|
いちいちコメントを記事にするのは心苦しいのですが長くなりますので記事にしてお答えします。
櫻さんのコメント
中帰連の人の発言が総て信用できないと言う根拠を明確に提示して下さい。
また、日本の証拠が軍関係、政府資料関係に無い事は、証拠隠滅を図ったことから当然のここと受け止める必要があります。現に、私の地元で、登戸研究所には多くの人が勤務していましたが、最近事実が発掘され知らされるようになると、それ言わない事になっていたんじゃあないのとの地に人の言葉が返ってきました。 また、米国公文書館で公表された書類が日本では認められないという政府発言は今でも、行われており、隠ぺい体質の政府を持っているのは過去の事だけではないのです。 解放を出来たなら問題はありませんが、結果が戦時には優先されその責任も、問わなければなりません。安全に解放できなかった結果が問題でしょう。 ネコミ >中帰連の人の発言が総て信用できないと言う根拠を明確に提示して下さい。 中帰連の二人だけ紹介します。中帰連の人達はそのほとんどがつじつまのあわないことを証言しています。
東史朗、
南京虐殺本である『わが南京プラトーン』(昭和62年)の作者。この本の元になったという「戦中でのメモ」なるものが実在しない 郵便袋に捕虜を詰め込みガソリンで火をつけ、手りゅう弾を付けて沼に放り込んで爆破。と書いてあるが、郵便袋もガソリンも貴重品で捕虜を殺すのにつかうはずがない。火のついた捕虜の入った袋を一人ではもてない。手りゅう弾をつけたら自分があぶない。 東氏は上官から訴えられ裁判。一審の途中で突然、農民3人の首を斬ったと言い出したが二審では4人斬ったといい「東日記」には2人となっている。戦友たちは斬ったことなどないはずだ、と言っている。
金子安治
1937年(昭和12年:17歳):12月13日:南京陥落、南京大虐殺にも参加と証言し、多くの残虐行為を証言したが。金子は17歳の時に屑鉄屋で丁稚奉公をしていた。 この時、59師団44大隊に所属と言っていたが、44大隊の編成は1942年(昭和17年)4月1日。 金子はコレラ菌を散布するように命令された、と証言したが蓮尾第2中隊長は、「コレラ菌を散布する等と、とんでもない話で、その中に多くの日本軍隊が駐留して居るので、我が方に危険極まり無いことをする筈がない」と否定。 女性たちを強姦したと証言。「昼間のうちにいい女に目をつけておいて、夜襲いに行く兵士もいた。頑強に拒んだ女性には膣に棒を押し込み、子宮を切り裂き、油をつけた綿を押し込み燃やしたこともしばしばあった。」
「女性の膣に棒を・・・」などというのは中国人にあるが日本人にはない。通州事件参照、だから日本軍は悪いと言いたいらしいが、これは個人の犯罪であり、日本軍の犯罪ではない。
>また、(731部隊に関係する)日本の証拠が軍関係、政府資料関係に無い事は、証拠隠滅を図ったことから当然のここと受け止める必要があります。(黒字は補足)
これは慰安婦の強制連行の場合もいわれていたことです。
「日本軍の強制連行の記録がないのは証拠隠滅されたからだ」とか・・・。
でも、裁判で「証拠がないけど、お前が犯人だ」と言いますか?
>(捕虜の)解放を出来たなら問題はありませんが、結果が戦時には優先されその責任も、問わなければなりません。安全に解放できなかった結果が問題でしょう。
私はすべてにおいて、結果だけでなく過程も大事と考えます。
最初から殺そうとして殺したのと助けようとしたけれど、結果が殺人になった場合では同じのわけがありません。例えば自動車で殺人目的に人をはね殺害したのとブレーキとアクセルを踏み間違えて死亡事故になったのとでは罪の重さがちがいます。
同じ質問を3度します。答えて下さい。
櫻さんにとって、南京大虐殺というのは捕虜殺害だけなのですか?
この質問は2度目です。
中国共産党がチベット、ウイグルでしている虐殺、強制避妊、拷問についてはどうお考えですか?
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用


