ネコの道草

83歳のネコブログです。

雑談

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遅い春

明日で彼岸が明けると言うに、今年は例年の様に暖かく成らない。昨日まで晴れの日は続いたが、風が冷たく、体感温度は非常に寒く感じた。
そんな訳で、家に閉じ篭って居たが、久しぶりで八幡へ買出しに行くと、他所の家の庭に梅が咲き始めて居た。
ヤット郡上にも春が来たか??少しばかり、心が安らぎた様な気がした。特に今年は春が遅いのか、そんな時は余計に春が早く来て欲しいと、感じられる。
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佐賀県の和紙屋紫蘭さんブログに依ると、九州では、梅の満開は既に終り掛けた様子。ボツボツ桜が開花宣言されそうだが、未だ郡上市では、マンサクでもナントカ今から花をつけそう
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我が家の近くでは、如何にか土筆が少し頭を出したが、未だコレだけです。
 
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「待つ身は長い」と言いますが今年は特に春が遅い。

小電力、水力発電

ふと「道の駅」へ立ち寄ると、建物の一角で何か説明をしている人が居る。
中高年の人が5〜6人で聞いているので、一緒に成り話を聞く。小電力の発電装置らしい。
 
農業用の水路でも、発電出来るそうで、チョット面白そうなので、質問しながら聞いていて、暫らくして後ろを見ると私以外誰も居ない、其れでも、一生懸命説明してくれた。
 
少しの落差があれば、発電出来るとの触れ込み、家の近くでも出来そうな場所も有るが、とても採算の取れる様な設備では無い、実際にはゴミが流れてくるので、其れを機械の外へ流して遣れるだけの、水量と幅、高さ、落差が必要です。水利権等もあり、色々とめんどくさそうです
 
パンフレットを貰って来たので写真をコピーして見ます。
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交流100V端子一箇所。消費電力5W程度、LED照明で照明が出来ると言う。
其の他直流12Vで、獣除けの電気柵にも、使えるらしい。携帯電話の充電とか、使い方考えれば、色々とあると言われたが、今の私は、此の歳で、理想を想像して見るだけだが、何時かは少し採算の取れる方に向けば、良いな〜〜と思いながら此処を後にした。
 
郡上市市議会などでも、現在白鳥町の阿多岐ダムは、すでに出来て居てして県営治水ダムだと言うが、発電には使っていない様だ、
何時も此処を通る時には、何故発電に利用しないのか??と思って居たが、同じ思いの議会人も居た様です。
 
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2年程前に撮った写真です。
其の他に大和町内ヶ谷治水ダムも計画中との事であるが、水力発電を中電に打診中との事。13日の中日新聞の記事に出ていた。
 
昨年の3、11震災で、原発の事故、人が自分で作った物に、人が自分に被害に会い、どうにもならなく成り、被災された方々を思う時、原発の恐ろしさを、世界人類の共通認識にして、原発だけは、止めたいが、此れは、少しでも自然エネルギーで、発電が出来る事の長い道則の第一歩かもしれない。
 
 
 
 

伝説 河童の恩返し

 
岐阜県郡上市の「蛭ヶ野分水嶺」を源流とする、長良川は、鵜飼で有名な岐阜市を通り、伊勢湾へ注いで居ますが、郡上を通る長良川は、現在も山間部を蛇行しながら通り、其処には大きな淵を作っています。 昔からそうした淵には色々の伝説が、伝えられていたが、其の中に、「かわろんべい(郡上方言で河童の事)」の怖い伝説があり、物心がついた私の、子供の頃に、祖母から河童伝説を繰り返し聞いて居たので、河童が怖くて遅くまで、川で泳ぎが出来なかった。
 
其の長良川に「ゴリン淵」と言う水遊び場が有ったが、其処は底なし淵と言われて、地元漁師達も淵底まで、潜った人は無いと言われた、其処には河童が住み、時々子供にイタズラすると言われた。
 
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昔々、ゴリン淵の近くに、「与惣右衛門」と言う、百姓を遣りながら、漢方医をして、人を助け、皆に慕われて居ました。ゴリン淵近くの畠に瓜を作っていたが、少し大きくなると、誰かに取られて仕舞うので、或る日コッソリ隠れて見張っていると、今迄に見た事も無い、動物がきて、瓜を食べ始めました、コッソリ後ろから近づき、腕を掴んだが、力が強くて淵まで引っ張られていき、必死で岩にしがみ付き、腕を放さない様に持っていたら腕だけ抜けて仕舞い、其のまま淵へ跳びこんでいきました。与惣右衛門は其れを持ち帰り、家の宝にしようと、陰干しして、保管して居たら、有る夜、綺麗な娘が尋ねてきました。
 
「珍しい河童の腕を持って見えるらしいが見せて欲しい」と言う。
「アレハ家の宝にするのだから、知らない人には見せられない」と言うと、「実は私が其の河童です、右腕が無いので泳ぎが出来ませんので、生活が出来なくなりました」と言い泣き出したので哀れに思い其の腕を返して遣りました。
 
数日後に、お礼に「川ニナ」を沢山、持ってきて、此れでどんな大きな傷でも直せる処方を教えて行き、自分の腕も元通りにくっついたと言って、お礼を言い、帰って行ったそうだ。    其れからも与惣右衛門は何代も続いて漢方医をしていたそうです。
 
6年程、前に河川工事でゴリン淵を干したが、度々の洪水で淵が埋まり浅くなって、河童など住め無くなって居た。今の子供達は、河童等の存在、誰も信じていないが。!!?
 
