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歴史認識

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日中歴史報告書

日中両国の有識者による歴史共同研究委員会が、双方の論文をまとめた報告書を公表しました。

この事について一歩前進という評価もあるようですが、相違点をまとめた内容を見ますとなんら具体的な前進の気配は伺えません。

このニュースを取り上げた新聞各紙は見出しに「南京事件」の犠牲者の数の隔たりを使っておりますが、東京裁判でも裁かれた「南京事件」については中国側は永遠に折れないでしょうし、何か空虚な感じさえいたします。

その他の相違点についても中国側の暴論は腹立たしい限りではありますが、私はあえて日本側の有識者に異を唱えたいと思います。

それは731部隊に触れていないという点についてであります。

731部隊とは表向きは給水部隊でありますが、実態は細菌兵器部隊であり、数こそ違えどその所業はナチスによるホロコーストに匹敵する残虐な行いと言ってもいいでしょう。

無実の罪で連行してきた支那人等を「丸太」と称して強制的に細菌兵器開発の為の人体実験材料としたのです。

この部隊の中心的存在であった石井四郎は我先に無事に日本に帰還したばかりか、アメリカとの裏取引により戦犯を逃れ、その事実を闇に葬り去りました。

更に許せないのは、731部隊の帰還兵の多くがのうのうと戦後の医学界の中枢に陣取り、石井の右腕と呼ばれた内藤良一に至っては、ミドリ十字社の前身であるブラッドバンクを設立、特権を利用してその後の朝鮮戦争の血液取引で大儲けしたのですから呆れ果ててしまいます。

日本史における日本人の恥の代表格と言ってもいいでしょう。

そして内藤亡き後もミドリ十字社が薬害エイズ事件で果たした役割を考えれば、社が腐った根性を見事に引き継いでいた事は言うまでもないでしょう。



私は中国史が嘘やデタラメで塗り固められいく現状については、あまり怒りを感じなくなってまいりました。

いかに近代化しようとも、一党独裁で言論の自由の無い旧態依然の途上国なのですから、あんまり野次っても仕方ありません。

しかし、日本は違う筈です。

心身ともに先進国であり、中国よりも遥かに成熟した国家である筈です。

奴らが恥の部分を隠し、独善的な歴史認識を作り上げようとするならば、我等は潔い寛容なる心をもって、恥の部分も堂々と認め、後の歴史に貢献する姿勢を示すべきです。

歴史研究とは未来に向けた崇高な作業ですよね?

それを一番の恥の部分に触れないとは、なんと情けない事か・・・・

要は日本の有識者も事なかれ主義の似非研究者なのか、日本も中国と同様に言論の自由の無い三流国家なのかという事でしょうか?

ならば、こんな共同研究は無意味ですし、税金の無駄遣いですね。

鳩山総理に言って、事業仕分けして貰いましょう。

あっ、鳩ちゃんは今はそれどころじゃありませんね?


まぁ、もう少し待てば、前原さんか枝野ちゃんが何とかしてくれるでしょう。




では!

文科省が中学社会科学習指導要領に、竹島を日本固有の領土として明記する方針を固めました。

つまりその方針が教育現場の指導指針とされ、教科書にもその事が載るかもしれないという事です。

現段階では親日派とされるイ・ミョンバク大統領の就任直後のこの方針決定であります。

文科省に何か意図はあるのでしょうか?


竹島は日本海上の日本と韓国の中間に位置する、人も住めないような岩礁です。

その岩礁自体にはたいした価値はありませんが、海洋資源の経済水域に関係しますので、譲り合いという訳にはいかないでしょう。

現在は韓国側の軍事的実効支配化にあり、占有という既成事実を積み重ねております。

かなり以前から日韓両国がその領有権を主張していますが、和解には至っておらず、外交上は現在も棚上げ状態と言っていいでしょう。

私はかなり以前に、竹島問題についての記事を書いた事がありますが、私の見解では竹島は日本の領土であります。

ただ、お互いの主張のみでは、和解には至らないとも思っています。

韓国は建国以来だと思いますが、竹島(独島)の領有の正当性を国民教育していますし、その歌まであります。

よって竹島の領有権は世論であり、日本で大儲けをしたあのヨン様までもが、その事に触れる発言をしております。

それらが韓国プロパガンダの成果であるのでしょう。

一方日本では、島根県が「竹島の日」を制定するまでは、教育どころか存在すら知らないという人も多かったのではないでしょうか?

理屈では勝てても、熱意では完全に負けていますね^^


さて、今回の文科省の方針決定は後手どころではありませんが、何故にこのタイミングなのでしょうか?

