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この洞門の下は長良川鉄道が走っていて、其の下は、チョト深い淵に成っている。
幕末か明治時代の昔は、向う側へ渡る橋を、作る事が無く、比較流れの緩い場所を選んで船頭が渡し賃を取って、この辺りで、向かい側の在所の住民と交流していたそうです。
其の時代は、何処の家の家系も河を挟んだ縁組は少ないが、山超え縁組は沢山有ります。
その時代には、此の淵にも河童が住み着いて時々、出てきて悪さをしたそうです。
ある時に、この近くで住んで、漢方医をしている、医師、与三衛門氏の畑で、瓜を作っていて居たが、大きくなると取られるので、密かに隠れて見ていると、小さい子供が来て瓜を取っていた。早速その子供の腕を捕まえて、引っ張るが子供の力でない程、とんでもない力持ちで、掴んだ片手を引き抜いて淵へ飛び込み、逃げてしまった。医師はその腕を「此れは、珍しい物を取ったわい」と家宝にするつもりで、持ち帰り干して置いた。
すると其の夜に、綺麗な娘が尋ねてきて、「あの腕を返して欲しい」「実は私は昼の河童ですが、あの腕が無いと食べ物が取れなく、生活が出来ません」と泣き出したので、可愛そうになり、返して遣りました。
次の晩にお礼に、私はその腕のくっつく秘伝の薬を知っています。と言って漢方薬の作り方を教えて行ったそうです。
この河に住む、蜷という巻き貝を有る処方で、すり潰して腕に付けると、腕が元通りにくっつく、と言う事で、其処の医師は代々、その河童伝説の、名医で繁盛したそうな。
(K氏の昔話しより)
長い間の晴天で、水量が減ったのと、河川改修や、度々の洪水で、淵も埋まり浅く成りました。
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