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夜霧の恋人たち(1968年) 原題:BAISERS VOLES 時間:101分 / カラー 脚本:フランソワ・トリュフォー、クロード・ド・シヴレー、ベルナール・ルヴォン 撮影:ドーニス・クレルバル 音楽:アントワーヌ・デュワメル 出演:ジャン=ピエール・レオー、クロード・ジャド 他 軍隊に志願するも素行不良のため除隊となってしまったアントワーヌはパリに戻り、その足で売春宿に行ったあと、昔のガールフレンドであったクリスティーヌを訪ねる。クリスティーヌは留守だったが彼女の父親にホテルの夜勤の仕事を紹介してもらうことができた。しかしトラブルに巻き込まれ、即刻クビに。そしてひょんなことから探偵事務所に就職することになり…… 「アントワーヌ・ドワネルの冒険」第三部。「ドワネルもの」のなかではもっとも可愛らしい作品に仕上がっている。 ☆ ☆ ☆ 『二十歳の恋/アントワーヌとコレット』で見事、コレットにフラれたアントワーヌ。失恋のショックに耐えきれず、願いもしない軍隊に自ら入隊してしまう(これもトリュフォーの経験そのまま)しかしここでも素行不良とみなされ、除隊を余儀なくされてしまう。まあ、これは傍から見てもそりゃそうだよね、っていう感じ。仕事も恋もどこに行ってもあっちへフラフラこっちへフラフラしてるんだから、ちょっとは落ち着けよって思うわけ。ひとつのところに留まっていることができない風来坊ぶりは相変わらずなんだけど、若干天然ボケはいってるよね。小さい頃は感受性が強そうで、もうちょっとしっかりしてたんだけど。でも、なぜだかアントワーヌに肩入れしてしまうのだ。 キャラが変わったといいつつも、少年時代のアントワーヌの姿が失われていない部分もあって、非常に淡々としてはいるのよね。無表情というか、なかなか感情を表に出すことがないわけよ。だからトリュフォーは彼に手紙を書かせたり、突発的な行動をとらせたりするんだと思うのね。本心をなかなか表に出さないタイプの人間の言動って、どこか滑稽だし、天然ボケのように見えることがあるじゃない。きっと同じようなことがアントワーヌにも言えるんだよね。 クリスティーヌとの関係も奇妙っていえば奇妙なんだけど、特別な友人ではあるけれど恋人ではなくて。二人の会話シーンがあまりにも少ないためにクリスティーヌよりも彼女の両親と仲がいいように思うけれど、それでも二人はどこかで強く惹かれ合ったりすれ違ったりする。そんなナイーブなところがいかにもトリュフォーらしいのよ。 この映画で私がいちばん好きなのは最後の筆談ね。これは思い出すだけでニヤニヤしちゃうくらい素敵なシーンだからここには書かないでおくわ。 ここまでくると回を重ねるごとにいくらダメ男になっていってもアントワーヌ・ドワネルっていうキャラクターはやっぱり魅力的で、あとに『家庭』『逃げ去る恋』と続くシリーズを次も見てみたいという衝動に駆られるのは間違いないのだ。そしてシリーズが進むにつれてトリュフォーの自伝的映画『大人は判ってくれない』に始まった「ドワネルもの」が、やがて「アントワーヌ・ドワネル=トリュフォーの分身」というイメージは次第に薄れてくると思う。「ドワネルもの」はトリュフォーの自伝映画というよりはむしろ『大人は判ってくれない』以来、二十年間アントワーヌを演じ続けたジャン=ピエール・レオーの成長記録というような雰囲気になってくるのね。トリュフォーとレオー、二重の構造を持つアントワーヌの成長というのは監督の成長でもあり役者の成長でもあるから、トリュフォーのファンにとってはこのシリーズが絶対的に面白いということになるのよ。 あと、この映画には教訓めいたがエピソードがいくつか盛り込まれていて、最も有名なのは機転の話。探偵調査を依頼された靴屋の社長夫人に恋をしてしまったアントワーヌが、社長夫人の前で緊張のあまり「ウィ、マダム」と応えるところを「ウィ、ムシュー」と言い間違えてその場から逃げ出してしまうのね。けれど社長夫人は後日アントワーヌに手紙を書いて、「男の人が浴室に入ったらすでに女性が入浴中でした。失礼しましたマダムと言えばそれは礼儀正しいことです。しかし失礼しました、ムシューと言ったのなら、それは機転です」と教えるの。これはいかにもトリュフォーらしいユーモアというか、『華氏451』で読書が禁止されてしまうのなら禁止されたことを嘆くのではなく、書物の内容をすべて暗記してしまえばいいという考え方にみられるような心の働かせ方なのよね。 そしてこの映画のなかでトリュフォーらしいやり方といえば、探偵事務所の爺さんが突然死しようがストーカー男が出て来ようが、それらしい匂いを醸し出しつつもサスペンスに転じることなく終始恋の話に徹しているところ。トリュフォーは観客も映画に参加できるように、わざとストーリーを省略して映画を作ることを好んでいたらしいんだけど、謎の愛の告白をして立ち去るストーカー男は要注意ね。このストーカー男の映画では見えなかった部分を想像してストーリーを組み立ててみるのも楽しいわ。 ん〜、それにしても邦題はなんとかならなかったのか。夜霧の…って裕次郎か、なんなのか、流行っていたのかね。安易すぎだわ。これじゃあトリュフォーも怒って当然。原題はなんとも可愛らしい、『盗まれた口づけ』です。
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邦題は音楽も映画も,発表当時の日本の流行に左右されて売らんかなというノリになっちゅうんでしょうね。
アントワーヌものはやっぱり面白そう。
2009/10/25(日) 午前 11:28
キャッチーな邦題にする手もわからなくはないけれど、いくらなんでも安易ですよね。邦題が内容といまひとつ噛み合っていない作品なんていっぱいあるんでしょうね。これ、夜霧なんてどこにも出てこないし、原題と関係なさすぎだし・・原題はトリュフォーの好きなシャンソンの歌詞の一部だそうで、そりゃ本人も怒るわっつー話ですわ。
2009/10/31(土) 午後 9:14