしょうか。ホテル「アルファヴィル」で涙を流したのは男性ではりません。涙を流して泣いたのは19歳の中国人娼婦です。彼女は予定より生理が早くきてしまったことに腹を立てた男性客に乱暴され、着ぐるみ剥がさたままホテルの一室に取り残されてしまいます。これは売春婦と客のあいだに暗黙のルールとしてはりめぐされた「沈黙・論理・安全・慎重」という理念が完全に崩壊した状態と言えます。

 小説は中国人組織に引き渡されたところで彼女に関する記述を終えています。しかし顔に暴行を受け、客商売として何の値打ちもなくなった娼婦の未来は安易に想像がつきます。アルファヴィルの環境に適応できず処刑されていく人間と同じように、彼女もネオン街の深まる闇に吸収され、いずれなくなってしまう存在だということがほのめかされているのではないでしょうか。


つづく(かもしれない)

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ゴダールの映画ってろくすっぽ観てないんですが,「アルファヴィル」おもしろそうですね。「アフターダーク」のラブホテル「アルファヴィル」で涙を流したのが19歳の中国人娼婦であるというところも,すごく気になるところです。

「沈黙・論理・安全・慎重」という単語の列挙のところで,「報告・連絡・相談」というのを思い出しました。いわゆる「ほう・れん・そう」。会社の上司が結婚式のスピーチでよくやるアレです(笑)。

関係ないですね…。

2009/3/20(金) 午後 9:51 NONAJUN 返信する

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そんなことより,ポル・ポト派の記事を書いた私にとって,涙を流した人が逮捕されて公開処刑されるという設定の話であることが興味深いです。

それに,何だかかえでさんとシンクロしてる感じであることもうれしいですね。

「アフターダーク」がつまらなかったというのは同感なんですが,なんであんなにつまらないと感じたのか,いま読み返してもやっぱりつまらないのか…というようなことが気になります。

2009/3/20(金) 午後 9:53 NONAJUN 返信する

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…というようなことより,ミニマム書架でこうしてエントリーを読めるという小確幸!

たまには,こういうの,ぜひお願いしま〜す<(_ _)>。









…と連続カキコしてみるテスト。。。

2009/3/20(金) 午後 9:53 NONAJUN 返信する

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傑作ぽちありがとうございます。どなたか分かりませんが…って多分のなぢゅんさんですね。

アフターダークは私もつまんねーと思ってそのままポイしてたんですが、まさか再読するとは思ってもみませんでした。まあ読み返してみてもホントに村上春樹かこれ、ってどつきたくなる心境はなきにしもあらずでしたが…

でも発売から4年以上経っているわけで、当時の状況などを思い出して読むと面白いかもしれません…。例えば私は主人公のマリが携帯電話を持っていないってところが気になっていたのですが(春樹の小説では違和感ないですけど)4年経った今では携帯電話を持っていない女子大生の数は当時よりだいぶ減っていると思いますし(お父さんも犬になってしまいましたしね)

そういえば新作が夏に出るらしいのでこの機械に再読してみるのもいいかもしれませんよ。大発見的なものはなかったですけど、ゴダールの『アルファヴィル』のおかげで小説も面白いと思えてきたような。

それより「ほうれんそう」って知らなーい(笑)
執拗なストーカー行為とブログ主に判断されなければ連続カキコ大歓迎です♡

2009/3/23(月) 午後 10:32 かえで 返信する

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