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今日(10日)は朝から良い天気になり、ヤット初詣に出かける。
昭和34年車の免許貰って以来、毎年の行事だが、犬山成田山 大聖寺(真言宗)へ交通安全のお参りです。
今日は途中各務ヶ原、苧ヶ瀬池の横を通るが、此処は昭和十九年、川崎航空機岐阜青年学校に学んで居た頃には、軍事教練で隊列を作り、軍歌を歌いながらの行進、又時には、早駆けでと、教官に良くしごかれた懐かしい場所でもある。
此処の神社は変わって居ないが、池の対岸は葦が茂り、陸と池の境がはっきりして居なかった様に思う。60数年経た今綺麗に整備はされているが、何故か最近水質が落ちたと言う事である
池の中程にある社は「八大龍王堂」が祭られて居るが、私が昔見た儘で此処に祭られていました。
此の池には古くからの伝説や信仰があり、奈良時代に(770年頃)一晩で出来たと言う事が言われ池の水は枯れた事がないと言います。そして池には大蛇が住み竜宮城への入り口が或ると言い伝えられています。
昭和十九年軍事教練で訪れた頃も、戦勝祈願参拝客相手の商店街はあったが、売る物が殆んど何も無い時代だが、たまたまジャガイモの半切れを串に刺して「おでん」と称して、「本日の販売は30個まで」2串ずつ一皿に盛ると15人分しか無いが、其れでも長い行列が出来ていた。
教練で自由の身で無い悲しさ腹の虫がグウグウ泣くが、此処は一番「武士は食はねど、高楊枝」とやせ我慢が何より辛かった。
今は美味い店に行列が出来る時代、皆行列を作る事が好きなのか。
苧ヶ瀬池伝説、ネット検索して見ると、此処の伝説色々有るが、一部をコピーして見ます。
(天に昇りそこなった大蛇)
昔、苧ヶ瀬の池に二千年も生きた大蛇が住んでいた。海に千年、山に千年も住んでいたという池の主である。長く生きた大蛇は天に昇って龍になることができる。しかし天に昇る時、人に見られると神通力を失って龍になることができない。 村人は大蛇を畏れて池には近づかなかったが、甚平という村人は大蛇が天に昇るところを見たいと思っていた。ある晩、時が満ち大蛇は龍になるため天に向かおうとした。ところが大蛇が水面から離れようとした時、隠れていた甚平に見られてしまった。大蛇は神通力を失い池に落ちて死んでしまった。その後、甚平も苦しみながら死んでしまった。村人は甚平が死んだのは、大蛇の祟りだと噂し合った (池の呑まれた惣八郎)
昔ある年の夏、村人たちの雨乞いにも関わらず全く雨が降らず日照りが続いていた。そこで、惣八郎という村人が、苧ヶ瀬池に棲む龍神に牛馬を奉げ雨乞いすると、大雨が降り始め池の水が溢れ、惣八郎は池に沈んでしまう。 それから数年して、村人が惣八郎の供養を取り行っていると、池から惣八郎が帰ってきた。驚いている村人に、惣八郎は池の底で病む大蛇と出会い、大蛇の病を治癒するため僧になることを約束したことを伝え、その約束の礼に授かった剣を見せた。その後、僧となった惣八郎は剣を祭り、蛇神を供養したので、苧ヶ瀬池はどんな日照りでも渇水することなく、村の田畑を潤し続けたという 成田山参拝ブログ長くなるので、又後ほど続く。
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