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今日と明日は(10/8~10/9)、私達の檀家寺院の報恩講です。昔から、此の行事は、旦那寺、門徒のみの行事だけでは無く、地域全体の大イベント行事に成っていましたが、最近は色々な世間の事情なのか、薄れぎみ、になって来ました。
私達の小学校入学(昭和十一年)頃から、15年頃までは寺院の、門前には露天商や屋台店が所狭しと、軒を連ねて居て、大人から子供まで、お参りと露天店のヒヤカシを楽しんでいました。
此の日だけは、学校から寺へ近い事も有り、小学校の昼食時には、先生に許可を貰い、寺へお講様参りのお斎(おとき)を頂きに行く事を、前から楽しみで待って居ました。
一年の内に、白飯の食べれる日は、何回も無いので、母が朝から、お参りして、待って居るので、一目散に寺へ駆けつけて戴きましたが、此れは通称、高高マンマといい、円筒形の筒へ白飯を積めて、打ち抜き、椀へ盛ります、おかずは豆腐の味噌汁、焼き豆腐、ひじき、野菜の胡麻和え、と言った物で、至って質素な物ですが、現在も其の儘、続いています。平成19年頃から、高高マンマは、半分に減らして、残さないようにしましたが、まだ多すぎる様です。
平成19年頃までは昔の習慣を守っていて、親鸞様のご命日(11月28日)前の、11月中ごろのお勤めでしたが、寒いのとお参りの少ない事で、1ケ月早く勤めるように成りました。
子供時代の私達は、高高マンマが、終れば露天商のオモチャや、鯛焼き、串団子、等を少ない小使い銭から、選び買うのが、又楽しい一日でした。
男の子は紙に火薬を詰めたピストルや、ブリキのネジ巻き玩具、女の子は、喧しく鳴るゴム風船、焼き物の人形など買い、本堂の広縁を喧しく駆け回り、坊様の法話が聞こえないと、何回も叱られたが、暫らく静にしているが、又次の悪童共が、変わって騒ぎ出すので、法話は聞えなかったでしょう。
高学年(3年生頃)になれば、学校も午後の授業が有るので、早く引き上げて来た。
話は変わって、 寺役員在職中に、納骨堂建設計画を話していました、平成二十二年12月12日に、郡上市三ヶ寺をモデルに視察に行って来ました。
(相生の照明寺)
(郡上八幡町 長敬寺 納骨堂)
その後体調が悪く、今日始めて、旦那寺のを、一部分、見せて貰いました。何れ、誰でも、何時かは、解らないが、世は無常です。無常とは、死ぬ事では有りません、生まれる者も有れば、死ぬ事も有り、皆が一緒に歳を取り、変わり行く世の中の事です。
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