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今年も旦那寺の報恩講の季節になりました。今年は檀家総代の役員も次世代の方へ受け継ぎして貰い、お参りするだけで、諸々の用意や、片付け遣らなくても良く、気楽にお参り出来ました。
報恩講は毎年同じ様にお勤めしますので、昨年の報恩講URLを入れて置きます。
旦那寺の山門
本堂、庫裏、境内は駐車の車で満車、
御逮夜の正信偈(真四句目下)で勤まります。報恩講の時には一番丁寧なお勤めですので、時間が長い。
今年の御法話には、郡上市白鳥町中西の円徳寺様住職、佐々木 元 (師)でした。
何処の寺でも歴史を辿ると、それぞれ長い歴史が、有る寺ばかりですが、特に此の円徳寺様は古い歴史がある寺です。佐々木姓を名乗れる事は、御存知、宇治川の先陣を争った、「梶原源太景季」と「佐々木高綱」ですが、その高綱の三男「佐々木高重」が親鸞聖人に帰依し出家、近江の蒲生に「安要寺」を開き、各世代を受け継ぎながら、各地を廻り最後に福井県大野市穴間(現在はダム湖底に成っている)で布教。
室町時代になり、安要寺次男が、郡上へも浄土真宗の布教の為、最初に白鳥町牛道中西へ来て建てたのが、「円徳寺」です。延徳元年(1489〜1492)に建てたので、元号を取り「円徳寺」となったといいます。(今年からさかのぼると、約522年昔話です)
その後に大野市穴間に有った安養寺も白鳥、大島村野里へ進出して来て、それまで長滝寺の天台宗配下で有った郡上一帯を、浄土真宗王国にしました。
宇治川の合戦で、源頼朝は名馬「磨墨」を景清に与え、高綱には「いけずき」を与えたが、その「磨墨」も郡上から出た名馬です。元から郡上に縁が有った物語です。
少し歴史話にそれたが、あまり詳しくは知りませんので、この辺で。
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