ネコの道草

83歳のネコブログです。

仏教

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別れ

 
3月になり、寒さ少しは緩むと思って待っていたが、一考に暖かく成らない。世に言う三寒四温の諺も今年は通用しない様だ。気象庁天気予報士の説明に依ると、「三寒四温」と言うのは、冬に大陸に発達する、シベリア高気圧の勢力が、大体7日間周期で変化する有様を言い、シベリア高気圧の勢力が強い時には寒い空気が流れ出して来るので寒さが増し、勢力が弱くなると冷気の量が少なくなり、太平洋高気圧が影響して来るので、寒さが緩むと言います。其れを3月になると、一週間周期で繰り返して居るから、3日寒く4日温暖に成る事で三寒四温と言う四字熟語が出来たと言います。
今朝の赤歩危国道(病院へ定期検査に行く途中)
 
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33日の雛祭りでも済めば、今日(4日)頃から少しずつ、暖かく成るだろうと、勝手に期待して居たら早朝に思わぬ訃報が入る。幼少の頃から親しくしていた友人の訃報である。彼は私より2歳年上ですが、小学校は一級上で、其の上何もかも私よりは、上級を行き、遂に彼を乗り越える事は出来なかった。
 
彼は、戦時中各務ヶ原の陸軍航空廠に居たが、終戦と同時に皇居の皇宮衛視を志願して東京へ行くが、私も誘われたが、今更焼け野原の東京へは、行きたくなかったのと、戦時中の、近衛兵の代わりと言う事で、頭の悪い私には勤まらないと思って、一緒に行くのを断った。其の後GHQより解体されて一旦郷里に帰り、36歳頃に村会議員に初当選、12年議員を務めて、其の後は町公民館長24年勤めた。
 
老後は良く私の家へも遊びに来て、色々の昔話をして居たが、其の後は入院して人口透析をして居たが、返らぬ人となった。
 
葬儀は大昔から、平成年、前半までは、地区の「相人」(隣組)で全部取り仕切って別れをして居たが、世間の流れにより葬儀場で行なわれる様になる。
 
私達の地域は殆どの家庭が「浄土真宗大谷派(お東)」か。又「浄土真宗本願寺派(お西)」です。
 
僧侶(導師)の装束は7条袈裟に、左肩から後ろに垂らした「修多羅」を着けて、最高の装束で執り行われます。
 
この「修多羅」はサンスクリット語の「スートラ」と言い、漢訳で「修多羅」と訳されて、それを「お経」と訳されています。「お経」とは織物の縦糸と言う意味であって、過去、現在、未来、へ縦に貫いて居る不変な物を表して居ます。一方横糸は常に換わり行く当てに成らない仮の物で、即ち、私達現在の生活を表しています。
 
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お経とは、永遠に変わらぬ普遍的な真理を表す言葉で、「南無阿弥陀仏」を表し、それが修多羅であると、旦那寺の住職から聞いています。
 
世の中でよく言う(だらしが無い)と言う言葉は、それに(不)を付けて「ふしだら」と言うのだそうです。
 
葬儀で読経中、焼香に行く前に先ず、僧侶(導師)に合掌又一礼するのは、僧侶(導師)に合掌するのでは無くこの修多羅に合掌するのです。僧侶は人ですから。間違えないようにしましょう。
 
長い間寺総代を勤めましたが、此の程度しか知りません。春は別れの季節と言いますが、私達の今度の別れは永遠になると思うと、寂しさが込み上げて、此処の所少し塞ぎ込んで居ましたので、ブログの書き込みも途絶えていました。
 
今此のブログ書き込み途中で地震に依る大津波の情報とニュースが入っている。暫らく書き込み中断して、居ますが、被害の少ない事や死傷者の無い事お祈りします。塞ぎこんで居られないぞ〜〜
 

郡上秋葉さま

北陸の日本海各地では、大雪で国道、高速道での車の交通止もあり、難儀された事で有るが
昔の郡上でも(昭和56年)豪雪で交通止になり、自衛隊の出動もあり、大変なことも有りました。  
今年の郡上では心配したほどの大雪には成っていないが、気温が例年より寒くて、コタツから出られなくなっている。
 
こんな時は何と言っても、火程有り難い物は無い、実に火が無くして、人間は生きてはいけない大切な物ですが、万一過ちが有ると一瞬にして、焼き尽くされてしまう恐ろしい火、となります。
 
