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2008年8月14日午前5時出発。天候は曇り。山頂からの展望が期待できないのは残念だがカンカン照りよりはいいかも知れない。 今日の目的地は那須茶臼岳。近年ハイキング程度の登山に興味を示している奥さんの発案である。 国道294号線を利用して7時前に那須一軒茶屋着。コンビニで昼食と飲み物を仕入れて7時20分那須ロープウエイ山麓駅着。駐車場に車を停める。 駐車場はもう少し登った先にも県営のものがあるが、帰りはロープウエイを利用する予定なのでこちらにした。まだスペースには若干の余裕がある。 ちょっとロープウエイを下見。ちょうど次の便の改札が行われていて結構多くの人が乗り込んでいった。 トイレを済ませて表に出れば先のゴンドラがスイスイと山を登って行くところ。天候は回復して青空の下に山頂駅と茶臼岳山頂がくっきりと見える。 ロープウエイがいとも簡単に山頂駅に着いたところで、7時40分こちらも出発。駐車場からすぐに始まる登山道へと向かった。 もっともここはまだ県営駐車場への散策道みたいなもの。息子たちもスイスイと勝手知ったる道と進んでいく。 実は私は茶臼岳は初めてである。 息子たちは学校行事で登山済み。奥さんもウン十年前にやはり学校行事で登っている。なので本日の先達は息子たちとなった。 県営駐車場のある峠の茶屋を出れば本格的な登山道。樹木に囲まれた上り坂をフーフーと登る。運動不足だなー。 20分ほどで樹木が途切れ眺望が開ける。道は土から石ころに変わった。右手の切り立った山は剣が峰だ。 少し進むと第1の目標、峰の茶屋の避難小屋が見えてきた。そこへ続く登山道もづうっと見える。ぽつぽつと登る登山者も見える。目標が見えるのは楽しくもあり、うわーまだあんなにあるのか、と苦しくもあり。 風景と足元の小さな花々などを堪能しつつポクポクと足を進めれば徐々にではあるが確実に避難小屋が近づいてくる。日影が全くないので暑い。 8時40分峰の茶屋着。小休止。垂みを超える風が気持ちいい。ここで道は三つに分かれる。左は墳煙上げる茶臼岳。右は剣が峰で、まっすぐ進めば三斗小屋温泉だ。 10分ほどの休憩で出発。次の目標は牛ケ首。山頂の下をくるりと回る形になり高度はほとんど稼げない平坦な道が続く。 平坦なのはかつて無限地獄で採れた硫黄を運ぶ為の軌道跡の道だからだ。峰の茶屋から麓までは索道であった。その遺構の木組みがいまだに残っている。 ほどなく無限地獄着。轟々と音を立てる大規模なものから、ポワポワと湯気を上げる小規模なものまで無数の噴気孔がそこかしこに。こびりついている硫黄を拾おうと地面に触れてみれば地面そのものがかなり熱い。 無限地獄を過ぎたあたりからガスが湧きはじめ眺望がきかなくなってきた。峰の茶屋から30分ほどで牛ケ首着。小休止。地熱と日光が無くなったので肌寒くもある。 牛ケ首からすれ違う登山者の様相が変わった。軽装の人が増えてきたのである。しばらく進むと点在する岩に腰かける軽装登山者が更に増えた。そんな人たちに混ざって私たちも大休止。コンビニで買ったおにぎりなどを広げる。 10時を少し回って出発。すぐにたどり着いた尾根はどこが道か解らない広いザレ場で人がいっぱい。そしてその多くが手ぶらの軽装。中にはサンダル履きの人も。ロープウエイで登って来た人たちである。 ザレ場が尽きた所で渋滞発生。岩場にとっつく急な登山道を前の人にくっつくようにして登る事少々。10時30分。茶臼岳山頂着。ガスは切れ日差しが戻って来た。 もう少しゆっくりしたかったが、人の多さに辟易して20分ほどの滞在で下山開始。まず火口跡を回る。眼下に無限地獄と登山道。 ここで長男が一言。 「ロープウエイじゃなくて歩いて降りようよ」 彼は高所恐怖症である。 一方私は今回の目的の一つに未乗の那須ロープウエイ制覇があるので意見が対立。でも先達は彼。徒歩での下山となった。 