ネコの道草

83歳のネコブログです。

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郡上踊り 続き

 
郡上踊り
郡上踊りも400年前の頃からは、念仏踊と言われたように、大勢の人の輪の中へ吊るした
提灯に火を入れて、盆に帰って来ると言う、先祖の霊や、その他には、客神を呼び入れて、皆で
念仏を上げながら、その輪で地面を踏み鳴らしながら、ひと回りするような行事だったと言います。
 
暫くすると、越前吉崎へ蓮如上人が来て、越前一帯から、北陸一円に浄土真宗の勢力を広めて、ついに油坂を越えて郡上にも侵入してきた。
 
そのころ郡上は天台宗の長滝、長滝寺の勢力下に居ましたが、次々に浄土真宗に転宗していき、
ました。現在も、まだ所々に天台宗の墓や歴史が残っています。
 
ご存知の通り、浄土真宗は〈雑行、雑修〉(自らの力で仏に近ずく様な修行。他力本願でない)を禁じて居ますから、念仏踊りは廃れていきました。
 
そこで、郡上人は是を切り替えて、娯楽本位、みんなで心を合わせて、参加できるお祭り、という様に変わっていきましたが、また此処で、厄介のことが起きました。
 
郡上を治めていた、殿様たちは、民衆が心を一つにまとめると、また、郡上一揆のような悪たくみをして、お家が潰される事を心配して、「風俗を乱す」と理由を付けて規制を掛けてきます。
特に町方、子供の踊りは許されても、家中や武士は禁止されて、それでもこっそり変装して楽しんだともいわれます。
その後も明治時代へ来ると、「廃佛希釈」の嵐の中で、いわゆる明治天皇の「五ヶ条のご誓文」
にある「旧来の陋習を破り、天地の公道に」を楯に民族的習俗はそぐわない事になってしまう。
それでもあの手、この手、先人の知恵を、使い分けて、現在の一大観光産業に発展してきたと言われて居ます。
 
ちなみに、郡上川崎踊りの、おはやしは(ア〜ソンレイセー)
又神路河崎踊りの(アハート〜ナ〜〜ソーレイセイ)は《祖霊祭》が変化したもだと聞いている。
 
 
ついでに神路河崎踊りの歌詞を入れておきます。これはステージで見せる踊りですから、踊り手が横一列に並んで踊るユックリとしたテンポのもので、三部構成です。
 
(1)出
ゆくわいなー〜 しょろーしょろ〜〜とーー  アーソーレイセ
桁をねずみが〜−しょろ しょろと〜〜 アーソレシテーーヨ〜アハトーーナアソーレイセイ
 
むくりかけたでーせにゃなりませぬ  アーソーレイセ
雨の降りでのー〜屋根普請〜〜  アーソレシテーーヨ〜アハトーーナアソーレイセイ
 
(2)さいもん  (物語です)長いので一部だけ
これぞ今年の〜初心中  アーヤレサーテ
洗い清めてー奉る〜  アッコリャコリャコリャ 
              ジッサトカボチャハヒネタガヨイゾエヤーレサテ
 
(3)片拍子踊り  これも長いが適当なところで歌をおわる、舞台上手へ踊りながら帰る
これは此処でのヨウ〜ホラホイ 片拍子踊りヨ〜〜−ひとつ違えばーヤレ〜
みな違うヨ〜〜  コラサイー コラサイーー
 
 

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