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生肉集団食中毒事件2

安売り焼肉店での集団食中毒発生からすでに3週間が経過いたしました。
 
事故なのか事件なのかはまだ明確にはなっておりませんが、死者が出ている以上は事故として済まされる気配は無いようです。
 
この3週間で、様々な疑惑と事実が明らかになってきております。
 
過失面として生肉の取り扱いや下処理が焦点になっているような報道が多いようですが、その点については懲りない展開といいいましょうか案の定、焼肉店側と納入業者側での主張が食い違い、責任のなすり合いといった泥仕合が展開されております。
 
そこのところはどうやら納入業者側の分が悪いようですが、突き詰めればどちらにも非があり、五十歩百歩といった感じがいたします。
 
民事刑事両方の裁判沙汰になることは間違いありませんから、トリミングや生食用肉の認識といった五十歩百歩の責任の部分でもなすり合う必要があるのでしょう。
 
何についてもそうですが、事件事故が起きますとその具体的な内容も然ることながら、業界全体の実態や裏側なんかもクローズアップされてまいります。
 
「じゃあ、他はどうなんだ?」といった類の疑問は、マスコミ関係者では無くとも自然と関心を持つものですね。
 
有難い事にそんな疑問に答えてくれる報道もぼちぼち出始めましたね^^
 
それらを見てみますとまず抱くのが安い肉に対する疑心暗鬼でしょう。
 
 
昔の感覚としましては、安い物には必ず品質面での理由があり、「安かろう悪かろう」が当たり前という感じを誰もが持っていたと思います。
 
ところが近年は技術革新やらコスト削減やらで安価良品が市場を支配するようになってまいりました。
 
しかし多くの場合、その安価良品の表向き理由は理には適っていても漠然としたものばかりであり、実態はまったく異質のものである場合も少なくないようです。
 
食肉業界もそんな感じだったようですね。
 
あまり細かくは書きませんが、クズ肉の接着剤の多用実態や食品表示規制の隙間をついた巧みな表示などの実態が公になってきております。
 
例えば我々一般消費者は国産牛でも産地呼称を選択基準に考えている場合が多いと思うのですが、未経産牛・去勢牛・若雄牛・経産牛・廃乳牛などの実質的な素性呼称があるなんて知りませんよね?
 
私がよく食べていたのは、おそらくは廃乳牛でしょう。
 
お乳の出なくなった用済みのホルスタインですな。
 
国産牛表示の中でも一番安いみたいだから、おそらくそれだと思います。
 
輸入牛なんかも表示されない色々な素性があるんでしょうね。
 
食べる気無くしますね、マジで・・・・
 
表示の危うさと同様に取り扱いの危うさも色々とあるようですね。
 
先に書いた接着剤等を使った細工もそうですし、衛生面の問題も色々と指摘されております。
 
色々と読んだら、内臓系なんか特に食べれませんな。
 
一ヶ月前に食ったホルモンを吐き出したい気持ちになってまいります。
 
でも、知るチャンスは何度もあったんですよね〜
 
例えば、ミートホープ事件の時なんかも食肉の加工技術が話題になりましたね。
 
逮捕された田中社長は「肉の魔術師」なんて呼ばれておりました。
 
あの時にもう少し突っ込んで調べるべきでありました。
 
反省しきりであります。
 
 
この関連の事件を大局的に考えますと殆ど場合はコスト削減が起因しているように思えます。
 
捨てずに再利用という考え方もそうですね。
 
良く言えば「もったいない」というエコ感覚の行為なのですが、現実的には銭ゲバ感覚が本質であることは言うまでもありませんな。
 
嘆かわしい荒んだ世の中であります。
 
 
少し前にアカデミー賞にノミネートされた「フードインク」という映画が話題になりましたよね。
 
アメリカの食の裏側を描いた映画だと聞いております。
 
何も食えなくなるんじゃないかという「知らぬが仏」感覚で観ないつもりでおりましたが、何だか観たい気もしてまいりました。
 
もう、レンタルしとるんかな?
 
やっぱ、やめといたほうがいいでしょうかね?
 
