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「今から70年前、日本はアジアを侵略するという大きな罪を犯しました。
私の祖国、韓国を植民地支配し、沢山の韓国人を虐殺し、多くの財産を略奪していきました」
・・・という姜先生。
「私は日本人として恥かしい」
「韓国に行ってお詫びしなきゃ」
・・・という生徒達
その時
「ばっかばかしい」
・・・という松山君の声が
・・・そして松山くんの怒涛の反論が始まる。
韓国を千年黙らせる漫画「イクサベ−従軍慰安婦編− 14:40
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従軍慰安婦
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中山成彬 議員国会質疑動画2013年3月8日-従軍慰安婦編、英語字幕付き。
皆様、従軍慰安婦問題の真相に切り込んだ、この中山議員の質疑に英語 字幕を付けました。ぜひ、この動画をどんどん世界中に拡散して下さい。 ・This was not truth that comfort women were yanked forcibly.
・Comfort women were mere prostitute. Questions by Congressman Nakayama at the Diet on March 8, 2013 This write-up is the English translation of the transcription in Japanese made by Twitter Name Annna_In_The_Mountain (@nothing_is_easy) http://jpnso.blogspot.jp/2013/03/ques... |

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韓国や国際社会から、また日本国内からも「従軍慰安婦についての謝罪をしろ」という声がある。
では謝罪を求める韓国にはそういうことは無かったのか、Wikipediaから紹介する。
Wikipediaは誰が書き込んでいるかがわからないので、あくまでも参考に留めるようにしてください。
詳しくは自分でさらに調べることです。
忙しい人は赤文字だけでも読んで下さい。
慰安婦
「特殊慰安隊」設置 [編集]
韓国軍は慰安婦を「特殊慰安隊」と名付け、慰安所を設置し、組織的体系的に慰安婦制度をつくった[255][257]。尉官将校だった金喜午の証言では陸軍内部の文書では慰安婦は「第五種補給品」(軍補給品は4種までだった)と称されていた[255]。金貴玉によれば、韓国軍慰安婦の類型には、軍人の拉致、強制結婚、性的奴隷型、昼は下女として働き、夜には慰安を強要されたり、また慰安婦が軍部隊へ出張する事例もあった[255]。
特殊慰安隊の設置理由は、兵士の士気高揚、性犯罪予防であり、これは日本軍慰安婦と同様のものであった[255]。計画は陸軍本部恤兵監室が行い[255]、1950年7月には韓国政府は軍作戦識見を米軍を中心とした国連軍に譲渡しており、最終的な承認は連合軍が行ったとされる[255]。韓国政府・軍は慰安婦に対して「あなたたちはドルを得る愛国者」として「称賛」されたという[104]。
1953年7月27日の朝鮮戦争の休戦にともない各慰安所は1954年3月に閉鎖された[255]。金貴玉は当時設置を行った陸軍関係者がかつて日本軍として従軍していたことなどから、「韓国軍慰安所制度は日本軍慰安所制度の延長」としている[255]。
朝鮮戦争後も売春斡旋業者による少女誘拐事件が発生している。1956年4月には「売淫ブローカー」によって少女2名が誘拐[259]。また同1956年7月11日の東亜日報は「田舎の処女誘引 売春窟に売った女人検挙」との見出しで、少女を誘拐し売春を強要した容疑で老婆が逮捕されたと報道している。
1959年10月には、慰安婦の66%が性病保菌であることが検査でわかった[260]。1961年1月27日、東光劇場で伊淡支所主催の慰安婦向け教養講習会が開かれ、800余名の慰安婦、駐屯米軍第7師団憲兵部司令官、民事処長など米韓関係者が出席、慰安婦の性病管理について交流を行った[261]。同1961年、ソウル市社会局が「国連軍相手慰安婦性病管理士業界計画」を立案、9月13日には「UN軍相対慰安婦」(国連軍用慰安婦)の登録がソウル市警で開始された[262]。
ベトナム戦争以降 [編集]ベトナム戦争では韓国軍兵士がベトナム人女性を多数強姦し、ライダイハン(𤳆大韓)という混血児が生まれた[263]。韓国軍が制圧した地区で殺害されなかった女性は、ほとんど慰安婦にされたといわれる[264]
少なくとも1980年代までは韓国人女性達は、韓国政府やアメリカ人により在韓米軍相手の売春を強制されていた[104]。韓国人女性達への強制が終わると、ロシア人女性やフィリピン人女性達が代わりとなった[10]。朝鮮戦争時に設置された束草の慰安所は休戦後、私娼の集娼地が形成され、1990年代まで軍の慰安所として機能していた[255]。
1990年代以降の韓国では、アメリカ軍基地の近くでフィリピン人女性達が、韓国人業者により売春を強制されている[265][266]。1990年代中ごろから2002年までに5000人のロシア人やフィリピン人女性達が密入国させられた上で売春を強制させられていた[265][105]。2000年代の韓国では、韓国軍相手の女性達の90%がロシア人やフィリピン人女性などの外国人であるとされている[256]。
ネコミ
(くどいですがWikipediaは参考にとどめてください)
現在では慰安婦のような存在は禁止されている。人道的にもよくない。
しかし、現在の価値観で過去を裁き、ましてや自分の国(韓国)でも堂々とやっていたことを日本軍だけが悪いというのは公平でない。
韓国人、そして謝罪が大好きな反日の日本人はよくよく考えてほしいものです。
