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今日のゴルフ観戦

今日の日本オープン、石川遼選手は惜しくも優勝を逃してしまいましたねぇ〜

とは言え、18歳という若さで、国内ツアーでは優勝争いの常連なのですから驚きです。

近年は女子プロゴルフ界ばかりの活性化が目立っておりましたが、脅威の18歳のおかげで男子プロも面白くなりましたね^^


さて、今日の中継を観ていてとても残念だったのは、6番ホールでの石川選手のバンカーショットの時にギャラリーが携帯のカメラを使用した事です。

シャッター音に石川選手が集中力を乱し、ミスショットをしてしまいました。

大会規約ではもちろん御法度行為なのですが、そんなの御構い無しであります。

以前の大会でも、石川選手と外国人選手が優勝を争いをしていた最終ホールに、外国人選手がパターを外すと拍手をしたバカヤローがおりました。

そんな輩はゴルフファン全体の中では極少数なのでしょうが、とにかく目立ちますし、試合結果や全体の印象に影響にを与えるであろう事は常識人ならば容易に想像出来る筈です。

それらの悪質行為をした連中は「ほんの出来心」とか「ついウッカリ」などと普段は常識人であるかのような言い訳をするかもしれませんが、私はそうは思いません。

そういう行為をする奴は、そういう奴なのです。

つまり、理性や衝動を抑えられない奴は、普段から抑えがきかないという事です。

そんな奴は私の知人にもおりますが、どんなシュチエーションでも同じ過ちを繰り返します。

注意すると神妙な面持ちで謝罪は述べるのですが、それが口先だけだった事は後でわかります。

繰り返すのですから・・・・・

おそらくそれは性分の問題なのでしょう。

常に理性が負ける性分ということです。

悪いと分かっていてもやるという事は、ポカとかウッカリとは違います。

明らかに確信犯であり、甘えの要素を多分に持っているということでしょうね。



四十数年ぽっちの人生経験上ではありますが、私は大勢の方々と知り合いました。

その中で二分シリーズを語らせていただきますと、常に世間に甘える発想をする人とそうではない人とに分ける事が出来ます。

見分け方は一概には言えませんが、謝り癖のある人は甘えた発想が多いようです。

人に頭を下げれる事は一人前の証とも言いますが、むやみやたらと乱発する必要はありません。

必要な時に限るべきです。

又、その真逆の人も当てはまるように思います。

まったく人に頭を下げられない人です。

正反対の傾向ではありますが、その傾向に共通項があるのですから不思議です。



今日のような3人でプレーオフという競った面白いパターンは、いつもいつも観れるわけではありませんから、悪質ギャラリーの非常識行為は本当に腹立たしいです。

それにしても携帯電話のカメラのシャッター音は、あっても困る場合もあるし、無くても困りますから、やはりモラル頼みというしかないですね。



ん?



まてよ・・・・・



携帯にカメラ機能なんかいるんかな?



カメラはカメラで持ちゃーいいじゃん・・・



どうなんでしょう・・・・?





では!

咥えタバコ

咥えタバコと聞いて、みなさんは誰を連想するでしょうか?

私はなんと言ってもボギーですね^^

名作「カサブランカ」で主演を演じたハンフリーボガードであります。

かっちょよかったですよね〜・・・・もう、何回観たことか・・・・


しかし最近は世間的にはタバコは敬遠気味でありまして、吸う場所も限られてまいりました。

咥えタバコどころか喫煙自体を止めろという風潮を感じます。

確かに受動喫煙などの話を聞いておりますと喫煙者はマナーに細心の注意をはらわなくていけないでしょう。

ところ構わずの咥えタバコなど、もってのほかですね。


それでも私の気のせいかどうか、最近は女性の咥えタバコは増えているような気がいたします。

私自身は女性の喫煙に関しては寛容なほうだと思っていますが、咥えタバコはいただけません。

最も嫌いな景観のひとつであります。

よく目にするのは自動車での走行中とパチンコ店ですね。

とくにパチンコ店での喫煙女性は、足を組み咥えタバコで鼻から煙をはいております。

台に集中しているから、本性というか普段の行動がそのまま出るんでしょうね?