帰り道は山頂からまっすぐ峰の茶屋へ下る道。途中でガスの中に山頂駅がちらりと見えた。峰の茶屋方面はくっきりといい天気。 トントン拍子に下って峰の茶屋。見上げる剣が峰の向こうにはポワポワのガスとは違う力強い雲がモクモク。ムムムこれはいかん。 少し足を速めて、その結果山麓駅には12時半に着いた。空がかなり暗くなってきている。 あ〜、楽しかったね。さぁ、次は登山後のお約束、温泉だ。 満車の駐車場から車を出す。すぐに待っていた車が私たちの後に入った。これから登るの? 山麓駅から10分とかからず北温泉着。とは言っても着いたのは温泉近くの駐車場。道はそこでどんずまりになっていて車は宿の前までは入れない。 徒歩で谷へと下る。つづらを1つ曲がると趣のある宿の建物が見えた。建物の手前に広がるため池の様なものは温水プール。いや特大露天風呂と言った方がよいであろう。子供が泳いでいる。あ〜、水着を持って来れば良かった。と息子たちが悔しがる。 玄関をくぐると正面に長火鉢。火が入っていて炭の燃える臭いがする。 右手の券売機で日帰り入浴券を買って帳場へ。帳場を守っているのはご主人?と一匹の猫。 雰囲気と言い、とても平成の世とは思えない。 それもそのはずで建物の大半は安政時代のもの。その割には旧家の一室の様な休憩室にはインターネットも使えるパソコンもある。新旧がうまい具合に溶け合っている感じだ。 荷物をロッカーに預けて早速温泉。 休憩室前の階段を昇って奥さんは左手の女性専用湯「芽の湯」へ。私たちは右手へ折れて「天狗の湯」へ。 暗く狭い廊下のところどころに怪しげな置物があり、暗さもあいまって息子たちが怖がるかと思ったが、もうそういう年ではないようだ。 幾度か廊下を曲がると前方が明るくなって外へ出てしまう手前が脱衣場。廊下との区別はなく、「えっ、ここで服脱いでいいの?」とちょっと戸惑う。 脱いだ衣類を置く棚がある反対側が浴室。こちらも廊下とのかくこたる隔たりはない。 先客1人。挨拶して湯に浸かる。少々熱め。天狗の面が睨んでいる。 登山の疲れが溶け出していったところで隣のうたせ湯へ。建物と言うか小屋が別になっていて裸で外を歩いて移動。外へ出たとたん雷鳴がとどろいてちょっとびっくり。 うたせ湯は浅い湯だまりの中央に樋から湯が落ちている。いざ、と足を一歩湯だまりに突っ込んで飛び上った。アチッ! 大変魅力的なうたせ湯なのだが、熱くてそこまでたどり着けない。立って、座って、寝ころんで、といろいろ楽しめそうなのにたどり着けない。 諦めて、更に隣のぬる湯へ向かう。先程と同じ様に外を歩く。雨が落ちてきた。 ぬる湯はその名の通りぬるめの湯でのんびり浸かるには良い。しかし、ガタイの大きくなった息子たちと三人で入るには少々狭い。 交代でのんびりと浸かって、次は河原の湯。こちらは宿のほぼ反対側にあり廊下を通って行かなければならないので裸では無理。服を着て迷路の様な廊下を進む。 河原の湯は新しい露天風呂。しっかり男女別になっていて脱衣所もちゃんとある。 湯はぬるめ。余笹川を見下ろす大変気持ちの良い風呂なのだが、強くなってきた雨脚を避けらる程の屋根は無い。 まぁ、雨の露天風呂もまた風流。と雨に打たれながら浸かってはいたが、雷が落ちないかちょっと心配。 落雷は谷底故さほど心配でもないが、それ以上に気になるのは、すぐ上流に宿よりも高くそびえる砂防ダムだ。 数年前余笹川は大洪水を起こしている。もし、今あの砂防ダムを超えるような鉄砲水が来たら裸のまま那珂湊まで流されちまうなー。 それでも湯をゆっくりと堪能して、さぁ帰ろうかと廊下を戻るとゴーッと不気味な音。帳場まで戻って外を見れば叩きつけるような雨となっていた。 珍しく奥さんの方が長湯。居合わせた人と長話をしていたとか。 なかなか雨は止まず、牛乳を飲んだり長火鉢に手をかざしたりして雨宿り。帳場横の土産物売場を覗けばこちらも歴史がありそうな品々がゴロゴロ。 そんな品々を眺めていたら、そんな客を眺めている猫が一匹。帳場にいたのとは別のやつ。はじめは警戒していたがすぐに慣れて喉をゴロゴロ。 猫たちに接待してもらっているうちに、すぅーっと雨が上がった。が、いつまた降り出すか解らない。急ぎ足で坂道を登って車へ。雨上がりは涼しく、急ぎ足であっても、もう一度風呂に浸からなくてはとはならなかった。 坂の途中から振り返えれば雨にしっとりとした宿が更に魅力的に見えた。今度はぜひ泊で訪れよう。むろん部屋は安政の建物を指定して。 --第41号(平成21年8月30日)-- |
