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日本滅亡、その3

2051年。
日本人居留区が北海道に作られた。すべての日本人は強制的に札幌以北に居住しなければならないことが全国人民代表大会(全人代)で決まった。本州、四国、九州にあるすべての神社、仏閣は取り壊され、日本文化の消滅が計画された。

2055年。
北海道から奄美大島に旅行に来ていた一人の日本人青年タケルは、そこで巨大なカタツムリを見つけた。150年も前に旧日本軍が持ち込んだといわれるアフリカマイマイであった。地元では珍しくはなかったが、タケル青年は慎重にそれを30匹ほどクーラーボックスに入れた。
 
イメージ 1奄美大島の青い空と海を見ながら青年はつぶやいていた。
「侵略者と戦う自衛隊はもういない。日本という名前も歴史ももうすぐ消える。

しかし、いままで日本を侵略しようとした国のほとんどは滅びた。日本のこれが侵略者への最後の戦いだ」

それから1年後。
2056年、5月、かつて東京と呼ばれたシナ東部地区で奇妙な病気が流行し始めていた。
最初は風邪のような症状で微熱が出る。続いて中程度の発熱、そして激しい頭痛と続き、意識障害、敗血症を引き起こし、死に至る。症状から当初は広東住血線虫症ではないかと疑われたが、それよりはるかに強い伝染性と死亡率を示した。

シナ東部地区に住む中国人の中に、かつて、2035年の東京大震災のときに日本で略奪、暴行を働き、止めに入った日本人を射殺した部隊のメンバーが住んでいた。しかし、その住民のほとんどは空気の悪い本国より、空気の良いシナ東部地区へ引っ越そうとやってきた中国と韓国の金持ち達だった。

この奇病の死者は、5月から10人、40人、100人と増えて、3ヶ月で150人を超えた。
どこの病院も患者で溢れた。
同時期、シナ東部地区からは巨大なかたつむりの目撃例があちこちから報告されていた。

調査の結果、この巨大かたつむりはアフリカマイマイだと判明した。
通常、アフリカマイマイ
は大きくても20センチ程度といわれている。
しかし、靖国神社あとの森から捕獲されたアフリカマイマイは全長1メートルを超える巨大なものも少なくなかった。
奇病の原因はこのカタツムリだとすぐに判明したが・・・。

一部の住民からは靖国神社が関係しているだけに、日本の神々の祟りではないかと噂がたった。



アフリカマイマイは
雑食性で広汎な食性を有し、ほぼあらゆる植物の芽、葉、茎、果実、種子を食べる。それ以外にも落ち葉や動物の死骸、菌類など、とにかくえり好みをせず何でも食べる。また巨大な殻を構築するカルシウム分補給のためにとして、、ときにはコンクリートすら摂食する。稀に共食いをすることがある。

今回の変種は1晩のウチに500メートルを移動し、その通ったあとからは敗血症を引き起こす寄生虫が検出された。

さらに、家庭の厨房にも現れるようになり、睡眠中にアフリカマイマイに襲われたという男性の証言も新聞に掲載され、住民はパニックに陥った。

中国の周博士は
雌雄同体卵生であり、2匹が出会うと交尾しその後その双方が産卵する。交尾は30分から2時間ほどかかり、一度の交尾で得た精子は体内でその後2年ほど保存することができる。一回の産卵数は100 - 1000個以上であり、これを約10日の周期で繰り返すため、すさまじい繁殖力を誇る。

 成長も早く、孵化後半年から1年で成貝になる。
生命力も強靭で、原産地アフリカの環境に適合しているため乾燥に強い。殻口に蓋をして仮眠状態になり、半年以上持ちこたえることが出来ます」
と語っている。

アフリカマイマイは見つけ次第駆除されることになったが、1メートルもあるアフリカマイマイを住民がバットで叩くと体液が飛び散り、死骸を食べたネズミや体液に触れた昆虫が病原菌を運ぶこととなった。
焼き殺すしかなかったがあまりにも多くなりすぎていた。
いくら焼き殺しても、病気の感染は止めることが出来なくなっていた。