心は揺らいでおります。
 
 
では!
 
 
 
 

生肉集団食中毒事件

昔、パン工場に勤めていた友人に、「調理パンは食わないほうがいいぞ」と言われたことがあります。
 
理由は言いませんでしたが、従事しているからこそわかる衛生面での問題点があることは容易に理解できました。
 
世の中は表裏一体であり、表があれば必ず裏があります。
 
今、世間を騒がせている原発の安全性にせよ、生肉食中毒事件にせよ、従事していなければ分からないような業界の裏側が徐々に解き明かされております。
 
事故が起きたからですね。
 
少し前に大騒ぎになった食品偽装問題にしてもそうですが、従事している人間ならば自社のズサンな管理状態や嘘、デタラメを知っている筈です。
 
事故・事件が発生した後に報道される元従業員や現従業員の実態についての証言を聞けば、そこを疑う余地はありませんね。
 
多くの社会人は疑問・不安・葛藤を抱えながらも、それらを黙認・黙殺しながら社会貢献面をしているといってもいいでしょう。
 
それが俗に言う「大人の解釈」なのかは知りませんが、資本主義社会における利益至上主義という考え方は非常に毒っぽい性質であると認識させられます。
 
 
今日、たまたま生肉食中毒事件の渦中にある会社の社長の土下座シーンをテレビで見ました。
 
随分と若い社長だったんですね。
 
涙ぐんでの平謝りの姿勢には、反省と後悔の気持ちで満ちているようには見えましたが、実際の気持ちが見えるのはまだまだ先のことでしょう。
 
それは被害者への補償姿勢いかんということだけではなく、事故の性質と内容がより明らかになってからということです。
 
つまり、起こるべくして起こった事故であったかどうかと、その実態をどの程度承知の上だったのかということです。
 
もっと簡単に言うと過失の内容と程度ということですね。
 
病原性大腸菌が猛威を振るったことは前例が何度もありますし、食品ビジネスに関わる物ならばそれなりの知識は持っていた筈です。
 
危険を察知できながらの放置であったならば確信犯であり、土下座もろもろも疑わしいと言わざるをえません。
 
まぁ、現段階ではまだ何とも言えませんね。
 
 
行政上も生肉取り扱い規定が曖昧だったようで、罰則の無い基準なるものはあったようですが、監視体制も罰則も無ければ自由市場と同じことです。
 
政府はなにやら慌てて法整備を検討しだしたようですが、まるで「事故が起こらないと新しい信号機は設置されない」のと同じような姿勢ですね。
 
役人どもはどうして「事故を未然に防ぐ」という姿勢にはなれないのでしょう。
 
罰則の無い無意味な基準は作成していたのですから、生肉の安全性に問題意識はあった筈です。
 
きっと、難しい文章を作った事に自己満足して胸をはっていただけなんでしょうね。
 
実用性・実効性を考える脳みそは持ち合わせていなかったのでしょうかね?
 
嘆かわしい役人天国国家であります。
 
 
本当は世の中の裏側(実態)を一般市民が共有出来る自己防衛の為のシステム作成について提案したかったのですが、書いてるうちに行政に対する愚痴になってしまいました^^
 
建設的な提案は次の機会にでも書きたいと思います。
 
 
では!
 
 
 
 
 
 
 
 

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ビンラディン殺害

ビンラディンがアメリカ軍によって殺害されたようですね。

影武者説や捏造説なんかも飛び交っているようですが、一応は9・11報復の一つの区切りとなった感じはいたします。

この件についてのいくつかのブログ記事を拝見しましたが、色々な意味で批判的な見解や疑問を問い掛けるような内容が多かったですね。

賛同や肯定的な意見は見つけられませんでした。

まぁ、他人の見解はともかくも私はアメリカが成すべきべきことをしたという捉え方をしております。

9・11の首謀者がビンラディンであることは事実だと思っていますから、アメリカが国民の安全保障においてビンラディンを排除することは国家の義務であると考えておりました。

