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今日は何の日。
一生忘れられんない一日です。昨年の今日も同じ事を書いたので、それを貼り付けます。
気が向いたら読んで、見て下さい。
かがみはら川崎航空機の空襲 6月22日午前9時より空襲
この日夕暮れ時には赤い炎が燃え盛る中を死体運びの所へ、何処かで電源を見つけて、スピーカを繋ぎ、泣き叫ぶ女達の声を掻き消すためか、二二六事件の軍歌をボリュウーム一杯あげて流していた。
♪汨羅(べきら)の淵に波騒ぎ〜 巫山(ふざん)の雲は乱れ飛ぶ〜 混濁の世に我立てば〜
義憤に燃えて血潮湧く〜〜♪
歌は3番まで続くが、次は忘れました。
昭和11年2月26日から29日に掛けて陸軍青年将校達が、兵を率いて起こしたクーデターで、この歌は発禁になっていたものでしたが、何故か此空襲で持ち出して、士気を煽るためか叫んでいたのがまだ耳に残っている。
昭和11年は私が小学校1年生に上がる歳ですが。私の親父達は何か不穏な空気を話して居た様だが、何も解らなかった。
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昨年のブログ、読ませて頂きました。
戦時中の体験は今では殆ど聞けなくなりましたが、改めてすざましいものだと思いました。
私は東京大空襲の時1歳でしたが記憶はありません。
家は焼かれたそうですが、家族は無事で今の地に疎開しました。
戦争の恐ろしさは後世に伝えなければならないのでしょうね。
2010/6/22(火) 午後 7:14
kobatan さん
昨年と同じブログ読んで頂有難う御座います。
みんなあの時代は大変でした、退避命令を聞かずに居て、助かった。真面目に防空壕に入っていたら死んでいたので有ります。こんな事は2度有ってはいけません。
kobatan さんもご両親ご苦労なされた事でしょう。
2010/6/22(火) 午後 8:54