ネコの道草

83歳のネコブログです。

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郡上踊り

今月30日で今年も半年過ぎた。過ぎ去るものは早い、「光陰矢のごとし」である。
7月になると、郡上では例年の通り、真夏のイベントが盛り沢山。郡上踊りが始まる。
7月10日のおどり発祥祭(旧八幡庁舎記念館前)に始まり、9月4日の踊り納め
(新町〜今町)まで長期間のイベントである。
 
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踊りの種類は、川崎、春駒、三百、ヤッチク、古調川崎、ゲンゲンバラバラ、猫の子、さわぎ、
甚句、松阪、以上10曲ありますが、代表的なものは、良く知られた《川崎》です。
 
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郡上の何処を訪ねても(川崎)と言う地名の所はありません、何故「川崎踊り」なのか?
 
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郡上踊り「川崎」、は神路邑(郡上市大和町口神路)白山神社の伊勢神楽神事芸能の
河崎(川崎)踊りが源流だと言う事を郷土史家が言っています。
 
享保年間(1716〜1733)とも、宝暦年間(1751〜1762)とも言うが、口神路邑より、数人の方が伊勢参宮と共に伊勢神楽芸能を習いに行って、其の時に河崎踊りも一緒に持ち込んだと言われます。
下図に伊勢市の地図を入れておきますが、赤い枠で囲んだ地域が現在も河崎町の地名で残っています。
 
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昔この河崎町の中の古市という所に遊郭が沢山有って、客たちは遊女の踊る河崎音頭を見て遊び、そして遊郭ではそれぞれ自店の特色を出して、面白さと上品さで、競争していたので、少しずつ変わっていて同じ踊りは少ししか、なかったと言います。
 
伊勢神楽を習いながら、其処に住んでいた河崎音頭原作者の医師からか?また遊女からか?解らないが此踊りを習って、伊勢神楽と共に神路邑へ持ち込み、この地の芸能神事になったという。
 
八幡城主12代目金森頼錦(かなもりよりかね)の時に宝暦騒動が起きるのである。いわゆる郡上一揆である。金森頼錦改易となり、代わりに丹波宮津より青山幸道が郡上へ入部する。
 
それまでは郡上踊りも故人の供養が目的の宗教色の強い念仏踊りの形式であったが、此処からは本当の官民一体となって楽しむ娯楽本位の踊りになった。
それには神路邑の「河崎踊り」が最も上品で優雅な所があったので、一躍郡上踊りとしてヒットしたのだろう。以来少しずつ型を変えながら現在に至っている。
 
郡上踊り発祥は400年の歴史が有ると言うが、其の時代には宗教色の強い念仏踊りだったかも。

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