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「暑さ寒さも彼岸まで」と言われて居るが、今日は彼岸の中日である、2週間前にはまだ「残暑お見舞い文」をいれていたが、流石彼岸の今朝は寒かった。
若い時代にはそれ程気にもしていなく、殆んど彼岸も忘れていたが、80歳を越えると昔を思いおこし、今日は先祖の墓参りに行って来た。家の墓から、八幡町の家内実家先祖墓へ、
いま昼食時間であまり人が来ていないが。
なぜ彼岸の中日に墓参りするのか、調べて見たら、仏教では「中道」と言う教えがあるが、彼岸は暑くも寒くも無く、良いくらいで「程程」の日で片寄らない、その教えに丁度合う良い日だからだ、そうです。
誰でも知っている事ですが、彼岸中日は「太陽が真東から昇り、真西に沈む日」「昼と夜の長さが同じ」で片寄らない中道の日です。
又以前に郡上市、大和町へ法話に来て頂いた、奈良薬師寺管長、山田法胤師の法話の中で、
「とらわれない心、片寄らない心、こだわれない心、ひろくひろく、もっと広く」の教えのように今日彼岸は丁度気候も良いくらいの「片寄らない」日です。
綺麗な清水の水舟にやかんが備えてあります。拝借して水のお供えと、墓へ掛ける水を汲む
彼岸はその地域や宗派によって、色々の習慣が有りますが、浄土真宗では「ご冥福をお祈りする」や「故人の供養」、「ご霊前」と言う言葉は使いません。
また昔は家でも彼岸には「だんご」や「ぼた餅」を造りお供えしたものでした、家内が言うには同じ物の、ぼた餅を、春は「牡丹餅」と言い、秋は「お萩」と言うのだと言っていた。
其の他彼岸の中日に死亡すると、「地獄には行かない(行けない)」と言っていた。地獄の釜の番人である鬼や、その上に居る、大将の閻魔大王が、休みで、釜の蓋が閉めてあるので、行く事が出来ないと言っていた。
ちなみに私の祖父は昭和16年3月18日に死亡して、葬儀が彼岸中日に成って、お参り来たお客が「良い日に往生された」と、ささやいていたのを、子供心に覚えている。
母も3月19日に死亡して居るので、2人仲良く極楽に往生して居るだろう。
但し浄土真宗では、そんな教えは無いから、念のため。
私達の戦前の小学校では、春の彼岸を「春季皇霊祭」秋の彼岸を「秋季皇霊祭」と言っていて
天皇陛下の行事もあり、仏事なのか、神事なのかも知らないまま、祭日になっていた。
春秋どちらの彼岸も前後3日間ずつ挟んで、真ん中の日を中日と言う、あわせて7日間です。
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