救助を求めるシナ東部地域の住民のため、ついに中国政府は軍を派遣した。






特定秘密保護法案、強行採決で衆院委通過


ネコミ 
こんな小話を思い出した。
 
ある日、酔っ払った勢いで「安倍 晋三はバカだ〜」と叫んだ男がいた。
数分後、男はかけつけた警察に逮捕された。
「オ、オレが何したってんだ〜」
 
警官たちはだまって男を連れて行った。
裁判の結果、男には懲役25年が言い渡された。
罪名は国家機密漏洩罪であった。


 
安部さんがバカだというのは国家機密だった、という話。
こんなことにならなきゃいいけど・・・。
世界史ジョークをパクリました。
 

日本滅亡!?、その2

2035年、日本の人口は6千万人にまで減少していた。自殺者は年に2万5千人。失業率は6%。
そんな時、相模湾でマグニチュード9の巨大地震が起きた。関東大震災と同じで被害は東京に集中した。これは「東京大震災」と名付けられた。
 
首都東京、かつて1300万人を有した人口は800万人になっており、そのうちの300万人がビル、首都高速の倒壊、出火、水没などの災害で亡くなり、首都機能はほぼ壊滅した。初日で国会議員の半分は死亡したが日本各地からの自衛隊や民間救援部隊が出動し被災者の救援にあたった。この国難の為に退役した自衛官たちが復職し、たった1万人の自衛官は5万人にまで戻ったが救助と国防を両立できるわけは無かった。
 
米軍は2025年に沖縄から撤退して日本本土にいた米軍は数千名。
2035年、アメリカにとって日本はどうでもいい国になりつつあった。
地震のあと、各国の救援隊が日本に向かったが中国軍の動きは米軍より早かった。
余震の続くなか、空母で東京湾に入った中国軍は被災者の救助にあたったが一部の中国兵が略奪を始め、それを止めようとした日本人数名を射殺する事件が起きた。この事件は「中国兵に襲いかかる日本人」として中国政府から捏造報道され、世界には「恩知らずの日本人」という話が定着した。
 
翌年、2036年、日本には新しい政党が誕生した。その名は「日本謝罪党」。
「日本謝罪党」は100年も前の「南京大虐殺」を認め、「従軍慰安婦は性奴隷」を認め、太平洋戦争は日本の侵略だったことを認め、アジア各国への謝罪をしてやり直そう。「自衛隊を含めすべての軍事力は捨てよう」というのが「スローガン」になっていた。アメリカのWGIは成功を通り越し、日本人の多くが日本人の誇りをすてた。
 
 
2040年、東京大震災の時に復興に関わったと言い張る中国人や韓国人たちが、そのまま日本に残り定住していることが判明したが、経済破綻をして、次々と密航してくる中国人や韓国人を抑える力はもやや日本に残っていなかった。
 
2045年。
そして、ついに「日本謝罪党」が政権をとった。日本人の多くからは不正選挙だという意見があちこちからあがっていたが認められなかった。
この年、「謝罪と愛」をスローガンにした「日本謝罪党」は外国からの移民を簡単にできるようにしたうえ、外国人参政権を認め外国人でも簡単に選挙に参加出来るようにした。しかし、日本に入ってくる外国人はほとんどが中国人か韓国人であった。
 
すでに、右翼と呼ばれた○○会の人達や「日の丸や君が代」を守ろうと呼びかけた人達のほとんどは東京大震災の後に事故か病気で亡くなっていた。殺されたというウワサがチマタに流れたが真相はわからない。元号は平成が最後になった。
 
2050年、日本の人口は1億2千万人を超えた。
しかし、元々の日本人は3千万人に減っていて、政治のほとんどは中国人議員によって行われていた。
もはや日本は日本ではなく中国になっていた。
 
