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新年の初詣、氏神や檀那寺へは、既に参拝は済ましたが、昭和35年に車の免許を取ってから、犬山成田山新年のご祈祷は、欠かした事が無い。 今年満80歳を迎えたのに今まで大きな事故も無く過ごした事の感謝の気持ちもあり、今日は天気も良いので出かけた。長い間通っていない旧中仙道21号線を通り、木曽川べりの川下りを眺めながら流れに沿って通って行くと、鵜沼〜坂祝間の大きなレストラン等皆店は閉めてしまっている。交通量の減少か?景気の後退か?時代の流れか?久し振りに見る景観も今昔の感あり。 途中に貞照寺の案内看板が目に付いた、此処は昭和60年NHK大河ドラマで放映された「春の波濤」の名で全国に知れ渡った、「川上貞奴」が私財で建立した寺である事で、当時全国から観光客が殺到していた。 私も川上貞奴を演じた松阪慶子が好きで、此ドラマを見ながら、観光客に混じって良く訪れた、物語のストーリーは殆ど忘れたが、もう一度思い出そうと此の寺へ寄ってみる。寺の歴史によると、此寺の建立は、昭和8年であると言われていた。 鐘堂です。次は貞照寺本堂、鉄筋コンクリート作りの上に木造の本堂 家へ帰ってから(春の波濤)のストーリーを、ネットで調べると、ある有る、昭和60年ごろを思い出しながらボケ防止運動に今日一日使った。 貞奴は日本で最初の女優で、自由民権運動の活動家で川上音二郎と結婚して、川上音次郎一座のアメリカ興行に同行して、調子良く出だしたが、途中公演資金を興行師に全額持ち逃げされて、一座は異国の地で無一文になってしまった。負けず嫌いの貞奴はその後もエキゾチックな日本舞踊と貞奴の美貌が評判を呼び、瞬く間に欧米中で空前の人気を得た。帰国後には、後進の女優を育成する為に音次郎と共に帝国女優養成所を、創立した。と言う事です。まだまだ話は沢山あるが、詳しくは長く成りますからネットで調べてください、 それにしても、福沢諭吉の娘婿で電力王の異名を取った、福沢桃介との昔の恋人に「焼きぼっくいに火が付いて」諭吉の子供を妻に持つ桃介を助けて、桃介が手がけた大井ダムの建設に一身を打ち込んだと言うが、最後は大井ダムの下流、木曽川の流れの見える鵜沼の地に貞照寺を建立して、門前には別荘を建てて昭和21年に熱海の別荘で死去、という川上貞奴のロマンスと共に遺体は貞照寺に葬られている。 貞奴死去後寺は荒廃していたが、現在は成田山名古屋別院の管理下におかれて、山号は成田山貞照寺と成っている。芸事成就にご利益があるといわれる。 本堂東側には、子守地蔵が沢山たっている、貞奴には子供無かったのか??! 参詣者は少ない、本堂裏にある貞奴の一代記が彫刻してあるが、イタズラされない様に細かい金網が貼ってあるので、良い写真は取れなかった。 これから犬山の成田山参詣に向かう、
成人の日で参詣者大勢、 167段の石段今年も昇れた 80歳に成っても元気で夫婦二人して此処まで登れた事に改めて御礼感謝、賽銭はそれ程弾んだのではないが。交通事故起こさぬ明るいうちに早めに帰る。 |

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