教育に組み込む事自体には反対ではありませんが、新大統領の就任直後というタイミングでは、嫌がらせのようにも感じます。

韓国の世論を考えれば、新大統領は何らかの意思表示を迫られる事になるでしょう。

事務方協議での意思疎通があったのでしょうか?文科省は外務省とよく話し合ったんでしょうか?

このニュースが日本ではどの程度まで盛り上がるかは知りませんが、韓国ではかなりの大騒ぎになるような予感がいたします。

”教育”というのは、未来に繋がっていきます。

そう考えると韓国側は穏やかではいられないでしょう。


領有権の定義というは意外と曖昧なようですが、基本は「発見」と「占有」であると聞きます。

この「発見」に関しては諸説ありますが、決定打としての要素は薄いと考えられます。

問題は「占有」についてです。

現在はどう考えても韓国側の不法占有という要素が強いので、国際社会からの評価も恐くはありませんが、世代が変われば事実はぼやけていき、認識は歪曲するかもしれません。

そういう意味においての教育という方針なのかもしれませんが、教育を受けた後の世代が「占有」に拘れば、それは軍事化という発想にも繋がるでしょう。

なにせ韓国側は軍事的占有をしていますからね〜

難しい問題です・・・・


まぁ、北海道民である私にしてみれば、北方領土問題の方が遥かに大きな問題と考えている訳ですが、なんせ相手が悪すぎます。

宿敵ロシアですからねぇ〜

それに日本が仮に軍事強化をしても、どうこうなる相手でもありません。

日本の弱腰外交は国際社会でも有名なんでしょうが、後の世代には奮起して貰いたいとも思いますから、今回の方針は○という事にしておきましょう。

小さな一歩かもしれませんけどね^^



では!

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特攻という美談

特攻作戦は軍による強制があったのか?などという論争もあるようですが、志願兵がいなければ作戦が中止になるという事は無かったでしょうし、「希望せず」と返答した筈の特攻隊員もいたという証言等々から考えますと議論の余地はないでしょう。
意思確認は形式的な建前であり、特攻作戦は実質的には命令が基本であったと考えるのが妥当でしょう。
以前から述べておりますが、物事を見る角度とは色々とあります。
特攻隊についても然りです。
特攻隊について色々と調べてみますと隊員達が残した遺書や逸話の表記がとても多い事に気付きます。
そしてそれらは美談として描かれているものが殆どであります。
特攻という作戦自体は愚かで馬鹿げた作戦であったが、特攻隊員達の散り様は美しいという感じでしょうか?
確かに個々の遺書などを読んでいますと胸を打たれるような内容がとても多いと思います。
しかし、私としましては何か釈然としません。
それは、馬鹿げた作戦を遂行する事を美談としても本当に良いのか?という疑問からです。
そこで、私なりに視点を変えて考えてみる事にいたしました。
これから書く内容は上記しました通り、特攻作戦を強制的な命令と定義した上での見解であります。
特攻隊員達は靖国に祭られ「英霊」となることは当然の大前提であり、更に「軍神」としてその栄誉を讃えられるという時代のヒーロー的な扱いを受けていました。
まぁ、その栄誉や風潮は明らかに参謀本部が意図的に作り上げたものでしょうし、皆がその風潮に染まっていたという事でもないでしょうが、その風潮が死に行く者やその家族の慰めや肯定の根拠になっていた感は否めないでしょう。
さて、私が注目した生き残り兵の証言の中に「自分は何の為に死んで行くのか?と特攻の前日に考えた」との証言がありました。
私はそこにこそ本質があるのでは?と考えました。
つまり、特攻作戦とは戦局が苦しくなった上での苦肉の策であったいう認識は、大局の見えない一兵卒でも少なからず持っていた事でしょう。
「自分の特攻で戦局が変わるのか?」「ひょっとして無駄死にではないのか?」「残された家族は大丈夫か?」「自分は何の為に死んで行くのか?」などなどの心の葛藤は多くの特攻隊員にあったと思います。
しかし今更、後戻りなど出来ないとなれば、そこで何を想うでしょうか?
特攻とは戦地で偶発的に死ぬのではなく、死ぬ事が大前提の作戦です。
想像は困難ですが、おそらくはその恐怖や不安を払拭しようとする思考が働くのではないでしょうか?
つまり、大儀を見出し自身を肯定しようと自然に考えるのではないか?という事です。
この発想は現代社会でも当てはまると思います。
例えば色々な偽装問題で、心を痛めていた従業員もいたでしょう。
しかし、この不景気には自分自身や家族の生活もありますから、「良くない事」と判っていても会社の意向に従うしかありません。
そのように自身の中で選択肢が限定された場合に多くの人は「家族の為に仕方が無い」とか「自分が悪い訳ではない」など自分を納得させる為の自己肯定的な発想をするのではないかと思います。
つまり、残された多くの遺言状にある「お国の為云々、家族を守る云々」等々の潔い言葉の数々は絶望的状況の中から生まれた「後付の美しき志」では無かったのか?と考えました。
もちろんそれは全ての特攻兵がそうであったとは言いませんし、パターンも色々とあるでしょう。
「自分が特攻してもどうせ負ける」と思っても、その考えのままでしたら特攻なんて出来ないのかもしれません。
それぞれが死に行く事の何かしらの意義を本心ではなく思考として見出していたのであれば、それらを文面にした時にはおそらく高尚で美しい文面になるんだと思います。
それには、やりきれない気持ちと残された家族に宛てたという意味もあります。
私は冒頭にも少し書きましたが、馬鹿げた作戦を特攻兵の美談で有耶無耶にしてはいけないと考えています。
死という究極の恐怖を無謀な作戦で若き隊員に押し付けた責任は、許されざるエゴであると思います。
「生きたい」という人間の真っ当で根本的な本能を理不尽な画策された状況で押し殺し、無慈悲な命令を下した当時の上層部は狂っていたとするのが後世に伝えるべき歴史認識だと思います。
死を覚悟した特攻隊員は「死にたくない!逃げ延びたい!」とは中々遺書には書かないでしょうね。
では!

