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何処に架かる橋でも、殆んど其処の地域名、小字名、又は川や淵の名前、その他、江戸時代後期に私財を尽して橋を作った人の名前から、付けられた物が多い。
其の中の一つに、郡上八幡町相生の長良川に架かる、「法伝橋」と言う名前付いた橋がある。
以前から何か深い歴史が有るか?仏教から?付いた名前だろうか?と、勝手に想像して居たが、調べてみる事もせず、只通過の時だけ思い出していた。
先月,美濃市へ行った帰り道、国道156号線を北上して、美並町まで来ると、長良川と山に挟まれて、トンネルや絶壁を切り開き開通した保危や、カーブの多い道になり、スピードは出せない。
私は高齢者の為、ごく控えめ運転をしているので、後続の車両が追い抜きが出来無く、渋滞をして迷惑を掛けている。多くの車両を後ろに連れて、やっと相生の法伝橋、たもとの、退避駐車場で後続車両に進路を譲れた。
この橋の架かる付近の長良川は、巨岩が多く、小峡谷の様である。車から降りて、調べてみると昭和62年にこの橋に架け替えられた様でした。
私は勝手な想像で法伝橋の物語を作っていました。
「仏教から伝えられたもので、浄土真宗親鸞上人から8代目の、蓮如上人が、越前吉崎で布教始めて、その後、安養寺や、延徳寺、最勝寺を通じ、越前大野市から白鳥町油坂を越えて、白鳥町から高鷲町へと広がり、八幡町市島へ移った最勝寺から、南方面へ布教した時に法(浄土真宗)を伝えた所だ」等と勝手な思い込みをしていました。
全然違っていました、案内看板を見つけて、写真撮ったので、読んで下さい
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知らない者が説明する事は出来ませんが、勘違いしていた「法伝橋の由来」が少し解って来た事は、私の収穫でした。
勘違いした理由は、法伝橋から南下流には、浄土真宗以外の仏教宗派(禅宗)が多く残って居ることからでした。
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