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私は違和感という言葉をよく使いますし、重要視もしております。 |
生活
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最近、気になっていることがあります。 |
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当然と言えば当然ですが、世間では震災及び原発関連の話題ばかりで記事の投稿も自然とその事が中心となってしまいます。 |
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私はお金について「サービスを受ける為に必要なもの」という認識を持っています。
お金については様々な見解はあるとは思いますが、そのように考えると一番シックリとくるのです。
税金を払うのは行政上のサービスを受ける為とも考えられますし、物の購入や飲食なども他人からのサービスの提供と考えられます。
そしてお金はそのサービスの提供に対する評価基準であり、「適正な対価」として認められることによって精神的満足感を得るのです。
そこで問題となるのが「適正な対価」かどうかということです。
飲食店に入ってカップラーメンを出されて、それがたまたま美味しくても、お会計で1000円を要求されたら満足する人は誰もいないでしょう。
又、市街化区域に住んでいながら、いつまでたっても上下水道やらのライフライン等の整備すらなされなければ、市民税を払っているのが馬鹿馬鹿しくなってきます。
よって、サービスを提供する側は、常に平等感や世間標準や新たなサービスの概念を意識しながら顧客満足を目指さなければなりません。
そんな意味において私はコンビニに注目しております。
普段、何気なく利用するコンビニではありますが、そこにはあらゆるサービスのノウハウが隠れております。
一次的な従業員マニュアルや商品陳列、レジシステム等もさることながら、発注システムや搬入システム等々においても優れたサービス提供形態のひとつであると思っております。
それに比べれば役所なんて30年以上も遅れていますね^^
先日、あるスナックに飲みにいった時に、平等感の話になりました。
最近の通信カラオケは、客が自分で選曲できるようになっており、その端末には困ったことに割り込みボタンまであるのです。
割り込みは順番という原始的な平等感を損ないます。
それに対する評価は、当然のことながら店主と一致したのですが、仮に同じ人が割り込みではない場合で二曲続けて入っていたらどうする?という話になりました。
店主は「その人に言って、二曲目を後回しにしてもらう」と言うのです。
私は首をかしげました。
二曲連続で入っていようが、そこで入曲順が守られているならば、店主の裁量という曖昧な基準で順番という平等感を損なって良いものだろうか?と考えた訳です。
客の全てが常に歌いたいわけではありませんし、二曲連続で歌いたい人も中にはいるでしょう。
お店側のルールとして「混雑時に二曲連続はご遠慮ください」という感じのものが確立されているのであれば別ですが、それを臨機応変と考えるには少し無理があるような気がいたしました。
店主があまりにも自信満々でしたので私は言葉を控えましたが、とても違和感のある会話でありました。
平等感というとても馴染みのある抽象的な表現ですが、具体的に突き詰めていきますと人それぞれ違った感覚でもあるようです。
サービス全般で具体的に考えると、まだまだ複雑になりそうな感じですね^^
では!
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色々な方々とお話をしておりますと、人は如何に自己紹介好きであるかということに気が付きます。
一番ポピュラーで顕著な例が、食べ物の好き嫌いを楽しそうに語る光景ですね。
尋ねてもいないのに、延々と理由まで語る人も少なくはありません。
又、ご年配の方々の持病自慢もよく耳にいたします。
話はどんどん膨らんで、対処方法やお医者さんの良し悪しなどの情報交換にもなりますから、まんざら無駄な井戸端会議とも言えないようです。
私の知人にもとても自己紹介が好きな奴いて、周りの人間は皆がそいつの事を詳しく知っています。
言うまでもありませんが、知りたくて知っているわけではありません。
私は自己紹介癖が嫌な癖だとは思っていません。
会話が途切れた時などは有難い場合もありますし、余程の自慢話とかではなければ、聞いていてもそんなに苦にはなりません。
ただ、矛盾を感じることはよくあります。
例えば「それは一般的には、恥ずかしいこと」などと客観目線で言うと怒り出す場合なんかです。
素直に肯定してあげれば何のことはないのでしょうが、世間一般という基準は確保しときたいという思いもありますので、自然とそれがツッコミになるのです。
本人からすると、「微笑ましいワガママ」に真っ向から非常識の烙印を押されるわけですから、面白くないのもわからないではありませんが、自分を晒すリスクも考えて話すべきだと思うのです。
誰もが常に肯定してくれるとは限らないというリスクです。
まぁ、問い掛けに答えた自己紹介であるならば、別ですけどね^^
それと聞くに堪えない自己紹介のパターンもあります。
自慢話もそうですが、それよりも話題の少ない人の自己紹介やら身内話やらです。
これは辛いです。
自慢話の場合は大振りの単発攻撃ですが、ネタ不足の奴の自己紹介の場合は手数の多いジャブ攻撃のようなものです。
長時間に渡り、ジワジワと効いてきます。
話題を変えようとしても、すぐに戻されます。
知らない話題は受け付けないのです。
これはある特定の人間の事というわけではありません。
話題の少ない人ほど自己中心的になりがちではないかと思うのです。
逆に考えれば、聞き手が多い人、聞き上手という人は、話題が少ないということはないでしょう。
そいう人はどんどん話題が膨らむ筈です。
よく「足して2で割れば丁度いい」なんて表現がありますが、けっしてそうはならないのが人間社会の難しいとこですね^^
長所の多い人はどんどん長所が膨らみますし、短所の多い人は短所が膨らむんですね^^
肝要なのは自身の長短をよく理解しておくことなんでしょうなぁ〜
こんなことを考えれる俺って、凄いなぁ〜^^
では!
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