物事を見る角度というのは色々とあります。
歴史認識についても然りであります。
タイトルとした従軍慰安婦問題についても視点によって様々な見解が生まれます。
今回は一番ポピュラーな視点と思われる、軍の強制性の有無について考えたいと思います。
軍の強制といいましても他の歴史認識問題と同様に、何を軍として何を強制とするかという定義付けによって見解が異なると思われます。
安倍元総理は従軍慰安婦問題の軍の強制について「広義においてはあったと思うが、狭義においては無かった」との見解を国会の答弁において示しております。
総理の国会での答弁なのですから、政府としての公式見解と見るべきでしょう。
私は「広義においてあった云々、狭義においては無かった云々」というのは、「軍人が直接,強制的に拉致などをした事実は無いが、業者や地域の実力者等のそういう行為はあったのかもしれない」という意味の答弁と認識しております。
この答弁から国家責任についての具体的な見解を察知するのは難しいと思いますが、とりあえずは責任が無いとは思っていないという配慮を含めた答弁なのでしょう。
しかし、こんな曖昧な答弁では近隣諸国は釈然としないでしょうね。
日本国民である私も、妙な含みを感じてスッキリとは出来ません。
安倍元総理は「美しい国」への拘りも含めて言葉を選んでいるのでしょうが、この問題の根本には日本軍が絶対悪であった事を認めさせたい近隣国の感情問題と個別賠償責任の問題が考えられます。
そこで、その二点について私の見解を申し上げます。
侵略責任についての記事にも書きましたが、パワーポリテックスなどの威圧的力が少しでも感じられる案件につきましては、クロであります。
つまり、出入り業者等のダマシや強制があったとして、それを業者の独断と考えれば軍の関与は否定されますが、背景には軍による催促や注文があった感は否めません。
これは資料の有無という事ではなく、私なりに常識的に考え想定した事です。
日本軍の中国大陸における急速な戦線拡大を考えますと慰安所の設置も急な作業であった筈です。
軍が業者に対して時間的・人数的ノルマを要求するのは自然な事です。
軍国主義におけるその要求を単なるお願いととらえるのは、余程おめでたい人種でしょう。
明らかに半命令と受け取るのが自然です。
よって私は、軍による直接性が疑わしくとも軍による強制は有りと考えています。
しかし、もしも契約書や覚書等が資料として有り、その中に「期間及び人数の要請は絶対では無く、強制的召集は厳罰に処す」などの内容が伺える一文があるならば私の考えは変わると思います。
私の勉強不足かもしれませんが、今現在そんな資料は知りません。
又、被害者とされる生存者の証言についてですが、その信憑性については何とも言えないというのが本音であります。
金銭問題も絡んでおり、記憶の錯誤や優位性や嘘も考えられます。
軍の関与については、間接的関与も直接的関与と同等という見解までとさせていただきます。
次に賠償責任についてですが、責任は当然の事ながら発生しますが、戦後の賠償や条約締結やODAによって終了しているというのが私の見解であります。
ODAについては「対等関係における援助」との見方もありますが、戦後日本が中国や韓国に対してしてきた援助は破格の対応であり、その中には戦後保障の意味も当然の事ながら含まれると見るべきと考えます。
一部には「個人個人の個別保障は別」との見解もあるようですが、日本政府が過去にその提案をしなかった訳ではありません。
個別保障を国家賠償に含むというのはそれぞれの政府の要請事項だった筈です。
(中国は日中友好条約時の周恩来の賠償辞退という姿勢が有名ですが、賠償がまったく無かった訳ではありません。)
よって、もしも個別保障を怠っているのであれば、それは各国政府の責任であり、現段階での個別訴訟はフェアであるとは言い難いと考えます。
最後に、従軍慰安婦というものが当時の合法であり世界戦争の常識であったにせよ、それは女性の人格と尊厳を軽視するものである事は間違い無いでしょう。
根本的な責任を問うのであれば、従軍慰安婦や公娼制度を合法としていた事を問うべきで、合法であった事を前提に責任云々を議論する事自体がおかしな事のような気も致します。
それはもちろん日本だけではありませんから、世界の倫理観が狂っていた時代という事ですね。
では!