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追伸
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昔私が大工で色々お世話になって居た大和町のK氏、今年95歳、健康で毎日畑へ出て其の合間にコンナ手書きのプリントを作り、配って見えたので貰って来た。
 
此の河童の話と良く似た話が書いてあった。
昔の人は子供達にこうした物語から、
勧善懲悪を教えて居たのだが、 
子供の頃は本当に河童が居ると思い、怖くて河で泳ぎが出来なかった。
 

椎茸菌植え

今日は天気も良く、久しぶりで食料の買い物に出かけた。家内がスーパーでおかずを選んで居る間ホームセンターへ覗いてみる。何も、買う予定は無いが、椎茸の原木が山積みしてあるので、眺めて居て、ふと昔を思い出した。十数年か?20年ほどの昔に私も椎茸栽培をして見たが、見事失敗した苦い経験がある。
 
此処では、栗や楢の原木が山積みに成っている。其の他なめこ菌や、椎茸以外の菌打ちは、こんな皮の薄いのでも、良いらしい。
 
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椎茸菌を打ち込み済みの、ホダ木も有る、其のまま買って持ち帰り、椎茸の生えるのを待つだけだろう。今の私には、随分気の長い話。
 
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各種の種菌が沢山揃っている。昔私はこんなに色々の菌が有る事は、知らなかった。
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今、隣の家で長年自家用に、椎茸を栽培していて、此の原木もソロソロ寿命が尽き掛けているようだ。
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其れでも、毎年この椎茸を少しずつ、只でいただいているが、まだ何もお返しの、お礼も、していない、残りの原木もまだ少し椎茸が出ているが、私が昔同じ様な場所で遣って失敗したが、此の人は見事に成功している、何故だろう。
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思い出すと其の昔(20年位か?)私の持ち山で、栗の木の原木を少し切り椎茸菌の打ち込みして、陰に積み、3年弱程待ち、山へ行って見ると、小さい椎茸が覗いていた。まだ収穫には早いので、4日程後に、又その山へ行くと、何も生えていない、ソンナ筈ではないが、と思いながら、良く見ると、どうも、猿が先に失敬してしまったらしい。怒りをぶつける所がない、
 
「猫追うより、皿引け」の諺を思い出し、家へ運んで来て、日陰に置いたが、其の歳は良く取れたが、其の後、雑菌が入って椎茸菌が負けてしまい、結局原木の後始末に困っただけで終った。もう其れから椎茸栽培は諦めた。
 
友人がもう一度遊びのつもりで、一緒に椎茸栽培遣らないかと言うが、今の私は山へ登る事さえ困難なので断る。友人は私より2歳も、歳上であが、トテモそんな元気な人の真似悔しくても、できない。

雛様

2月は、19日より4日続きで晴天が続き、今日は少しの雨降りだが気温は高く、ヤット寒さから解放されそうです。久しぶりで八幡方面へ食料の買出し。商店ではもう、雛祭りの飾り付けがしてある。寒さに震えて家に籠ってばかり居たので、「モウそんな季節に成ったか」と気付くが、既に3月3日が迫っていたのだ。
 
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ひな壇にある梅もまだ咲かないようです。お天気テレビ予報でも、今年は寒さの為全国的に梅の開花も遅れていると言って居る。年寄りだけが寒かった訳でもなさそう。
 
此の時期には毎年、同じような雛祭りのブログを投稿していて、新しいネタ不足です。
昨年のブログ、気が向けば見てください
郡上や、飛騨方面では、1ケ月遅れの4月3日、4日が「桃の節句」と言い昔は「雛様」と言うのは、土雛の事だと思っていました。どれも歴史上人物や歌舞伎芝居の役者雛で戦時中は兵隊さん雛も登場していました。
 
未だ家には私の子供の頃に祖父や父に買って貰った土雛が沢山残っていますが、出して飾ると、終ってから仕舞うのが面倒くさいので小出しにして置きます。
 
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左が学問の神様、菅原道真公で、歌舞伎外題では「菅原伝授手習鑑(すがはらでんじゅてならいかがみ)」と言い、菅原道真を「菅承相(かんしょうじょう)」と言います。「菅直人元総理」は、此の人が祖先か???!!等と想像しています。(私は知りませんよ、多分違います)
 
中央が神武天皇、右が歌舞伎外題では「仮名手本忠臣蔵」の大星由良之助」討ち入り装束です。何故「仮名手本忠臣蔵」と書くのかと言うと、「いろは」は、47文字から成るので赤穂浪士47名ですから、それを仮名と付けて、次に忠義の手本と言うことです。
長い講釈は此れ位にします。
 
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郡上の4月3日の桃の節句には、季節も暖かく成り、土手にはヨモギも出てきて、新ヨモギを摘み取り、緑色のヨモギ餅に、黄色の粟餅、白い餅、赤いキビ餅、色とりどりの餅を搗き菱型に切り、雛様に飾りました。主役の雛様は、彼岸に買ってもらいました。
 
郡上八幡では、今でも沢山の寺院があり、彼岸には春季彼岸永代経や、彼岸法座があり、其のお参りに老若男女が揃って出かけて、私達の小学校入学前後(昭和11年)ころは、子供達の一年に3回程度しか町へ連れて行って貰えない貴重な1日でした。
 
門前には露天市が店を出していて其れを見て歩くだけでも楽しく、子供の私は寺参りなど如何でも良く只オモチャが、買って貰いたいだけでした。
おもちゃ屋には雛様も沢山出ていて、一つ買って貰い、風呂敷に包んで背中の負んぶして帰り道だけは、汽車に乗って帰るのが、一年の楽しみの一つでした。
 
本当は雛様よりも、ネジ巻きのブリキのオモチャが欲しかったが、高かったのでしょう?
中々買って貰えなかった様な気がする。
 

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