ネコの道草

83歳のネコブログです。

仏教

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成田山貞照寺

新年の初詣、氏神や檀那寺へは、既に参拝は済ましたが、昭和35年に車の免許を取ってから、犬山成田山新年のご祈祷は、欠かした事が無い。
今年満80歳を迎えたのに今まで大きな事故も無く過ごした事の感謝の気持ちもあり、今日は天気も良いので出かけた。長い間通っていない旧中仙道21号線を通り、木曽川べりの川下りを眺めながら流れに沿って通って行くと、鵜沼〜坂祝間の大きなレストラン等皆店は閉めてしまっている。交通量の減少か?景気の後退か?時代の流れか?久し振りに見る景観も今昔の感あり。

途中に貞照寺の案内看板が目に付いた、此処は昭和60年NHK大河ドラマで放映された「春の波濤」の名で全国に知れ渡った、「川上貞奴」が私財で建立した寺である事で、当時全国から観光客が殺到していた。

私も川上貞奴を演じた松阪慶子が好きで、此ドラマを見ながら、観光客に混じって良く訪れた、物語のストーリーは殆ど忘れたが、もう一度思い出そうと此の寺へ寄ってみる。寺の歴史によると、此寺の建立は、昭和8年であると言われていた。
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鐘堂です。次は貞照寺本堂、鉄筋コンクリート作りの上に木造の本堂
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家へ帰ってから(春の波濤)のストーリーを、ネットで調べると、ある有る、昭和60年ごろを思い出しながらボケ防止運動に今日一日使った。                         
貞奴は日本で最初の女優で、自由民権運動の活動家で川上音二郎と結婚して、川上音次郎一座のアメリカ興行に同行して、調子良く出だしたが、途中公演資金を興行師に全額持ち逃げされて、一座は異国の地で無一文になってしまった。負けず嫌いの貞奴はその後もエキゾチックな日本舞踊と貞奴の美貌が評判を呼び、瞬く間に欧米中で空前の人気を得た。帰国後には、後進の女優を育成する為に音次郎と共に帝国女優養成所を、創立した。と言う事です。まだまだ話は沢山あるが、詳しくは長く成りますからネットで調べてください、

それにしても、福沢諭吉の娘婿で電力王の異名を取った、福沢桃介との昔の恋人に「焼きぼっくいに火が付いて」諭吉の子供を妻に持つ桃介を助けて、桃介が手がけた大井ダムの建設に一身を打ち込んだと言うが、最後は大井ダムの下流、木曽川の流れの見える鵜沼の地に貞照寺を建立して、門前には別荘を建てて昭和21年に熱海の別荘で死去、という川上貞奴のロマンスと共に遺体は貞照寺に葬られている。

貞奴死去後寺は荒廃していたが、現在は成田山名古屋別院の管理下におかれて、山号は成田山貞照寺と成っている。芸事成就にご利益があるといわれる。
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本堂東側には、子守地蔵が沢山たっている、貞奴には子供無かったのか??!

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参詣者は少ない、本堂裏にある貞奴の一代記が彫刻してあるが、イタズラされない様に細かい金網が貼ってあるので、良い写真は取れなかった。

これから犬山の成田山参詣に向かう、
成人の日で参詣者大勢、          167段の石段今年も昇れた
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80歳に成っても元気で夫婦二人して此処まで登れた事に改めて御礼感謝、賽銭はそれ程弾んだのではないが。交通事故起こさぬ明るいうちに早めに帰る。
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郡上市白鳥町長滝神社の六日祭り(花奪い祭りと延年の舞い)昨年は雪無しで天気良かったが、今年は暮れから降って積もった雪の中で行はれた。是は「国指定重要無形民俗文化財」に指定されているが、この六日祭りは荒れると昔から言い伝えられている。でも今日は晴れていたので出かけたら此処長滝ででは少し雪が舞っていた。
「長滝の延年」とは、お目出度い長寿を意味し鎌倉期には奈良、京都の大寺院で催されていたが、今は、日本では数箇所しか残っていないと言います。
延年の舞の進行中拝殿の天井(約6M)に吊るされた、桜、菊、牡丹、椿、芥子の五つの大きな花笠を若者達が人梯子を組んで、取り合いする勇壮な、祭りです。
先ず本殿正面で参拝して、
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最初は低い位置に吊ってあって延年の舞が始まる頃から、若者達の花奪いが始まる。一段ぐらいの人梯子で飛びつきます。
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延年の舞が始まる。
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それ飛びつけ〜
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すぐに花笠はスルスルと天井まで引き上げられて、是からが中々容易には、取れなくて難儀な事だ。人梯子を何回も繰り返し組みなおし、崩れ落ちて、やり直し、崩れ落ちてやり直し、今年は一回で花笠を取った事は無かった。若者の人手不足か?
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今度は成功、取ったと思ったが、まだ届かない、落ちてしまう。
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又人梯子を組みなおして、挑戦する。
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最後は見物客でも取れる位置に下がってくる、それ皆で取り合う。
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沢山奪い取った人から皆が分けてもらう、
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最後に(白山文化)URL貼っておきます、クリックして見てください。
[ http://haku-san.com/mod/history/index.php?content_id=11 ]/ クリック

謹賀新年

明けましておめでとう御座います、
  今年も宜しくお願いします、又ネコブログも読んでください、
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家相占い

師走と言う声を聞くと、無職の老人でも何と無く心忙しくなって来る。
もう既に何年も昔から慣例の、中日新聞の購読サービスで今年も「平成22年高島暦」が入れられて居る。
私は殆どこの手の運勢占いなどは、「信用していない」のだが、と言いながらも、来年の自分の運勢を見る。白星に為っていれば、まんざら悪い気はしない。中日新聞の運勢欄でも、そんな物信用しないと言いつつも、見てしまう.      歳を重ねるに従い弱気になるのが良く判る。
             (占い暦は(上が南)です)