そんな事ふと思い付きましたので買い物ついでに足の運動散策に八幡城麓の寺や神社散策をしてきました。郡上の火防の寺です。(神佛習合)「郡上八幡の秋葉さま」
 
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静岡県秋葉総本殿より、秋葉三尺坊大権現分身を勧請して、郡上の火防守護所となっていて、超宗派的な信仰の元に、4月になると新自治会長や消防団分団長と共に、お参りして、各家庭へ貰ってきたお札を配ります。
 
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境内には威徳堂、豊川堂、地蔵堂、太子堂があります。又此の鐘楼は明治時代から時を知らせる鐘として、朝6時から、1日4回欠かす事無しに続いて撞かれています。今では街の人人にスッカリ溶け込んでいて、郡上八幡の自慢のものです。
 
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此の鐘楼の横にこんな、碑が立っています。「横関 信雄」氏の詩碑ですが、山県市生まれの方で、郡上八幡で、教育に携わり歌人として、活躍されていました。
鐘楼に とほく鐘打つ影見えて
          諸行無常は後れつつ響(な)る。
 
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今日は天気良かったが、登城しません。エーコープで宣伝に、のせられて、恵方巻き寿司買って食べた。
 

鬼。節分

新年の挨拶を交わしている内にもう一月も今日含めて2日となった。
2月になれば、すぐ3日には節分。明けて4日になれば立春といい、暦の上では名前だけは、春と言うことになる。
 
スーパーでは節分祭の商品売り出しに続いて、バレンタインデーのチョコ売り出しと言った商魂逞しく派手な宣伝をして居る。
 
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「節分祭」や「鬼」の題名で昨年も投稿したので、同じ話題を話しても詰まらないし、と言っても最近はブログネタにも話題が乏しく成り、知識の貧困が露呈して来た。
まだ、私の昨年のブログ開いて見て居られない方、気が向いたら、URLクリックして見てください
 
去年は節分に出てくる鬼か?おとぎ話しの鬼達の様にこの世に出る鬼を題名にしましたが、
死後の世界の最もおど恐ろしい地獄の鬼の掛け軸が、旦那寺の法中、客間に有ったので、写して来ました。
 
子供の頃には何処の寺にも有った地獄絵図ですが、生前に悪行の数々を遣った者が死ぬと、葬儀の最中に地獄の閻魔庁から、火の車を引いた鬼が迎えに来ると、言われて震えた覚えが有ります。
 
火の車引いて居るのは、仏教の地獄で罪人を苦しめる(鬼)の仲間の者で、牛の頭を持つ牛頭鬼といい、馬頭も居たり、様々な動物の頭を持つ怪物も居ると言います。
 
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私達の子供の頃は、祖母達が説教坊様から聞いた話を孫達に聞かせて、子供が悪い事をしない戒めで話していたのだろうが、兎に角怖かった。
 
多分元ネタは(平清盛)の臨終の話からだと思うが、平成17年NHK大河ドラマ義経の放映が有った時に、平清盛(渡哲也演ずる)の正室である、時子(松阪慶子演ずる)が見た夢の話からであろう。
 
熱病に冒され 呻く清盛 板の間に水をかけて体を冷やすが、比叡山から、汲んできた水はすぐに 黒煙となって蒸発し遂に逝去する。64歳であったと言う     
諸国の源氏が河内 鎮西 伊予などで続々と蜂起し,反乱は全国規模に拡大していく。平家に重恩を受けた者達も次第に源氏方に靡きはじめる。宗盛が自ら大将軍となって追討に出発しようとした矢先に清盛が発病する。それも高熱をはっして数日間苦しんだ挙句に死ぬ。妻の二位尼時子は地獄閻魔王の使いが、火の車を引いて、清盛を迎えに来た。大仏を焼いたり寺を焼いたり数々の悪事をした罪を受け無間地獄に堕すと述べるべる夢をみる 。そして熱い熱いと苦しんで死んだ。                                  
 
清盛の熱病死は事実であり誠に不可思議な物であった。腹心の公家。藤原那綱が20日後に死亡したのも同病と思われる。同じ病気が移ったのではないか。清盛が宋との交易に熱心であった所から、渡来品からマラリヤの様な病、或いはチフスの1種にかかったのか ? とも謂われている。
 
しかし人々はまさしく大仏を焼いた報いの因果応報を実感し平家の運命の衰えを肌で感じたことと思はれる。
(NHK大河ドラマ義経より)
 
旦那寺の火の車絵図は平清盛の乗った火の車ではないと思うが、清盛の火の車は無間地獄の(無)と書いた札が立っているし、左上の仏達は書いてない。
 
兎に角、地獄鬼はヤッパリ恐ろしい者。この世に出る鬼は、豆を鬼の眼を目掛けてぶつけるだけで、退散するから愛嬌物です。鬼とは、みんなが自分にも持ち併せているから、立春で、新年を迎えるのに、自分の心の鬼を退散させて、煩悩を払って春を迎えるのでしょう。年越しの108の鐘を打つのと同じだろう。
 

