ネコの道草

83歳のネコブログです。

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この大和洞門歩道の、建設以前は、連続降雨量が120ミリを超えると直ぐに交通止になり、不便な国道でした。結婚式の出席や、講演を頼まれた講師は、現場へ行く事が出来ず、その場で立ち往生でした。
 
また昭和の始め頃までは、夜には狐や、狸、河童、が、旅人を化かして、居たそうです。私が生まれた、昭和の中ごろの話ですが、祖母が繰り返し狐の話をして居た、話を少し紹介しますと。
 
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場所は、写真の位置で、洞門南から、3分の2程北へ行った場所で、其処には山の谷間からチョロチョロと流れ出る、綺麗な水があり、夏の暑い日には、馬車引きや、旅人、其れに私達も喉を潤して居ました。
 
或る日若い産婦が、夜中に急に産気付き、旦那が5kmも離れた産婆さんへ、呼びに走ったそうな、
 
産婆(助産婦)は、直ぐに承諾して、其の旦那に、「今すぐ帰って、湯を沸かし、アレト、コレと、準備して、待って下さい、後から私も直ぐ行きますから」と言われて、引き返し、準備して、産婆さんを待つ事しばし、一向に早く来てくれない。
 
心配になり、また引き返し、例の狐の化ける、水飲み場まで来て見ると、なんと、其の産婆さんは、水溜り場へ手を入れて混ぜて居たそうな、
 
迎えに来た旦那は、これは、狐に化かされて居ると思い直ぐに、呼び戻し、無事出産は出来たそうです。
 
噂は産婆さんが狐に化かされて、水溜りの所を、赤ん坊を洗う湯と思い、湯加減をしていた、と評判に成ったそうです。
 
私が今思うには、産婆さんも、5kmもある道のりを駆けつけて来て、喉が渇いたので、其の水を飲んで居たのを見て、産婦の旦那はテッキリ産婆が、狐に騙されて、赤ん坊を洗う、湯加減をして居ると思い込んだのでは、無いでしょうか??
狐に騙されたのは、結局、産婦の旦那の方では、無いでしょうか??
 
その水飲み場横の、岩に掘った穴に、地蔵様が有りましたが、洞門を作る時に、南の方へ移転しました。
 
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(文政12年丑年)と彫り込みが、見えます。西暦では、1829年と言う事ですが、
今から183年も昔から、人間の滑稽な姿を、黙って観て御座るのです。

国道156号線の歩道

日中は、まだ残暑が厳しいが、朝夕は少しずつ、涼しくなって来た。長い間、歩き運動をやれず(体調悪く)に居たので、少しずつ万歩計を付けて歩いて見る。
 
156号線に、郡上市の「大和歩道洞門」と言う歩道が有るが、午前中頃までは、朝日がさして来ないので、涼しく、雨が降っても傘無しで、歩けるので、此処で歩き運動をする。此の歩道は、たまに、高校生が、通るぐらいで、殆んど誰も通らず、一人占めです。
 
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 此の洞門は、昭和57年に完成しているが、3年程掛かりました。其れまでは、大雨が降れば直ぐ交通止になる、危険な歩危(ホキ)で、随分不便な国道でした。
 
私の小学校へ行く時代は、夜には、狐や、狸、カワローベイ、が人を化かすと言われた、お化け街道でした。夜の一人歩きは、大分大きく成るまで、恐くて出来ませんでした。     
          拡大出来ます。
 
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洞門長さは、表示の様に、381、2m有るそうです、歩数計で、洞門内の、歩数を計って見ると約600歩前後、私の歩幅が約60cm強です。往複1200歩、今の所1往複位で止めますが、少しずつ増やして行きたいものです。(家から歩く歩数入れると、もっと沢山です)
参考までに、URLホームページデーター
 
緩い坂道ですが、登りは少し歩数が、多いです、610歩程ですが、下りは605歩でした.
 
