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私にはとても嫌いな男の芸人かいます。
それだけなら「あーそーでっか」と思われるだけでしょう。 どれだけ嫌いかというと、それは「生理的に嫌い」なレベルです。 これも「まーそういう人もおるわな」と言われるでしょう。 ところで私が生理的に嫌いなものといえば、ゴ○○○なのですが、これはもう名前も呼びたくないほどなのです。 で、まあほぼ同じレベル。出ているテレビは本当に見たくも声を聞きたくもないんです。 しかしここで「××(嫌いな芸人の名前)はゴ○○○と同じくらい嫌い」といってしまうと、これはもう人格否定ですよね。 そこまで深く考えなくても、と思うかもしれません。虫と人は違うだろう、と思うかもしれません。 「何でそれほどまでに××のことが嫌いなのか?」と思うでしょう。 しかしゴ○○○のここが具体的に嫌い、なんてわざわざ考えたりはしません。だって、そもそも「生理的に嫌い」なのですから。 それと同じなんですよ、嫌いの度合いが。 で、気づいてしまいました。 「これって、まるっきりヘイトじゃん」と。 今回、まさか一人の嫌いな芸人から、自分の中にそんな部分を見つけてしまいました。 他人が「生理的に」他者を排斥することを、非道いことをする、と自分はその人たちを責めることができるのだろうか。 自分は違う、とこれを書きながらも思ってはいますが、論理的に整理できなくています。 なのでここに記録として。 |

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