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話は昔の大工現職時代の出来事

尾張の或るM会社専務の自宅の新築工事を遣らしてもらった事が有るが、お決まりの様に、何回も図面を引き、パースも書いて、打ち合わせ万端よろしく進行して行き、さて工事に取り掛かろうとした時に、「この家相は好いのですか」と聞かれました。一応鬼門などの不浄方向は避けているから、大丈夫だろうが、私はその道の専門家では無いから、ご心配なら一応見てもらったら、と言って置きましたが、その方も大して気にはして居なかった様でした。

大工工事は建前した後の造作は、最初から私の気の会う友人と二人きりで、日の暮れるのも忘れて仕事していました。施主様は同じ地域の出身の方ですので、毎日現場へ来ては世間話や、色々と注文などもして喜んでおられました。其の内に施主様の友人も連れて来て少し自慢して、喜んで居られたが、私もその友人と言う方とも心安くなり色々話をしている内に、「家相は大丈夫か」と言われた。そして私にも色々と家相の話をされていたが、あまり気にもせず軽く聞き流していた。

長い日数を掛けてようやく大工工事は終わり、左官の上塗り、建具の立て込み、畳の敷き込み、クロス屋の仕上げ、設備、電気工事も完成して、最後に仏壇を入れるか?と思案中の所へ何処で聞いたか早耳の仏壇屋が来て、仏壇を勧められて購入を決める。所が件の友人の言う事に「仏壇の向き(方角)が悪い」と言うそうだ。(困った事だ)と浮かぬ顔した施主様。作り変えてくれと言われる、最初から仏壇は何れ其の内に入れる予定はして、床と一緒に特に念入りに作ったつもりが、これを壊して作り変え!!何とも悔しい思いがする。施工中なら工事の変更も出来安いが、ここまで出来てから親切心の売り物みたいに、いらぬおせっかいをする奴だと、その友人を恨んでみるが、施主に言われるなら、仕方が無いと明らめて家へ帰る。

家の寝床に着いてから考えた。この施主様は或る家の弟で、この家では初代だが、本家(兄の家)は浄土真宗大谷派門徒であるから、何れその寺の門徒になる方ですので、その檀那寺住職に相談したらと思いつく。浄土真宗では、迷信は一切否定しているから、住職がいい答えを出してくれると確信した。早朝に施主様へ電話入れる「O寺の住職を連れてきて見てもらったら」と進言しておく。

早速施主様もその住職に電話すると「馬鹿な話を気にするな、非常に迷惑な迷信だ、今時の弟が新築される家で一番先に仏壇を祭る心がけは立派なものだ」とお褒めになられたようでした。

かくして目出度く工事のやり直しは無く、私はおさまりましたが、人間の本心は誰でも弱いものだと思った。    ちなみに施主様の親友の方、その一年後に弟の新家を建てるからと、その新築工事を頂いた。

あの時はその親友が来て不意に水を掛けられたような気持ち!親切を装い、迷信を吹き込み、私には腹が立ったが感情の鈍い私でしたので、即座に反論や怒らなかったのが幸いして、その方と又長い付き合いが出来る様になり、感情の鈍い人生も捨てたものではない。

関市迫間不動の森

昨日は、約1週間前に家内が補聴器相談に行き、試聴期間が過ぎたので、もう一度結果相談に行く
先週も、デシベルだの、ホーンとか、アナログ、デジタル、とか説明が解らないので私が同行して、聞くが、私も音響機器が全て解かるわけでは無いが、2時間ほど機器の調整や、本人の聞き取り検査して又、試聴用の機器を借りる、
終わって見ると正午を回っている、天気が良いので、そのまま帰るのも惜しいので、久しぶりで歩き運動に行ってみる。何処にしようか??  此近くの「迫間不動の森」へ行ってみる。
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昭和54年〜56年頃に此処ら辺りが整備されたようだ。以前にも何回か来たことが有るが、歳はとったが、まだ此処の石段が登れるか試してみよう。赤線で示した所だけ。
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郡上では、終りかけた紅葉も此処はまだ盛りの様、
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石段は何段有るか知らないが、結構急なもの、ゆっくりと登る。
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中間点に有る護摩堂へ来る、
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此処では春の火渡り神事や(3月第4日曜日)秋の護摩供養(9月第四日曜日)があるそうです。
此処の迫間不動は、美濃三大不動の一つと言われて、1100年の伝統があるとか。平日に参拝に来ても訪れる人が多く居る、私も含めて、不動様の信者でもない者でも、足の運動には良い所である、一休みしてもう少し登る。
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やっと着いた、「滝の岩屋」です。一人がヤットと通れる狭い石段を登ると、(左側から登る右は下り口)
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暗い岩の洞窟の奥はお供えのロウソクが、煌々としていて、あの世へ行った様な光景、早く降りてくる。
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登り口は石段ですが、帰り道は急な坂道です、犬連れている人が降りている所。頂上には電波塔があって、健脚な方は楽に登れるそうです。
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行き道、帰り道、山岳道路にしては、広い道だが、途中に大きな段差が作ってあって、スピードが抑えてある。
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関市と各ヶ原市鵜沼の境界にあり、鵜沼方面へ降りてみる。道路が新しく整備されていて、国道41号へ行かなくても、長いトンネルを抜けて、すぐ坂祝町の勝山へ出られた。

処で不動明王なるものは、恐ろしい形相をしていて、親しみ難い仏か神だが解らないので、仏教辞書で調べてみたら、「大日如来の命を受けて、悪を破壊する使者という事で本来はインドの神であると言うことでした。

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