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私は高校を卒業してからすぐにある会社に就職しました。
下積み時代はけっこう長かったのですが、その時期の努力の甲斐もあってか商品知識では社内でも1,2を争うまでになれました。
同期でも大卒達は当然の事ながら先に出世していましたが、最前線では相当苦労していた様子で私にはそんなに焦りはありませんでした。
20代半ばに差し掛かるくらいに、私に最前線移動への辞令が出ました。
それも売り上げ規模では会社で二番目の重要地域への大抜擢です。
だいぶ揉めたらしいですけどね^^
私にはそんな事は分かりません。
私は持ち前の商品知識を活かして、売り上げを順調に伸ばす事が出来ました。
私を推してくれた方々の期待に応える事が出来たのです。
そんな順風満帆であった私には、会社を背負って立つ一人前の社会人という自負が芽生えておりました。
仕事とは好調と比例して量も徐々に増えていくものであります。
私には新たな担当先が次々に加えられていきました。
そして私は入社以来はじめての挫折を味わうと同時に、商品知識に頼らない販売方法を学ぶ事になります。
それまでの私の交渉相手は、主に得意先の仕入れ担当者でありました。
しかし新たに、社長自らが仕入れ担当という得意先が加えられたのです。
そこを仮にA社としましょう。
私の商品知識の豊富な事は、下積み時代から業界ではやや知られていましたので、最前線への入り口はそんなに困難ではありませんでした。
なんせ田舎ですからね^^
商品知識は得意先でも販売戦略の大きな武器となり得ますから、私は下積み時代からある程度の信者を獲得していたという見方も出来ると思います。
しかしA社では、そんなものはまったく通用しませんでした。
A社は毎日の発注時間帯が決まっており、他のライバル会社の担当者もほぼ同時刻にそこに集まる事になります。
FAX発注が主流となっていた時代での相変わらずの御用聞き発注であります。
しかしA社は販売力がありましたので、そこに集まるのは各社のトップクラスの営業マンばかりでありました。
その中での私は、誰がどう見ても「駆け出しのひよっ子」であります。
しかし、一応は会社の代表ですので、ひるんでばかりもいられません。
当時の私は、相当に気張っていたと思います。
A社では発注までの間に社長との懇談が一時間程ありました。
内容はジャンルの定まらない世間話が主でありました。
最初の印象では私にしてみれば無駄な「おあずけ」の時間帯だったのですが、今から思えば社長にとっては貴重な情報収集の時間だったのでしょう。
しかし、その世間話に私は加わる事が出来ません。
何故ならば商品の事以外に私は何も知らなかったからです。
「おしゃべり」な私が「無口」にならざるを得ない時間帯となったのです。
特に入れないのが業界の過去の話と政治関連の話でありました。
業界の過去の話は、若いのですから知らなくてもそんなに恥ずかしくはないのですが、政治関連はちょっと違います。
「そんな事も知らないのか?」とか「新聞読んだ事あるか?」などの声無き声が聞こえてくるようでありました。
私にとっては針のムシロ状態でしたね〜・・・・
それまでの自信は一気に吹き飛びました。^^
一人前の社会人なんて自負は、単なる錯覚であった事を痛感した次第であります。
長くなりましたので、この私事はここで終了いたします。
私のような田舎者の私事なんてーのは、誰も知りたくないとは思いますが、もしかしての反響があれば続きを書きたいと思います。
まぁ、アクセス件数頻度を見て貰えば反響なんて程のものが無いであろう事は一目瞭然ではありますが・・・・。
では!
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