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親友S君が一週間前に肺癌を宣告されて入院してしまった。
突然の事で本人もかなり落ち込んでしまっていたので、今日は(9/26日)前向きに励まそうと、その後の経過も聞きながら見舞いに行く。
病室には、同病の人も居る為か、本人は淡々としていて、逆に私が元気を貰って帰途に着いた。
帰りの途中、美濃市文化会館横、小倉公園前の老松、何時見ても深い緑を称えて元気。この元気を戴こうと、寄ってみる。 説明案内版によると、
「この松は小倉山を望む景観を一層引き立てる松として昔から市民に親しまれてきた。慶長10年(1605)金森長近公は小倉山城を築くと同時に城下町、上有知(こうずち)の町作りを行いました。今も尚其の面影が至る所に残っています。こうした町作りの先駆者、長近を称えて(長近の松)と命名しました。」
美濃市のブログは今年2・14日にも投稿しています。良ければ開いてみて下さい
慶長5年(1600)関ヶ原合戦の功により、徳川家康からこの地を貰って、小倉山城を築城
慶長10年頃には、現在の町割りが完成した。
明治44年に其れまでの地名「上有知(こうずち)町」を美濃紙生産で有名になり其れに因んで「美濃町」と改名する。
小倉山城登り口右(写真、酒造旧家)を左へ進むと
こんな小さいトンネルがある、小倉山の下を掘りぬいたトンネルで、乗用車の行き違いは出来そうでない。そこを抜けると長良川の港町。川灯台がある。此処から美濃紙の輸送や物資の出入りで栄えたと言う。
長良川に沿って狭い道を少し登ると、国道156号線と長良川に挟まれた場所の(道の駅)がある。
「にわか」とは変な名前ですが、郡上でも「にわか芝居、農村歌舞伎」のことを言います。
「仁輪加(にわか)」と書きます。江戸時代に始まった芸能の一つで俄かに思い立ち即興で演じる素人芝居で、美濃市の場合は簡単な落ちが付いていて、見物人を笑わせています。仁輪加車に太鼓を積みお囃子を演奏するなど、貴重な大衆芸能です。
道の駅店内、良く繁盛しています。採れたての野菜や、まだ少し早いが美濃市は柿が有名です。
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