大浴場
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箱根山がかように交通の難所であり観光名所である割には温泉としては有名なのか茫洋としているのかがよく解からない原因はその成り立ちにあるようだ。 |
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息子(小学生)が修学旅行に行って来た。宿泊は箱根。 |
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しかし、いざ訪れてみると「立派に存続」されすぎていて、これが秘湯?、と思わされるものもある。 栃木県では「三斗小屋温泉」と「奥鬼怒温泉」が有名な秘湯とされているが、秘湯が有名というのが私には良く解からない。そもそも、秘湯の「秘」は秘密の秘で、人知れずである。それが有名。本当の秘湯は武田信玄ではないが、世間に隠してしまってその存在が知られないようなものが本当の秘湯ではないのであろうか。ただしその秘湯を隠す人個人で守っていけるだけの力が必要である。 さて、その秘湯のうちの奥鬼怒4湯の更にそのうちの加仁湯へ訪れたのは2005年5月4日。朝から、いや、前日からスコーンと良く晴れたゴールデンウイークの1日であった。 GW、益子では陶器市があり大変道が込み合うがそんな渋滞が始まるはるか以前の午前6:30に出発。8:30に休憩地点川治ダムサイトに到着。もちろん休憩が必要なのは運転手の私で、同乗の家族はクーカークーカーと休憩十分である。 広がる八汐湖を眺めながら10分ほど休憩して鬼怒川を遡る。道はすばらしく快適なドライブだ。長いトンネルを抜け、舟着場?を過ぎてダム湖が無くころ右手に崩れかけた道のようなものが見え、おや?と思うまもなくそれが道となる。 センターラインの無くなった道をくねくねと進むと旧栗山村の中心部に入り霧降高原からの道が合流する。東京方面からは日光宇都宮有料道路を通って霧降高原経由の方が早いであろう。中心部とは言え、役場があった程度でさほどにぎわってはいない。保育園の庭に一匹だけの鯉のぼりが細々と揚げられている。 なんとも寂しげではあるがこれには理由があってそれは過疎化で子供がいないからではなく、平家の落人伝説に由来するものである。この地域には源平合戦で敗れた平家の落人が隠れ住んだという伝説があり、鯉のぼりを揚げると見つかってしまうから、という事で昔から鯉のぼりを揚げるの風習が無いのである。同様の理由で鶏も飼わないという。鳴くと集落の存在があらわになるからである。 しばらく進むと瀬戸合峡右の標識からまた道が良くなる。瀬戸合峡は紅葉の名所でかつてはそこに沿う観光バスが曲がるのにも苦労するような道しか無かったが、現在はバイパスですっと抜けられる。 瀬戸合峡を過ぎて川俣湖に沿う道を進み川俣大橋を渡ると道は旧態依然のものとなる。握っているハンドルの手を離して「どうか対向車が来ません様に」と願いたくなってしまうが、手を離せばその時には崖下が待っている。 川俣温泉で戦場ヶ原からの山王林道が合流してようやく夫婦淵温泉着。車で行けるのはここまでで、川治ダムからの30km程を1時間かかった。ちなみに山王林道は奥日光からの近道ではあるが道の程は保証できない。 GW+好天という事で栗山村営駐車場(現日光市営)はすでにぼぼ一杯。