2051年。
日本人居留区が北海道に作られた。すべての日本人は強制的に札幌以北に居住しなければならないことが国会で決まった。外国から人権侵害という声もあったが、人口18億を超える中国に強くいえる国は無かった。すでにアメリカは2040年に日本との同盟を破棄していた。かつて日本と呼ばれたところの本州、四国、九州、沖縄から日本人はいなくなった。
 
2055年。
北海道から奄美大島に旅行に来ていた一人の日本人青年がそこで巨大なカタツムリを見つけた。150年も前に旧日本軍が持ち込んだといわれるアフリカマイマイであった。地元では珍しくはなかったが、青年はそれを30匹ほどクーラーボックスに入れて北海道に持ち帰った。
 
イメージ 1奄美大島の青い空と海を見ながら青年はつぶやいていた。
「侵略者と戦う自衛隊はもういない。日本は侵略された。これから君たちが集団で侵略者と戦ってくれ。」
 
 
 
 
 
青年はアフリカマイマイを生物兵器として使うことを考えていた。戦いを忘れて国を奪われた日本人の新しい戦いが始まった。
 
 
 

日本滅亡!?

この話はあくまでもフィクションであり、登場する団体、国、人物は実在するものとは一切関係ありません。映画のあらすじっぽくいきます。

 
20世紀初頭から始まった欧米列強の大日本帝国驚異論は第二次世界大戦で終結を迎えたと思われた。
しかし、アメリカによる日本人愚民化政策、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム は日教組、反日マスコミ、歴史捏造学者、自称平和主義者達によって着々と深く進行していった。日本人の多くは侵略戦争をした先人を蔑(さげす)み、国防に命をかけた旧日本軍を嫌うようになっていった。
 
21世紀。中国、韓国による世界へ向けたロビー活動による日本叩きは激しさを増し、南京大虐殺や従軍慰安婦問題によって外国にいる日本人の子供達への差別やヘイトスピーチは命の危険を感じるまでになっていった。日本の高校生達は韓国への就学旅行で、「西大門刑務所歴史館」や「安重根義士記念館」、「戦争と女性の人権博物館」や「ナヌムの家/日本軍『慰安婦』歴史館」などを見せられ、さらに自虐史観を深めていった。
 
日本は平成に入った。戦後GHQの反日教育によって洗脳された子供達は中年、壮年になり、日本人自身による日本叩きが始まっていた。中国の南京大虐殺の犠牲者は2020年には60万人が中国から発表され、検証されないまま日本は受け入れ謝罪した。従軍慰安婦問題は一時期、当時の大阪市長によって波紋を広げたが、日本の人権団体の「慰安婦証言は証拠がなくても本当だ」ということで、これも検証されないまま日本政府は謝罪することにした。「謝罪してくれれば何も望まない」と言った慰安婦の言葉を信じたからであった。
 
2025年、しかし、日本政府の謝罪の後、韓国からさらに2000人の元従軍慰安婦が名乗り出て謝罪と賠償を求めて来た。当時は生まれていないような女性ばかりだったが慰安婦の「日本軍が証拠を燃やしてしまった。ここにいる私が証拠だ。」という意見を人権団体が応援した。さらに中国からは済んだはずの戦後補償の請求が1兆円。韓国からも慰安婦の為に1000億円の支払いと朝鮮人強制連行による賠償請求が1兆円来ていた。人権団体は「支払うのが当然だ」といきまいた。
 
2030年。2013年から「自衛隊はいらない。憲法9条を文字通り守ろう」という動きが日本で活発になっったが、ついにこの年、自衛隊は1万人にまで縮小された。「武器を持たない相手を攻撃するはずはない」というのが平和論者の言い分で、国民はそれを信じた。
そのころ、すでに経済破綻をしていた中国は軍の暴走を止めることが出来ない状態になっていた。韓国の経済は最悪を迎え、日本から送られた援助金は担当者たちが持ち逃げしていた。
 
2035年、日本の人口は6千万人にまで減少していた。
そんな時、相模湾でマグニチュード9の巨大地震が起きた。
 
続きます。
 

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