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ここのところ慰安婦だとか売春婦だとかの記事が多くなった。
私は訴えている慰安婦をただの売春婦だと思っているわけではありません。それはそれで大変だったと思っています。
でも、国と国との条約は関係ない、とか言っていたらいつになっても解決はしません。
それに日本の慰安婦のことも気にとめて欲しいものです。
謝罪や賠償を求める朝鮮人慰安婦に同情するのもいいけど、戦後、アメリカ兵を相手にしなければならなかった日本人の女性たちもいたのです。
サイトを紹介します。
「米軍特別慰安所」の眞實(其の一)〜國辱忘る可からず
「米軍特別慰安所」の眞實(其の二)〜國辱忘る可からず
こんな歌があります。
「星の流れに」
♪ 星の流れに 身を占って 何処をねぐらの 今日の宿 荒(すさ)む心で いるのじゃないが 泣けて涙も 涸れ果てた こんな女に誰がした--------------------
この歌は現実の話が元になっています。 以下転載(許可なく) http://www.asahi.com/shopping/tabibito/TKY200910090280.html 戦後日本の現実を歌った、菊池章子の「星の流れに」 「こんな女に誰がした」のフレーズで知られる歌「星の流れに」は、戦後間もない1947(昭和22)年12月に発売されました。「耐え難きをしのんだ」はずの戦争は終わったけれど、戦後もまた、国民は混乱と貧乏を強いられます。苦しい境遇に陥った庶民、とくに女性たちに支持されて、大ヒットしたのがこの曲でした。 この詩を作ったのは、作詞家清水みのる(1903〜79)です。
「コトコトコットン」という軽快な歌詞の童謡「森の水車」の作詞者です。歌謡曲では、田端義夫さんの「島の船唄」「別れ船」など数多くの船シリーズを作り、菅原都々子さんの「月がとっても青いから」、菊池章子さんの「岸壁の母」なども清水の作品です。
清水が「星の流れに」を作ったのには、きっかけがありました。
46(昭和21)年8月29日、42歳の清水は新宿駅近くの安酒場で、買ったばかりの新聞を読んでいました。紙不足で半ペラの紙面は、東京裁判の詳報のほかは、「食」にまつわる話題ばかり。終戦から1年、町は飢えていました。
ふと、裏面の片隅にある読者投稿欄に目がとまりました。21歳の看護師からの投書は「顛落(てんらく)するまで」との題名でした。中国から着の身着のままで引き揚げたものの、親も亡く、頼る人もない中、苦労の果てに「『闇の女』とさげすまれるような商売」に落ちていった、という3カ月間の出来事が書かれていました。
それを清水は何度も読み返しました。怒りがこみ上げてきました。
そのころ、街に流れていたのは、屈託もなく明るい、並木路子・霧島昇の「リンゴの唄」でした。清水の無二の親友、サトウハチローが作った「戦後初のヒット歌謡」です。
「リンゴの唄」は戦後の「夢」でしたが、「現実」はその対極にありました。それが敗戦国の実態だったのです。
その日の深夜、清水は自宅で歌詞を書きました。「こんな女に誰がした」の繰り返しに、戦争で転落を余儀なくされた女たちの悲しみと恨みを込めました。
歌手菊池章子の歌で、レコード「星の流れに」は1年3カ月後に発売されました。菊池の投げやりな感じの歌声が、女性たちの思いを的確に表現し、流行語にもなりました。 |

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慰安婦は日本軍に強制連行され、性奴隷にされていたのか?
二人の慰安婦の証言から考えてみましょう。
グアンタナモというのはキューバにある米軍基地のことです。
ここにはなぜか157名が罪を犯していないのに告発され、拘束されているということです。
基本的人権はグアンタナモの157名についても尊重されるべきです。
さて、安倍晋三率いる日本政府が1993年の河野談話を見直す可能性を大変憂慮しているというニュースがありました。ちなみにこの「コーノ談話」は戦前、朝鮮人慰安婦を日本軍が強制的に動員したと、ある意味で認め謝罪した日本政府の公式な談話です。
ちなみにこれは国際社会が今日、重視する人権にかかわる問題でもあるので、極めて公平な立場で考えるべきだと考えています。
欧米のメディアではけっして報道されない二つの確固たる証拠を、みなさんにご紹介します。
一つ目は金学順(キム・ハクスン)
彼女は1991年、8月14日、韓国メディアの前で、このように告白しました。
「お母さんに平壌の売春宿に40円で売られた」
つまり日本軍とは関係ないのです。経営していたのは朝鮮人です。
こういうことは珍しいことではないのです。戦前の日本でもあったのです。要はセックスビジネスです。
よって、一番最初に名乗り出た金学順さんは性奴隷などでは全くありません。彼女の母親と置屋のビジネス契約だったのです。
売られたあと、金学順さんはプロの娼婦になりました。そしてお金を稼ぎました。
彼女は日本に来たとき日本軍に強制されたとか拉致されたとは一言も言っていません。
二つ目は文玉珠(ムン・オクジュ)
彼女は1992年、3月に来日し、日本の軍人相手に二年の間、慰安婦をしていたことを打ち明けます。
ただ、お金を預けていた軍事郵便局の貯金通帳を無くしてしまったのですと・・・。
1991年、5月、幸い通帳は見つかりました。しかし、その残高に誰もが驚きました。
1942年〜1944年の二年の間に26000円も稼いでいたのです。
ちなみにこれは、当時、家一件が5000円で買えた時代です。
わずか二年で家が5件も購入できる報酬を得た人が、果たして「性奴隷」なのでしょうか?
サービスの対価を得る。それは今、あなたの国にいる売春婦と同じことです。
文玉珠(ムン・オクジュ)さんは二年でビッグマネーを手にしたプロの売春婦ということです。
Guantanamo & Comfort Women [Yujiro 谷山雄二朗 Taniyama]
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