「その1、 50円の願い事」
11月、午後5時すぎの暗くなり始めた林の中。
40代も後半に入った田中さんは自動車が1台やっと通れるような舗装されていない道を歩いていた。
疲れた田中さんには秋風も冷たく感じる。
さらに、仕事とはいえ、帰りの遅い田中さんに家族も冷たい。
ここで一句うかんだ田中さん。
「秋風は家の中でも吹いている」
一人、苦笑したあと、田中さんはため息をついた。
「もう暗くなってきた。今日はここまでで家に帰ろうかな」
その時、なにげなく林の中を見た田中さんは犬小屋かと思えるくらいの小さな家が笹の葉に隠れて建っているのを見つけた。ちょっと気になって近づいてみると、稲荷(いなり)神社のようなつくりになっている。そばには手書きの看板にこう書いてある。
「50円のお布施であなたの小さな願いをかなえます」
「50円?」
田中さんはクスッと笑った。笑ってから自分が笑ったのが久しぶりなのに気がついた。子供のいたずらかとも思ったが久しぶりに笑うことが出来たのでサイフから50円玉をとりだし、願い事を言うことにした。
「今、私はネコの手も借りたいほど忙しい、そして疲れています。もうほんの少しでいいです。もう少しだけ頑張れる気力と仕事の助け手を下さい」
田中さんは、そう言ってから50円玉を賽銭箱にいれた。
すると、カラ〜ンという音とともにザ〜〜と笹を揺らす風が吹き始め、空から声が聞こえてきた。
「ありがとうニャ〜、田中さん、貴方には、もう少し頑張れる気力と仕事の助け手を贈るニャン。但し、受け取るか受け取らないかは田中さん、あなた次第ですニャン」
声は空からだったのか目の前の小屋からだったのか田中さんには分からなかった。
「ん〜〜、今のは空耳だったかな?」
首をかしげながら田中さんは林を抜けて、そこに停めておいた自動車に乗りこんだ。乗り込んでから田中さんは、もう一件行くところがあることを思い出した。
「その2、 受けとったもの」
3分後、田中さんの自動車は林を抜けて、数件並んでいるお店の前に止まった。
すっかり暗くなってしまったが、道路の両側に外灯が並んでいるのでセンターラインもなんとか見える。
田中さんが自動車から降りて1件のお店に入ろうとしたとき、5メートルくらい先のセンターラインの上に何かいるのを見つけた。
「あれ、子ネコだ!!」
子ネコに近づいて手に乗せると、しがみついてくる。道路の端において、お店に入ろうとするとピョンピョン追いかけてくる。しょうがないので子ネコをドアの外に追い出して、仕事をすませた。
帰ろうとドアをそ〜っと開けると、さっきの子ネコがお店の中に飛び込んできた。
「あっ、ネコだ!」お店の奥さんがちょっと驚いたように言った。
「ここの猫じゃないんですか?」と田中さんが尋ねると
「ううん、ウチの子供達はネコアレルギーで飼えないのよ」
お店の奥さんと子ネコを両手に持った田中さんは手分けして近くの家に聞いてみたが、子ネコがどこの家の子ネコか分からなかった。
田中さんは泥だらけの子ネコを見ながら飼っていたネコが半年前に死んだのを思い出していた。もし、ここに置いていったら・・・。
田中さんは決めた。
「・・・・・ヨ〜シ、じゃぁ、ウチに来い!」
田中さんは携帯電話を取り出し、奥さんに電話をかけた。
「今、子猫をひろったから連れてかえるよ」
ちょっと驚く奥さん。
「え?、もう猫は拾ってくるな、じゃなかったの?」
田中さんは飼い猫が死んだとき、家族にはもう捨て猫を見ても拾ってこないようにと言っていた。
「あ・・・あれはナシだ、じゃ、今から帰る」
電話の向こうから奥さんの明るい返事が聞こえた。
「了解!!」
田中さんはジタバタする子猫を左手に抱えて自動車に乗り込んだ。
田中さんの家まで自動車で15分。
家について明るいところで子ネコをみると右目は真っ赤に充血、左目は目ヤニで真っ白。身体は泥とほこり。
奥さんは濡らしたティッシュで子ネコの目の周りや身体を拭いて、用意しておいたエサを食べさせた。
その当時の写真。顔はお見せできない。
「その3、助け手あらわる」
翌日、日曜日の朝は良い天気でした。
しかし、田中さんは午後から仕事なので、自分の部屋で、これからの天気を確認したり書いておかなければならない書類を書いていた。
台所では最近、田中さんにはちょっと冷たい高2のミキさんが拾ってきた子ネコを抱いたまま、お母さんに話しかけていた。
「お父さん、もうネコは拾ってくるな、なんて言っておきながら、自分で拾ってきたら世話ないよね」
お母さんは笑いながら
「まぁ、お父さんもネコは好きだからねぇ、ほっとけなかったんだろうねぇ」
「ふ〜ん、で、お父さんは今日も仕事か・・・ネコも好きだけど、仕事もすきなんだね・・・」
呆れたようにそう言うと、ミキさんは両手にじゃれついてくる子ネコの顔を覗き込んだ。
「右目が真っ赤で左目が白くなってる。これ、治るかなぁ・・・」
数分後、田中さんは朝食のために部屋から出てきた。
「まだ、終わらないけどなんか食べようかなぁ・・・、おっ、もう用意してある」
コップを置きながらお母さん。
「お父さんだけ後にすると後片付けが面倒なのよ」
「そりゃ、すみませんねぇ」と苦笑しながらお箸をとるお父さん。
いつものようにテレビを聞きながら新聞を読み、食事も同時進行しているお父さんを横目でみながら、テーブルの向かい側にいたミキさんは小さくため息をついた後、こう言った。
「お父さん、名前を書くことと計算だけ手伝ってあげようか?」
これにはお父さんだけでなく、お母さんも目を丸くして驚いた。
最近、お父さんとまともな会話がなかったミキさんが仕事を手伝うと言っているのだ。
「えっ、あっ、おっ、あ、そ、それは助かる。いいのか?」
「たまにはね、手伝ってあげようか、な〜〜んてね」
ミキさんは子ネコの顔をみたままこう言うとニコッと微笑んだ。
つづく