よって、結果が「殺害」であったとしてもなんら抵抗感はありませんし、5000人超の被害者達の命と未だつり合ったとは思っておりません。

一つのケジメであり、通過点という感じです。

又、疑問視する意見の中で今後に対する懸念や憂いの声もいくつかありました。

確かに報復合戦は単に憎しみの連鎖であり、メビウスの輪のようなものです。

ビンラディンの死は更なる憎しみの感情を生み、新たな報復の火種となる可能性は大きいでしょう。

ただ、だからと言って真の正義を問うのもどうかと思います。

私は現代世界の枠組みとして国家を優先して考えるべきであると思っておりますから、国家としての正義を貫くことが本筋であり、倫理もそこが基準であるべきだと思います。

イスラム社会などの宗教上の視点を無視するわけではありませんが、その視点では世界全体を網羅することは困難であると思います。

現在の国際平和維持の基軸は宗教ではなく、国家間の連携や条約です。

イスラム社会はそこら辺を歪に捉えているフシがあり、それが独善的に映ることもしばしばあります。

コーランで殺生を容認しているなどとは聞いたことがありません。

ですから大義名分として「聖戦」の名を借りて人命を奪います。

国家は大義名分として自国の民を守る安全保障という契約の下に人命を奪います。

「戦争は究極の外交」なんて表現もありますね。

どちらの大義名分が優れているかはそれぞれの価値観なのでしょうが、私は国家の大儀を支持したいと思います。


上記したことは、単にビンラディン殺害について現時点の社会構造のみを考えた視点でのべました。

つまり、イスラム迫害や大国の利己主義による干渉といった「イスラム圏の歴史」の部分は無視して書いております。

そこを考えるとどこまで遡っていいのか、わからなくなってしまいます。

又、今のイスラム社会の構造は君主制ありの共和制ありのスンナだシーアだ原理主義だなんだと統一感がまるでありません。

それでは正義という概念の統一も難しいでしょうね。

完全本意ではありませんが、少しだけ現実を書いてみたくなりました。



では!