歩き支度をして10:00少し前にスタート。駐車場の先で道は二手に分かれるが本来の道である直進の奥鬼怒歩道は自然の猛威で一部通行止め。左へ折れ橋を渡っていく奥鬼怒スーパー林道がその部分の迂回路となっている。 一般車通行止めの遮断機をくぐって橋を渡ればそこは未舗装ながらも車が十分にすれ違える幅のある道だ。夫婦淵温泉の露天風呂を見下ろしつつつづら折れの道をぽくぽくと歩く。道幅が広いのであまりそうとは感じないが結構勾配はきつい。日差しと路面の照り返しで早くも汗がどっと出る。しばらく進むと下からエンジン音とスボボボボという音が聞こえてきた。なんだ?と見てみてればバスが一台上がってくる。八丁の湯と加仁湯では宿泊客のみ駐車場からの送迎を行っており、林道の通行が許可されている。 昨夜宿泊した客を送った帰りであろうと思っていたが目の前を通過したバスには結構客が乗っていた。おそらく今夜宿泊の客で宿に荷を置いた後鬼怒沼方面へ足を伸ばすのであろう。 道幅があるのでバスをやり過ごすのには何ら問題は無かったがその後がひどかった。ものすごい土ぼこりである。つづら折れなので上も下も真っ白。あいにく風もなくいつまでも埃が収まらない。ようやく静まってきた頃また下からエンジン音が。別の宿のバスである。それが収まる頃先ほどのバスが戻ってきて……。どうやらこの時間はピストン輸送をしている様だ。道端にやっと伸びてきた蕗の塔も真っ白になってひからびかけている。自然保護の為一般車通行止め未舗装になっているのであろうが、これなら舗装して有料林道にした方がよいのでは。 何度か砂塵に襲われているうちにやっと仮設歩道右の看板があり滑りやすい急な細道を下ると河原にでた。心地よい風が吹きぬけ汗がすっと引く。汗をかくような天気だというのに道にはまだ雪が残っていた。すぐそばの澄んだ流れに手を入れると刺すように冷たい。この流れが40kmも下るとあのドロッとした大河になるのである。 仮設橋で左岸へ渡りブルドーザーで均した様な石ころの道を行く。流れに沿った平坦な道で歩きやすくはあるがあまり面白くない。でも景色は良い。もっとも、良い景色は目線より上で、残雪の谷間にやっと芽吹き始めた木々と青空がとても綺麗だ。思えばいつもぽちっと見える男体山の裏側の更に奥まで来ているのである。で、目線を下にするとそこは立派に護岸された河原である。建設省という懐かしい工事記念碑も建っている。 カッタテノ滝下で休憩と早いお昼。少々の上り坂と橋で滝を巻くと高みからボロボロの道らしき物が合流してくる。おそらくこれが歩道の通行止めの部分であろう。この様子では仮設歩道がそのまま本歩道となりそうである。その先は渓谷に沿った林の中の道で大変心地よい。岩の窪みの水溜りにはおたまじゃくしがいっぱい。ポチッと芽を出した蕗の塔も青々している。流れ込む支流には橋が架かっているがわざわざ飛び石伝いに渡って靴を濡らす。地形図によるとこのあたりにも温泉マークがあるので人知れず湯気を上げている所があるのかも知れない。 歩き始めて約1時間半、突然目の前が開けると八丁の湯。宿の前の広場には大勢のハイカーが休憩しているが、それより目に付くのは大型の除雪車と立派なログハウスの建物と先ほどの砂塵バス。 今回の計画では奥鬼怒4湯で手白沢温泉を除いた(ここだけは沢1本外れており日帰り湯もやっていない)3つのうちの2つに入ろうと思っていたのだが、この風景を見て興ざめ。ここはパスして先に進む事にする。でも、旧態依然の本館脇に(しっかり秘湯を守る会の看板あり)足湯があってそれだけをちょっと堪能する。空くのを待って足を漬けて記念写真をパチリ。ただし、この裏は男性用露天風呂になっていて、気をつけないと秘塔が写ってしまう。 八丁の湯から約20分。谷あいに異様な建物が見えて来てスーパー林道の大きな橋をくぐると加仁湯到着。一応各メディアでこの建物は知っていたがやはり目の前にするとちょっと引いてしまうような、新しいのだか古いのだか解からない建物。