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雨の日は車で来て、道路退避所か、洞門入り口の喫茶店に止めて、歩いた後には此処でお茶でもして、友人と雑談すれば、良い一日が始まります。(店の回し者では有りません)
昨日も、今日も郡上の、朝の気温は快適な温度です。 24℃
 
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長良川鉄道があり、その下を長良川が流れていて、他の道路よりは、少し気温は低めに表示されています。冬はスリップに注意です。
 
 
 

野菜畑

5月頃から、少し体調悪くして、家から離れている畑へは、暫らく行っていなかったら、何処に野菜が有るのか解らなくなっている。
 
朝顔の つるに取られた 野菜畑 
 
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かろうじて、甘長ナンバンは、草の陰から延びていた。全部頂き、採って来る
 
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左側写真??此れでもサツマイモが、植えてあるのです
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             右側写真??郡上ナンバンです。激カラです。
    
 

S20年の食料事情

今日は盆であると同時に、終戦から67回目の日です。盆はその家族の六親眷属(ろくしんけんぞく)の人達が、集まり、先祖の墓参りや、久しぶりで顔を合わす夏の、楽しいひと時でもあります。
 
遥か遡り、昭和20年の今日は、日本国の、庶民が初めて昭和天皇の声を聞いた日で、其れまでは天皇は、神様で有ったので、天皇陛下の声を聞く等とは、思いも及ばなかったのです。
 
「正午に重大放送がある」と言う話は聞いたが、其れが何であるかと、言う事は全く解らなかった。
 
川崎航空の職場で始めて日本が負けたのだと聞かされて、此れからは、どうすれば良いのか、指示の出来る人は一人も居なかった、
B29からの、爆弾や焼夷弾が、落とされなくなって、命の安心は出来た物の、何時アメリカ兵が上陸して来るのか、8月一杯は不安の連続でした。
 
 
戦時中に教えられた、鬼畜米英、も嘘だったことも解り、胸をなでおろしたが、それからは食料事情の厳しさが、戦時中より悪くなり、小さい農家では家族の食料確保が、やっとの事でした。
 
まして非農家では、其の日に食う米など、ある筈が無いし、サツマイモやカボチャで、飢えをしのいでいたが、食べられそうな草や、木の芽等は取尽くされて、食えそうな物は、何でも食った。
 
畑で、農家が作った、カボチャや芋なども、夜の内に盗まれる事も度々あり、恥も外聞もない必死に追い詰められた、毎日でした。
 
東京皇居前広場では、食糧メーデーで、「朕はたらふく、食っている。爾臣民飢えて死ね」と、書いたプラカードを揚げた、人が有り、「天皇を誹謗した」と言う事で一時問題なりました。
あれから、67年此れを知る人も少なくなり、現在は其れを思い出すと、極楽の世界です。
昨年の盆風景
 
 
今年は雨にたたられた盆で、外では御馳走出来なかったが、大勢でワイワイガヤガヤと、食べるご馳走は、又格別です。
 
ばあさんの手伝いで、子供や孫達が、沢山作ってくれて、久しぶりのお楽しみでした。
茗荷は、自家製の天然ものです
 
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67年の昔には、こんな良い世の中が来るとは誰も想像しなかったでしょう。
白米のご飯が食える事が、夢の世界でした、それを「銀飯」と呼んでいました。
 
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普段は平和ボケで忘れているが、毎年今日の日は其の当時の食料難を思い出します。
戦争は、負けても、勝っても、悲惨な目に遭うのは、何も知らされない庶民だけです。

サルスベリの木

 
猿滑りは、別名を「百日紅」(ヒャクジツコウ)と言うそうです。私達の地域では、昔は,お寺の境内の片隅か、墓場の所に、植えられて、居ました。
 
さるすべりの花は、7月中旬頃から咲き始めて、9月一杯か、10月中旬頃迄、咲いています、文字通り100日程咲いているのでしょう。
 
今年も猛暑の土用も過ぎて、盆が来ましたが、盆の墓参りには、丁度、花が満開で、先祖を迎えるには、良いおもてなしだったのでしょう。
そんな墓の中に有ると言う、先入観からでしょうか、私はあまり好きな花では、無かったのです。
 
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うちの墓にも植えていますが、其の年に、幹から良く伸びた枝に花を咲かせています。
葉が落ちた頃に、枝を切り落としても、また来年は幹の元から新しく延びた枝に花を咲かせます。
 
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最近はたまに、家の庭にも、植えられていて、丁寧に良く見ると花は綺麗です。
 
幹はツルツルで、比較的、曲って居ない物は、床柱としても、使われて居ましたが、建築様式にとらわれない砕けた感じの変木として使われ、此れを好んで使って居た大工さんも居ました。
私はお施主さんの要望が、無かったので、使った事は有りません。
 
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幹がツルツルで木登り名人の、猿でも登れないそうですが、此の木から、猿が滑って落ちたと言う話は聞いて、居ませんが !!    
 
 

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