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違和感

私は違和感という言葉をよく使いますし、重要視もしております。

ちょっと変だな・・・程度の根拠の薄い第六感みたいな解釈で使っておりますが、一般的にもそんな解釈で通るように思います。

私はドラマは殆ど見ませんが、話題になった「相棒」だけは見ておりました。

杉下右京が違和感を重要視していた部分に共感し、ストーリーの整合性にも感心できたからです。

以前に友人と飲みながら「相棒」の話題になった時に、私が友人に問いかけました。

「もしも杉下右京が実在して、友達だとしたらどうだ?」

なんともぶっきらぼうでツカミ所のない質問ですが、友人がどう答えるかは予想がついていました。

友人は案の定、「ウザイだろうな。友達にならないと思うぞ。」と答えました。

実は少々安心したのです。

言うまでもなく私は杉下右京ほど知識もありませんし、頭の回転も速くはありません。

しかし、理屈っぽいところや違和感に拘るところなんかはちょっと似ている気がしていたのです。

どうやら私の理屈っぽさなんかは、友人にとっては許容範囲のようです。


おそらく多くの人はちょっとした違和感なんかは見過ごす場合が多いように思います。

小さな事に拘るのは世間一般的には小心者・小人物と見られがちですし、人間関係にも悪い影響を及ぼしがちになるからです。

人間誰しも隠しておきたいところや触れられたくない部分はあります。

又、会話の中でも聞き流して欲しいという発言もあるでしょう。

デリカシー云々ということになってきます。

集団生活には向かない癖ですね。

しかし、「相棒」があれだけヒットしたということは、多くの人にそんな部分の鬱憤があったのではないかと私は思っております。

逆に言えば、杉下右京の拘り具合やツッコミ具合にある種の快感を感じていたのではないかと思うのです。

よくわからないけど何か変だ、でも聞いたら嫌われるような気がする・・・そんな場面て、けっこうありますよね。

結論から言いますと時と場合でしょうし、利害や上下関係なんかも考慮しなければならないでしょう。

違和感の扱いは慎重でなければなりません。

よくわかっていないわけですからね。

矛盾なんかも扱いは似たようなものですが、矛盾の場合は違和感と違って根拠が明確です。

口にするかしないかは、判断のみの問題ですね。


ちょっと気分で違和感についての理屈を並べてみましたが、実は原発のニュースを聞いているとそんなことが頻繁にあります。

どうも情報を小出し気味に感じますし、少しづつ広げているように思うのです。

原発情報は難しいですし、知識もあまりないので違和感ばかりを感じます。

まだ重大な何かが隠されているように思えるのです。

それは東電だけではなく、政府も含めてです。

杉下右京みたいな奴が現れて、政府と東電を問い詰めろよ!と思うのは私だけでしょうかね?

北海道に住んでいても近い将来にガンか白血病で死ぬ運命なのかも・・・なんて怯える今日このごろでありました。


では!

ホリエモンの実刑判決が確定したようですね。

53億円もの巨額の利益の粉飾決算容疑でしたから、懲役2年6月はしょうがないですね。

刑務所では相当のイジメに合うことが予想されますね。

世論の大半は彼を嫌っているようですから、刑務官も黙認するでしょうな。


しかし、裁判入りしてからの彼の主張に一理も無かったわけではないと思います。

司法において推定無罪というのは原則ですし、最近の司法の姿勢にも多くの疑問があります。

三権分立の独立性も怪しい感じですし、客観性を欠いた迎合主義的な判決も少なくないように感じます。

なんだか鈴木のムネちゃんと似た感じの裁判でしたよね^^


私はホリエモンは大嫌いですので、刑務所入りは「ざまぁみろ!」と思ってはいますが、ライブドア事件が世に問うた問題を見過ごしてはいけないとも思っております。

元々は証券取引における政府の政策なり方針に欠陥があったのが始まりだったように思うからです。

政府はギャンブル性の高い株取引の規制を緩和し、無知な一般市民を株取引に引き込みました。

結果、デイトレーダーと言われる企業情報や社会性には見向きもしない折れ線グラフのみで株価の動きを予想するパソコンギャンブラーが急増したのです。

ホリエモン一味はそこに目を付け、そしてそれは正解でした。

業績も見ない株式分割も知らない無知な投資家は、マスメディアに出まくるホリエモンの幻を追い駆け、まんまとホリエモン一味の思惑通りに動いたのです。

従来の社会構造を否定してホリエモンを応援し、ホリエモン一味の蓄財に貢献してたのだから笑ってしまいます。

そしてそのホリエモンの目くらまし作戦の多くは合法であり、それは株取引システムの欠陥部分を突いた手法であったと私は考えております。

まぁ、もっと簡単にホリエモン作戦を言いますと「金を儲けるには、広く浅くバカどもを狙え」という感じですな。

実際にホリエモンフィーバーの最中、株のプロは確かな業績の見えないライブドア株には手を出さなかったといいますし、IT関連企業の関係者はライブドアの株の値動きを不思議に思っていたとも聞きます。

損をしたのは企業情報誌も読まず、バラエティ番組しか見ない軽薄なデイトレーダーが殆どでしょうね。

そんな連中が挙って損害賠償請求をし、それをサポートしようとするのもいるのですから不思議な世の中です。

パチンコで負けたカネを返せと言っているようなものですからね。

呆れてしまいます。


ホリエモンが球団買収に関わった時から、この株式分割による目くらまし作戦を狙っていたのかどうかは知りません。

しかし、ホリエモンが世に出たその時点からの一連の流れが効果的でありますから、おそらくは当初から計算されていたのかもしれません。

もしそうならば、悪徳的行為とは言え、それはそれで大したものだと評価せねばなりませんな。


私は今回の刑事裁判自体には多少の疑問があります。

司法がこの手法で罪人を作り出すことは、権力の乱用とも言えるのかもしれないからです。

罪人がホリエモンだからと言って、最高裁の上告棄却の判断が妥当だとは思えません。

でもホリエモンは嫌いですから、なんとも複雑な心境です。

このホリエモン騒動は、今後も忘れてはならない部分を多く含んだ事件だったと思います。

まぁ、教訓とは少し違いますな。


では!


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