「あんた・・・・おんな捨ててる?」なんて聞いてみたくなったりもします。

そんな女性に限って、彼氏や旦那の前では猫撫で声を多用するのでしょう。

怖いですねぇ〜^^


私は、自分では男女平等という近代的観念に忠実な人間であると思っております。

しかし、それとは別に「男らしさ女らしさ」といった古典的観念も重要視しております。

労働や社会適合性といった分野では、男女間の差別はもはやナンセンスではありますが、普遍的な「男らしさ」や「女らしさ」は確かにあると考えているのです。

咥えタバコで鼻からプァ〜は、「女らしさ」の対極にある行為ですよね?

「どうせ誰も振向いてくれない」という自虐的自覚があろうとも、自ら醜さを晒す必要はないと思うのですが・・・・・


イングリット・バーグマンは絶対にしなかっただろうなァ〜・・・多分・・・・


まァ、くそババァなら、何でもアリか・・・・・・



では!

携帯ばかりいじるな!

先日、私はいつも行く馴染みの銭湯に出かけました。

低料金が売りのスーパー銭湯なので、いつも通り駐車場は満杯です。

でも、420円でサウナとお風呂が楽しめるんですから、混んでいてもしょうがないですね^^

さて、車を降りて中に入ると家族連れがすぐ先におりました。

夫婦と子供3人とお婆ちゃんが一人という組み合わせです。

その銭湯には券売機が二台並んであって、券を買ってから受付にその券を出して入場するというシステムであります。

私は券を買いに券売機に向かったのですが、前にいる家族連れが邪魔で券を買えません。

見ると券売機にお金を入れているのは父親だけです。

残りの家族は突っ立っているだけです。

それだけならば「すいませんが・・・」と言ってよけてもらうのですが、大きなバックを背負った中学生くらいの長男らしき小僧の仕草を見て私はカチンときました。

空いてる券売機の真ん前で、携帯電話をいじっていたのです。

私は思わず「小僧、どけ!」と大きな声で言ってやりました。

その小僧は顔を上げましたが、なんの事だか分からない様子でした。

すぐ横にいた妹らしき女の子が「おにいちゃん、邪魔だよ。」とすかさず言うと、その小僧は状況を理解したらしくそそくさと横にズレたのです。

そんでもって私がさっそく券を買おうとすると、父親が手を止めてこちらを凝視しております。

視線を感じた私はその父親を睨み返しましたが、すぐに父親は目をそむけて券売機のボタンに手をかけておりました。


何やら家族団らんに水を差したようで後味の悪い感じになってしまいましたが、最近は携帯電話を手にした無神経な行動を見るとやたらと頭にきます。

それを咎めようともしない身内らしき奴らも実に腹立たしいですね。

携帯優先主義が市民権を得ていると言わんばかりの傍若無人さであります。

インターネットもそうですが、ITの進化に秩序や倫理や法律が追いついていけない現状を考えますと、そこは各々が自己管理・抑制していくしかありません。

それが出来ない若年層には、大人が注意するしかないでしょう。

私を睨むとは、とんだ馬鹿親父ですね^^


公共浴場とはまさしく公共の場であります。

公共の場にはそれなりのモラルが存在します。

もしも「法にのっとり・・・・」などと言う奴がいれば、そいつはバカヤローですね^^

それでも最近は、いい大人でも公共の場で無秩序な行動をするのをよく目にします。

いちいち注意していたらキリがありません。

下手に言うと殴り合いにもなりかねません。

私も揉め事が好きなほうではありませんので、見過ごす事も多々あるのですが、携帯電話だけは見過ごさない場合が多いですね。

多分、凄く嫌いだからなんだと思います。

私も携帯は持っていますしメールも利用しますが、内容は極力シンプルにしております。


あの、こちゃこちゃいじっている姿って、かっこ悪いですよねぇ〜・・・・


どうなんかなぁ〜?



では!

