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水の町といわれる八幡町は、町内隅々迄水路が張り巡られて、いつも綺麗な水が流れています。八幡城主遠藤常友(1652〜4)の時代に八幡町内が大火災に合い、其の時に 城下町と城の大整備をして名実ともに城主になった。水路の整備は生活用水と共に防火 用水に重点を置いて作られて、今も随所にその面影が残っていると言う。(郷土史家の話より)この写真は吉田川からの、島谷用水取入れ口です。 吉田川に沿って下がっていく用水路は観光名所になり、沢山の鯉や鱒が泳いでいて皆さんの散策遊歩道になっている。昭和22年頃には度々の吉田川の氾濫で用水路が痛んだ、仮設の水路を木造で作った、まだ一人前では無かった私も先輩たちに付いて少し手伝った。当時も復旧予算が早く付かなかったのか??暫くは木造水路でよく水漏れがあり補修に行った(少い報酬は貰えた) 名前を井川の小道という、水路に付いて狭い小道を下がって行くと旧八幡庁舎の裏え着く その昔には、ここら当りに、この水を利用して水車を回して動力を得て動く製糸工場があったと聞く(開祥社)其の外にも水力を利用した製糸工場が沢山有ったと言う。水路は其の時代から良く整備されていた。(郷土史家の話) この旧庁舎前の谷川を遡ると和良、明宝方面行きの国道に当たる。そこから徒歩で50 メートルほど遡ると、県下で始めてと言う水力発電所跡がある。草むらの中から僅かに 読み取れる、標識があった。明治32年頃にっ作られたとの事で、300灯程の電灯がついたと聞く(郷土史家の話)それにしても今よりもっと水が有ったかも。 日照りしたとて、乙姫様の瀧の白糸きれはせぬ(春駒)
400メートルほど坂道を上がると其の瀧がある 写真の瀧もう一つ上に乙姫水神が祭られている |

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