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長良川鉄道の、美濃白鳥駅で下車して正面の道路を西へ進と、南北に走るT字路へ出る。(旧、国道156号) 其処から北の方面を見ると直角に西へ曲がる所に古いお寺が有る。来通寺です。 山門では車の駐車は遠慮して(駐車禁止)東側へ回って通用門から歩いて境内へ行く 通用門を通り直ぐの所に「嘉念坊善俊(かねんぼうぜんしゅん)」上人像が建てられて居る さてこの坊さんは「後鳥羽天皇の12人目の皇子で幼名を(道伊)と言う 園城寺(三井寺)に入り僧となる。親鸞聖人に拝謁して、(嘉念坊)の坊号を戴き自らの名を「善俊」 と改めた。 その後に親鸞は北陸へ向かい、善俊師に奥美濃へ浄土真宗の教化を託されて、師は単身 で穴馬を通り、油阪峠を越えて白鳥へ来られた。 その頃奥美濃は長滝寺(天台宗)の勢力下で、此処の圧力がきつく、嘉念坊善俊は白川郷 海上村(今は御母衣湖底になっている)で布教をするが、後に庄川を下り(北へ行く)鳩ヶ谷村に道場を立てて布教に励む。 そして又何時の日かに通って来ると、言う事で(来通庵)と命名して立ち去るのである そしてこの来通寺は奥美濃で最所の浄土真宗が定着した所である。 鳩ヶ谷道場を開いた善俊はその後の代より「帰り雲城主の内ヶ島」と数々の駆け引きをしながら生き残って行くのである。現在は照蓮寺という、 中野に有った照蓮寺は電源開発会社の御母衣湖底になり高山市城山へ移築、
續きは次に、 |

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