でもこの方が秘湯感はぐっと来る。そして守る会の看板はなし。 案内に従ってコインロッカーに荷物をぎゅうぎゅうと押し込んでまずは乳白色の混浴露天風呂へ。渓谷を眺めながら少し熱めの湯に手足を伸ばすと疲れが溶けていく様だ。奥さんはその後女性用露天風呂へ入るというので、子供達を連れて源泉プールへ。こちらも乳白色硫黄泉だが少しぬるめ。浅いところでゴロンと横になる。谷間ではあるが空が広い。体を起こせばそよ風にすぐ乾く。子供達は元気に泳ぎまくっている。山間の遅い春と秘湯を満喫した。 と、TVならばここで終わるのだが、現実は帰りがある。加仁湯で約1時間。降って八丁の湯でちょっと腹ごしらえで1時間。2時過ぎに本格的に下山開始。ちょうど皆下山時刻らしく多くの人が下っていく。3時ごろ日が山陰に隠れると急に気温が下がってきた。汗をかきかき登った道が今は肌寒い。雪が残っているのもさもありなんである。ポツポツと登ってくる人もあり、八丁の湯までどれくらいかと不安そうに尋ねられた。 無事車にたどり着き今回の秘湯探訪は終了である。しかし、考えてみればバスで行けるところをほんのちょっと歩いただけ。飲み物と食料も途中調達できている。本当に秘湯だったのであろうか、と思いつつ車を走らせるとすぐ渋滞にはまった。車の数こそ多くはないがすれ違いが出来ず進めないのである。このあたりの古い地図を見ると川治温泉からずっとこの様な道が続いている。それがダムによる付け替え道路で立派になったのである。おそらくその時代は日帰りは不可能であったであろう。今は大半が立派になったがその分車が増えて難儀している。もしかすると秘湯とは車で行くのが大変な所、という事なのかもしれない。 ところで、私が本当に秘湯と思っている温泉がある。いや、あった。 それは奥鬼怒に程近い湯西川温泉の入り口にある西川温泉である。 温泉とは言ってもそれ相応の施設があるわけではなく、実は地区の公民館の中にあって、道から一段低いところにあり作りも普通の家とさほど変わりはない。訪ねると当番の老人が居間のようなところでコタツにあたりながらテレビを見ていたりする。浴槽も1.5m四方ほどで洗い場も1人分くらい。 ただし、お湯が良い。少し硫黄の匂いがする透明な湯がかけ流しになっている。いやかけ流しどころではない。浴槽と洗い場の蛇口がいつも全開になっていてそれこそだだながしである。洗い桶でちょっと排水溝をふさぐとあっという間に洗い場と浴槽の区別がつかなくなるくらいだ。開ければ一気にドオッと流れて目の前の谷から湯気がブワッと上がる。窓際に座ってのぼせた体を冷ましながらその様子を眺めていると対岸を行く観光バスの客が「わー、いーなー」という様な顔でこちらを見ている。 本当はこの温泉の事を書くつもりはなかった。営利目的の温泉ではないから宣伝の必要もないし、はっきり言って貸切でなければ楽しめないから客が増えるのも困る。本当に誰にも内緒にしたい秘湯であった。 数年前、湯西川温泉駅前にここの湯を引いて温泉施設を作る計画が発表された。この豊富な湯量もこの湯船だからこそである。それを大浴場に持っていかれてはこんな小さな湯でも細々としたものになってしまうであろう、と心配した。 だが現実は細々どころではなかった。2005年夏この公民館は閉鎖され湯は全て持っていかれてしまったのである。秘湯がひとつ減った。 --第33号(平成19年6月2日)-- |
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エントランスからすぐにあるのがスパリゾートハワイアンズのメインとなる「ウォーターパーク」。室内プール独特のムッとするような湿気の中にウォータースライダーの黒いチューブが走り、巨大帆船が浮かんでいるかの様に見えるプールに多くの人が浮かんでいる。難破した船から乗客が救命胴衣を着けて避難している様にも見える。 |





