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東殿山から覗いた月は、うつす鏡は吉田川、郡上踊り(川崎) 乙姫瀧より東殿山へ2年程前に友人と登った、一昨日は一人だったので熊にでも会うと オソガイのと色々で引き返したが、一寸古いが登ったつもりで。 瀧からつずれ折道を登ると木造の展望台が見えてくる、これが東殿山で東氏殿の山でそんな名前だろう、2年前でも結構エラカッタ。 この山は国有林になっていて、展望台と言ってもヤタラに伐採出来ないのか?見晴らしは悪い かすかに八幡城が小枝の合間から眼下にみえた、僅かの合間から長良川と吉田川 の合流点と東海北陸道がみえる。 此処で弁当食ってからもう一寸上に登る、東殿山の標識らしき物見当たらず、少しなだらかな所が続くが誰も教えてくれる人は無し 途中から尾根道に分かれる、此処から赤谷城へ続く難所道、遠藤盛数との合戦には雑兵たちが下の赤谷川(地獄谷ともいう)へ落ちて死んだ。今も足を踏み違えると地獄谷へ落ちる。城主13代東常堯は辛うじて落ち延び明宝の水沢上(ミゾレ)(スキー場)の上(山中峠)を越え飛騨の阿通(常堯の妻)の居る帰雲城へ落ちていく、此処から先は郡上では 無いから、帰雲城主内ヶ島の婿殿ですからうまく落ちられた事でしょう(私の推測です) やっと赤谷城です僅かに残る石垣。此処は東益之の古城で新城を築き郡上を支配したと言う。 そこから又ロープに摑まりながら降りると視界が開けて堀越峠道のパノラマです 其の後は楽な下り坂です愛宕公園へ下ります。骨の有る人は此方から登っても良いが
私はもうそんな所へ行くことは2度とは無いでしょう。良い思いででした。 (歴史資料は其の当時に郡上郷土史家のお話から聞いたものです。もし違って居たら お許しの程) |

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