初詣(2)

昨日は、初詣(10日)」の続きを書く予定でいたが、何かと色々の用事が出来て、その内忘れて寝てしまった。今朝は天気スッカリ変わって、朝から雪降り、一昨日に初詣して来て良かったと、遅駆け乍ら思い出し、パソコンに向かう。
 
私は伊勢湾台風の災害後に無免許で普通車(トヨエース)に乗っていた所を警察に捕まり、必ず今度は免許を取って来るから、と反省と始末書を書かされて運転免許試験に行かされたのでした。
 
建設会社の社長は「家の会社の車も自由に使ってよいから、普通車免許を取れ」と言うが、その時代は未だ普通車運転免許持つものはプロとしての運転手で、私は大工で技能を伸ばしたく、自動二輪車で良いと言い、普通車免許は取る気は無かった。
 
免許試験は長い間の無免許運転経験があり!!?難無く取れたが、時代が段々と景気が上向きに成ると、普通車も必要になって来た。あの時に取れば良かった「しまった」と思ったが、私は運の良い事で「自動二輪車免許」は、免許書き換え更新の度に、自動でランクが揚がって、最後は「限定解除」をしたら普通車ならどんな車にも乗れますが、今は高齢で軽自動車しか乗っていない。正に半世紀近く乗っていると、今昔の感ありです。
 
それ以来大小、事故は一度も遣っていない、今の所、運転免許証貰ってから、交通違反も(駐車違反、スピード違反2、進入禁止違反)と、4件だけ、本当に現在までは有り難く思っているので、自然と成田さんへ脚が向いていくのであります。
 
「昨年も無事故無違反で年が明けました、成田不動様のご加護有難うございました」と言う御礼を申上げて来るだけです。自分の反省も無く無条件で我が身だけの無事故を祈る勝手は聞いて貰えないでしょう。
説明は成田山 大聖寺、リンクを貼っておきます、開いて見てください
 
 山門です。ご祈祷の駐車場は、山門上がった所で、此処から歩く人は少ない様です。
 
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大日不動尊を祀ってある、車のご祈祷所。坊様のお経は早口であまりはっきり解らないが、般若心経です。浄土真宗の家で育っている私にはあまり解らないが、最後の「ギャーテイ ギャーテイ ハーラーギャテーイ」で終り、とても短いお経です。266文字で、奈良薬師寺へ行き写経もした事がありますが?!
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見上げると長い階段今年も、揚がれるか?ゆっくりと途中で休みながら2人とも上がれました。
約160段程あります。
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上の本堂ご祈祷所。
 
皆さんの願い事を書いた
護摩木をくべて暗い本堂で炎の高く上がる中を、お経を挙げて居られる坊様。
夏等はかなり暑いでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お参り終わり境内へ出て、遥か西を見ると、伊吹山が綺麗に見える、手前は木曽川の清流
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家内がおみくじ買ったと言うので、開いて見ると「大吉」今年はいい年に成りそうだ。と年甲斐も無く喜んで、帰ってくる。
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帰り道の参道に桜が咲いていた。「今頃ボケ桜だ」と言うと、「四季桜」の表示あり、寒には梅と相場が
決まっているが、桜が先に咲くとはボケと思うが、美しくボケるなら許せるか??
 
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大吉の御神籤繋ぎ、ゆっくりと帰る支度。少し風が出てきたが、久しぶりで晴天に恵まれて都会みたいな所へ出てきた。      今年もなんとなくいい年に成りそうな気がしてきた。
 

除夜

除夜の鐘
今年も残す所、3日となった。12月31日、大晦日の夜を「除夜」と言いますが、
何故(除く夜)なのか??
 
色々の説が在るそうだが、お寺のご院主様のお話によると、一般に良く言われているものとしては、「一年の煩悩を除く夜」と言うことで、人間の煩悩は108個有るそうです。それで108回の鐘を突いてその煩悩を取り払って、新しい年を迎える事です。(一般に言い古された話)
 
 
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又その他にも人間の一生は「四苦八苦」の上で生きているのだと言います。一年の最後の夜、其れを除く夜と言う事で、(4×9)+((8×9)= 108と言うことだそうです。
 
人は(楽)を追い求めて、(苦)を作るのだと言いますが、そうした苦なら達成できて終わって見れば(楽しい)ものです。
では良いお年を迎えてください。

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