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この写真は郡上八幡城の下に建っている碑です。 江戸時代後半に入った宝暦4年(1754)郡上金森藩に大規模な百姓一揆が はじまったこの年8月年貢加増に耐えていた百姓達、郡中130ヶ村から集まった 2000余の百姓が城中御蔵会所に乱入して16ヶ条の要求を強訴する事に始まった。 下左側は大和町剣赤保危の碑です。 右側は白鳥美人の湯に建っている碑です。 この一揆は宝暦8年12月幕府の裁断が金森氏の断絶と百姓の処刑を申して幕閉じ るまで前後5ヶ年に渡って戦い続けられた。この間藩庁側は厳しい弾圧と懐柔に 腐心し百姓側も愁訴強訴を重ね堅い団結を誓約しつつ、直訴箱訴を敢行した。 この碑に写されている、傘連判状は宝暦6年3月首謀者51名がこの温泉の地域 那留ヶ野に集まり署名して決死、目的遂行の心底を固め合ったもので、 前後上下の解らぬ様円形に書かれたといわれている。 歴史は語ると長くなるから又の機会に、早く温泉へ入ろう。 毎月15日は75歳以上の方の入浴にはもう一枚無料券がもらえます。 通常は入浴券650円です。経営者は民間のO建設会社。 |

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