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新年の挨拶を交わしている内にもう一月も今日含めて2日となった。
2月になれば、すぐ3日には節分。明けて4日になれば立春といい、暦の上では名前だけは、春と言うことになる。
スーパーでは節分祭の商品売り出しに続いて、バレンタインデーのチョコ売り出しと言った商魂逞しく派手な宣伝をして居る。
「節分祭」や「鬼」の題名で昨年も投稿したので、同じ話題を話しても詰まらないし、と言っても最近はブログネタにも話題が乏しく成り、知識の貧困が露呈して来た。
まだ、私の昨年のブログ開いて見て居られない方、気が向いたら、URLクリックして見てください
去年は節分に出てくる鬼か?おとぎ話しの鬼達の様にこの世に出る鬼を題名にしましたが、
死後の世界の最もおど恐ろしい地獄の鬼の掛け軸が、旦那寺の法中、客間に有ったので、写して来ました。
子供の頃には何処の寺にも有った地獄絵図ですが、生前に悪行の数々を遣った者が死ぬと、葬儀の最中に地獄の閻魔庁から、火の車を引いた鬼が迎えに来ると、言われて震えた覚えが有ります。
火の車引いて居るのは、仏教の地獄で罪人を苦しめる(鬼)の仲間の者で、牛の頭を持つ牛頭鬼といい、馬頭も居たり、様々な動物の頭を持つ怪物も居ると言います。
私達の子供の頃は、祖母達が説教坊様から聞いた話を孫達に聞かせて、子供が悪い事をしない戒めで話していたのだろうが、兎に角怖かった。
多分元ネタは(平清盛)の臨終の話からだと思うが、平成17年NHK大河ドラマ義経の放映が有った時に、平清盛(渡哲也演ずる)の正室である、時子(松阪慶子演ずる)が見た夢の話からであろう。
熱病に冒され 呻く清盛 板の間に水をかけて体を冷やすが、比叡山から、汲んできた水はすぐに 黒煙となって蒸発し遂に逝去する。64歳であったと言う
諸国の源氏が河内 鎮西 伊予などで続々と蜂起し,反乱は全国規模に拡大していく。平家に重恩を受けた者達も次第に源氏方に靡きはじめる。宗盛が自ら大将軍となって追討に出発しようとした矢先に清盛が発病する。それも高熱をはっして数日間苦しんだ挙句に死ぬ。妻の二位尼時子は地獄閻魔王の使いが、火の車を引いて、清盛を迎えに来た。大仏を焼いたり寺を焼いたり数々の悪事をした罪を受け無間地獄に堕すと述べるべる夢をみる 。そして熱い熱いと苦しんで死んだ。
清盛の熱病死は事実であり誠に不可思議な物であった。腹心の公家。藤原那綱が20日後に死亡したのも同病と思われる。同じ病気が移ったのではないか。清盛が宋との交易に熱心であった所から、渡来品からマラリヤの様な病、或いはチフスの1種にかかったのか ? とも謂われている。
しかし人々はまさしく大仏を焼いた報いの因果応報を実感し平家の運命の衰えを肌で感じたことと思はれる。
(NHK大河ドラマ義経より)
旦那寺の火の車絵図は平清盛の乗った火の車ではないと思うが、清盛の火の車は無間地獄の(無)と書いた札が立っているし、左上の仏達は書いてない。
兎に角、地獄鬼はヤッパリ恐ろしい者。この世に出る鬼は、豆を鬼の眼を目掛けてぶつけるだけで、退散するから愛嬌物です。鬼とは、みんなが自分にも持ち併せているから、立春で、新年を迎えるのに、自分の心の鬼を退散させて、煩悩を払って春を迎えるのでしょう。年越しの108の鐘を打つのと同じだろう。
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