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3日続きの晴天に恵まれて、国道もカラカラに乾きスリップの心配が無くなったので、少し早いが今日は、白鳥町の「掛り付け病院」へ行く。羽島郡笠松町松波病院の診察、検査結果データーと担当医師の手紙を預かって、又此処の病院で診察するのですが「まあ良かったねー」と言って以前から飲んでいる同じ投薬を処方して貰った。
午前中に診察も投薬も終り、晴天で暖かいので、白鳥市街へ歩いて用事に行くが、此の道を歩くのも久しぶり、病院の北にある白鳥小学校の横を歩くと、校門から入ったスグ右にこんな石像が建っている。「二宮金次郎」である。
昭和11年頃入学の、私達の小学校では(日本全国)教科書の修身教育(道徳教育)では必ず、「二宮金次郎」が取り上げられて、小学校唱歌にも成っていて、「手本は二宮金次郎」と、小学校卒業まで叩き込まれて教えを受けて居ました。何処の学校の校庭にも、二宮金次郎の銅像が建っていた。薪を背負いながら歩いて、読書して居る像です。
現在の金次郎は、リュックを背負い、歩きながらか、自転車に乗りながら、携帯のメールを打ったり、見たりして居るが!!??
金次郎は子供の頃は家が貧しいので、わらじを作り金を稼いで親父に酒を買ってやり、孝行をしたそうだ。
寝る間も惜しんで読書をして居て、灯油代が勿体無いと言われて、菜種を作り自給自足した。
大人の成ると倹約を奨励して、傾いた村を立て直した。その他沢山の良い話が残って居る。
昭和16年大東亜戦争が始まった頃から、次第に戦況悪化とともに、寺鐘堂の吊り鐘や、銅で出来た金次郎の銅像も戦争の武器にすると言う事で、強制的に徴収され、代替品として石像か、コンクリート製の像に替わりましたが、替わりの石像が出来ない内に終戦となったものも、有りそのまま無しで終りました。
最近は此の石像が有る小学校が滅多に見当たりません、小学校でも殆んど此の金次郎の「倹約、勤勉、報徳、奉仕」の教育は成されていないらしい。それ所か、ネットでこんな記事が有ったが、此の記事(無断転載禁止)が出ているので、出せませんが、
<二宮金次郎像>勤勉精神いまは昔、各地で撤去相次ぐ
老朽化で石像も転落の危険があると、言う理由で、残った数少ない石像も無くなるのだと言う。
昨年の東日本震災から「絆」という、助け合い精神が復活して、良い世の中になる様な方向に向いている時、この教えだけは石像がなくなっても残して貰いたい。
忙しい中にも、たゆまず、学ぶ教えは、尊いと思います。「田中角栄、元内閣総理大臣」の名言に、
「必要なのは、学歴でなく、学問だよ」と言っていたそうです。
立派な事書いた、此の爺も学問等無縁で終わりを告げるようだが、建前は尊いと思います。
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