二日酔い

「酒は百薬の長」などと申しますが、二日酔いの時は毒を呑んだとしか思えませんね。

私は20年以上の長きにわたり酒と付き合っておりますが、二日酔いには一向に慣れません。

最近では楽しさと苦しさのバランスに疑問を持つようになってまいりました。

リスク高過ぎね?ってな感じであります。


酒には色々と種類がありますが、よく「チャンポンが一番良くない」などと耳にいたします。

どうやら医学的根拠は無いようですが、実体験からもなんとなく正しいような気がしております。

確かにチャンポンした翌日の二日酔いはとっても強烈で、「俺はもう死ぬのか?」などと思ったのは一度や二度ではありません。

最近では二日酔い予防にウコンが見直されているようですが、ちょっと前はカキエキスでしたよね?

まぁ、私の場合はどちらも効果を感じないのですが、願掛け程度の気分で飲んではおります。

でも、あの手のドリンクって、けっこう高いんですよね〜

人の弱みをつく商品はなんとも高額であります。


二日酔い予防の最善策とは何か?

酒の歴史はもの凄く長いですから、これって人類の壮大なテーマですよね?

その割には二日酔い論議が聞こえてきません。

本当はみんな最善策を知っていて、私が知らないだけなのかな?




とりあえずチャンポンはやめとこ・・・・・




では!

感性の摩訶不思議

馬鹿と天才は紙一重などと申しますが、おそらくどちらも凡人には理解し難いという意味も含まれているのでしょう。

世の中にはその才能を高く評価されている方々が多方面にいらっしゃいます。

詐欺事件で逮捕起訴された小室坊やも、音楽分野では天才の部類に入るのでしょう。

感性とは資質なのでしょうから、羨ましい限りでございます。


そこで私には昔からある疑問がありました。

世に出るという事は大衆を魅了する事が早道ではありますが、天才とされる人の感性を大衆は理解出来ているのだろうか?という疑問であります。

例えば小室坊やは、音楽分野ではヒットメーカーでありました。

しかし、そのヒットは優れた感性によるものだったのでしょうか?

だとしたら、多くの凡人にはチンプンカンプンな筈ではないのか?という素朴な疑問が脳裏をよぎるのです。

確かに売れる=天才という事にはなりませんが、メガヒットを飛ばして天才扱いされている方々は大勢いらっしゃいます。

でも、メガヒットとという現実が、天才の称号とは逆行するような気がしてなりません。

常人の理解を超えるものを天才の創作物と仮定したならば、少数支持にこそその真価があり、メガヒットは単に営利追求型迎合主義の権化でしかないような気がいたします。

まぁ〜簡単に申し上げますと「凡人にもわかるから売れるんでねぇーのー?」という感じですね^^

もちろんそれを具体化し形にするという作業には敬意を表しますが、それは一般人よりちょっと優れている程度で、天才という称号に値するかどうかは甚だ疑問であります。

大勢から高評価を受ける事と卓越した感性が別物であるならば、安易に飛び交う天才の称号の多くは疑問符がつくと考えます。


私は知人から某アーティストが絶対音感の持ち主であると聞かされた事があります。

その絶対音感とやらは、もちろん凡人どころか音痴の私には意味不明でありましたが、なんとなく「そっか〜・・・スゴイんだな〜」と思った記憶があります。



そろそろ疑問のまとめをいたします。

多くの一般人は、己の右脳で他人の才能を感じるのではなく、左脳で受けた情報を多数派基準に照らし、それを自己評価として発信しているのではないのか?という事です。

ミーハーの馬鹿騒ぎや勝ち馬に乗るといった主体性を欠いた愚行がそれですよね^^


日本では歴史の浅い民主主義思想ではありますが、ミソクソな多数決原理が蔓延しているように思います。

おそらくは思考を止め、主体性を放棄し、便乗主義に徹している愚民が大勢いるのではないでしょうか?

そのほうが楽である事は確かですけどね。



どうでもいいけど、軽々しい天賦の才が多すぎですよねぇ〜^^



親馬鹿は特に注意して下さいねぇ〜

十で神童、十五で天才、二十歳過ぎればただの人ってね〜^^




では!

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