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松と言えば、先ず頭に浮かぶのは、お目出度い時の気持ちの表現だと、思います。
言うまでも無いが、歳の初め門松を立てて祝い、新しく始まる新年の気持ち表し、今年一年の家族安泰や、健康幸せを祈願します。
4年程前に投稿した(年末風景)門松の、私のブログ気が向いたら、開いて見て下さい。
松に関わる物語は数多く有り、その他、伝説や、歴史に残る話も沢山あって、取り上げると、きりが無いが、歌舞伎や能舞台の背景等も、老い松、若松、が設定されたり、山頂で大樹となると、戦国時代には、「物見の松」として、実際に使う事も、有ったと言う事が記されています。
(本からコピー)能舞台と同じ背景の(老い松、歌舞伎、勧進帳場面)
歌舞伎「仮名手本忠臣蔵三段目 松の廊下」の襖絵が皆さんに良く知られた場面です。
其の外にも「絵本太閤記 10段目」(本能寺で織田信長が、明智光秀に滅されて、3日天下を取った後、秀吉に討たれる迄の物語)であり、光秀が、遠くから攻め押し寄せる大群を見る「物見の松」が有り、遥か遠くを眺める演出が有ります。
大工遣っていた関係で、若い時代に農村素人歌舞伎の大道具や小道具を歌舞伎師匠から、習いながら作りました。役者は一度もやった事は有りませんが、結構面白かった。
又子供の頃、祖父や、祖母から聞いた話(伝説)に依ると、山の頂上付近や崖の上などに枝振りの良い松は、「天狗松」と言い、其処に天狗が住んで居るから、その松を切ったり根元で小便すると、祟りがあると言われたり、その外、男の子供が天狗に気に入れられると、連れて行かれるとも言われ、近寄る事が怖かった思い出があります。
切らずに残っていた松もその後は、松食い虫被害で殆んどが、姿を消してしまった。
(松食い虫被害を防いで、残った松)
私の想像ですが、天狗松と言う物は、戦国武将が「物見の松」として、使っていたので無いでしょうか??其れが伝説となって居たと思えるが!??? 勝手な私の作り話ですから当てにはなりません
今は若松も育ち始めて又松林が、復活すると良いと思うが、松の木の需要が少なく価格も安いので、余り進展していません。
田舎普請では、幅の広い差し鴨居や、桁等も取れて使っていたし、少し曲った物は小屋組材として、地棟、登り木等にも、出来たので需要は多く有ったが、今は建築様式も変わって来て、余り手間の掛かる仕事は遣らないようです。
平成元年頃の小屋組を作っていたものです。この頃既に日本材の長尺松材は、入手困難でした。
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