歴史認識の前置き

歴史認識を論ずるにあたって部分的な真実の追求も大切な事ですが、大局観無くしてはその是非は語れないと考えます。
つまり、歴史の流れによって左右されている事柄が非常に多いと考えられるからであります。
例えば、満州事変を画策した石原莞爾はそれ以上の南下は想定してはいなかったとされています。
しかし、満州事変が無ければ北京、上海へと日本軍が進軍する事は無かったでしょう。
つまり満州事変の当初の思惑が、時の流れによって歪んでいったという事です。
日本の過ちとされている多くの事件は、ある時は政治判断であり、ある時は国是に従い、ある時は陸軍の独断であったのでしょう。
時と権力の変化によって流れが出来たのであり、そこには統一された主体性などは存在し得なかったと想像されます。
又、国内的な事情以外にも国際情勢の変化という要因も多分に絡んできます。
おそらくは、それら全ての流れをもって歴史の評価とすべきなのでしょう。
それと侵略されたとする側の主張にも疑問を感じます。
その当時の朝鮮半島や満州は誰が平定するのが是だったのでしょうか?
又、その権利は誰が有していたのでしょうか?
今の価値観では無く、当時を想定した場合にそれを明確に断言できる人などいるのでしょうか?
そのように考えると侵略の有無とは実に空虚な論争であると思えてきます。
とは言え、多くの血が流れたという責任は誰にも無いという訳にはいきません。
その責任の所在を明らかにしなくては、再び多くの血が流れる状況が起こり得るというのは正しいと思います。
その被害者・加害者の基準となるのが、主権国家という事なのでしょう。
大日本帝国という主権国家は解りますが、私には朝鮮半島と中国の主権を有していた政府というのが今一つ見えません。
19世紀末頃までは、おそらくは中国は清王朝で朝鮮半島は李氏朝鮮だったのでしょう。
しかし日本の侵略責任とは現在の国家の概念で責められているような気がしてなりません。
念の為に申し上げておきますが、私は日本の侵略行為を否定しているのではありません。
以前にも書きましたが、他民族の住む土地に鉄砲を持って入り込んでいる事は事実なのですから、それを侵略と表現されればそうなのでしょう。
しかし、現在の主権国家が当時の主権国家であった訳ではなく、現在の主権線が当時の主権線であった訳でもありません。
つまり、20世紀初頭には現在の中国や韓国や北朝鮮は無かった訳です。
現在も尚日本が責められている理屈から考えますと、アジアにおいてはロシアやアメリカやイギリスやオランダやその他の国も侵略国となり得ます。
やはり責任という認識を明らかにするには、現在の様々な論争はごちゃ混ぜになっているという感じがしてなりません。
その”ごちゃ混ぜ”の中には、意図的なものも大いにあるのでしょうが、その手の屁理屈は無視するとして、今後は上記の事を意識しながら歴史認識について書きたいと思います。
この記事では上記の問題提起の結論は書きません。
実は、領土問題の事を書こうと思ったのですが、細かい主張を読んでいると何だか馬鹿馬鹿しい部分が多く感じられ、このような前置きをさせていただきました。
次回はこの事を踏まえた上で、具体的な事案について書きたいと思います。
では!

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