念仏鬼の唄

念仏を、随分申せ、先の世は、なんぼ鬼でも、怖いぞ、怖いぞ !

愛すべき奴ら

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]

子供の日

イメージ 1

連休最終日の朝、目が覚めると女房殿が笑いながら、

「夕べ、ラディンの夢見てたん? 大きな声で『ラディン、,ラディン!』って、寝言ゆう

てたわ 」

「そやねん、ストーリーは定かではないねんけど、作業場でラディンと追い駆けっこ して

いるシーンやった。 僕の前を走りながら、振り向いて,ニコッと 笑いよってん。」

「あほらし、猫が笑うん?、、、 あんた,熱,計ったろか?」

「いらんわい!  そう言えばラディンが死んだのも、ゴールデンウィーク、、、、 おい、!

今日がラディンの祥月命日やないか??」

「ほんまや!、3年目の命日やわ、 あの子、『忘れんと居てや〜』って、夢に出てきや

ってんわ〜、」(ヨメハン、涙)


不思議なことが有るものですが、二人で花を買いに行き墓前(画像・ブログ仲間・カラテさん作)

に手向けました。

本当の子供達はすでにアラフォー世代になって、中年のおばちゃん,おっちゃんになってし

まったけれど

ゴルバ、バチョフ、デイブの3頭のボルゾイと、三毛猫ラディンは、私達夫婦の追憶の中

で、やんちゃな子供のままです。


関連記事 http://blogs.yahoo.co.jp/nenbutu02/17744577.html ←クリック

最後に残ったデイブは平成10年7月15日夕方4時、女房一人に看取られて逝きました。

彼は生まれてまもなく僕の友人に貰われて幸せに暮らしていたのですが、その友人に大型犬が飼えない事情が出来て、4年ぶりに我が家へ帰ってきました。

デイブが亡くなり、葬儀,納骨を済ませ 元の飼い主である友人に手紙で知らせました。その手紙で以ってこのお話の終章と致します。


『 やっと梅雨が明けたと言うのに、蒸し暑い事です。

デイブの事は誠に残念で有りました。

犬としてかなり数奇な人生、モトエ,犬生をたどり、11年の齢を重ね、母ゴルバ9年、兄バチョフ10年より長く生きました。

屋外で生活する犬の平均寿命が10年と言いますから、先ずは天寿全うの部類。長の患いで苦しんだと言う事もなく、あっけなく逝きました。

 私も、もう大型犬と付き合うには、53歳と言う年齢でちょっとしんどい、母兄弟3頭仲良く墓に入れてやりました。この墓に、他のペットを葬る積りは有りません。

 墓は彼らの犬舎があった場所に穴を掘り会所枡を埋め、その上に遊歩道用の敷石を敷き、上に置いた御影石の墓標だけはプロに造ってもらいましたが、他は自分で造りました。

機会があればお参りしてやってください。

 落ち着いた、大人然たる性格でした。GOちゃん(友人=もとの飼い主)に矢張り似ていたのでしょう。バチョフは私に似て騒がしく、オチョコチョイで、ゴルバは我が女房殿に似て、中年女性の特性を全て持ち合わせたオバサンでした。

 人は平均78歳生きる事ができます、彼らの約8倍の人生ですが、今の世の中の移ろいは、特に商売、ビジネスの面だけ見れば、彼らと同じ10年寿命の感を受けます。

もう少し静かに時間が流れてくれれば、と思うのは初老の気弱でしょうか、或いは己が凡夫たるを恥じる事無く口にするのは、心貧しき者の美徳で有りましょうか。


3頭から教わった事。

愛があるからペットと暮らすのではなく、ペットと暮らす精神的有利さが、やがて彼らへの愛となる。

 デイブから教わった事。

黙々として主張せず、生涯の有り方全体で示される思想と言う物が有ると言う事。 であります。



  1998年7月31日 友引  ミハイル GO デイブ。納骨。合掌。

GO様

念仏鬼  』

イメージ 1

イメージ 2

1994年1月11日 私はハウスの引越しをしました。引越しに伴うセレモニーを、人間は「お葬式」と呼ぶそうです。

 引越しには理由が必要で、人間は「病気」とか「老衰」と呼ぶそうです。 私の場合「子宮蓄膿症」だそうです。

 引越し用の車を、人間は「霊柩車」と呼ぶそうです。 アートでも、松本でも、アリさんマークでもないのだそうな。

 引越し後は 土の中のハウスに移る、人間は土の中のハウスを「お墓」と呼ぶびます。 ハウスはお父さんが造ってくれて、お父さんのお父さんのハウス、もとい,お墓を造った石屋さんが 石碑を造り 花立てはサービスしてくれはった。  土の中のハウスの下には お母さんのお母さんが,写経した 般若真教 を敷いてくれました。 

 家族など、一部の人にしか姿は見えなくなるけど、足を使って空間移動する必要がなくなり,いきなりお父さんの運転するライトバンの助手席に座ったりすると

「ゴルバ!後ろの荷台に行きなさい、でないと シートベルトを付けなければいけないから。」

 お父さんの家へ来て間もないころ、お父さんとお母さんが 面白がって 私を助手席に座らせて シートベルトを付けさせられた。 窮屈だし,頭は天井に当たるし、対向車線を走ってきた人々は指を差して、笑い出したり,ビックリしたり。 もういやだ! リードを付けるだけでも嫌なのに! でもリードを付けるときは 大好きな お散歩 なので気にならない。

 新しいハウスで伸び伸びしていたのに、4年程経った12月16日、

「ゴルバ! 何処へ行ったんかと思ってたら こんな所に居たん? 」

「いャァ〜,バチョフ、あんた何しに来たのん!」

「僕な 毎日弟のデイブと走り回っててんけどな、3ヶ月ほど前から走れへん様になってん、それから歩けん様になってん、そのうち 立ってられん様になってしもてん。 始のうちは お母さんが週1回病院に連れてくれててんけど、寝たきりになってからは家で点滴してもろて、51キロ有った体重が33キロにまで落ちて、床ずれは出来るし しんどかってんで!。お父さんがな,病院の先生と話し合うて、今度の日曜日、M兵や,どらやんの家族も呼んで,僕の「お別れ会」をしてから 病院の先生が「安楽死」の処置をしてくれはる事に成っててんけど、それこそ 愁嘆場やん!、お父さんの涙は見たないし、鮎 まで泣き出したら いややしな。 神さんに一生懸命「引越しさせてくれ〜」と頼んだら 急に息が楽になって お母さんが心配そうな顔して 僕を覗き込みながら背中を摩ってくれてはってんけど、急に眠たくなり 目が覚めたら ぐうたらな格好で昼寝してるゴルバのお尻が目の前に現れたちゅう訳や。」

「あほくさ、なにが お尻が現れたや! いきなり現れたのは あんたの方やないの!。  そやけど、それは えらいこっちゃたんやなぁ、   着いといない、そぉうと お父さんと お母さんの様子 見に行きまひょ!」

 もう夜中で お母さんは 看病疲れで寝てはりましたが、お父さんは 私が引越しした時と同じく、バチョフの遺体と写真を前に 一人でウイスキーをロックで飲んではりました、ヘッドフォンで レイ,チャールズ 聞きながら。

「ゴルバってぇ!  お父さん、飲んだはるのは ロックやけど、聞いたはるのは ブルースや!」

「バチヨフのアホ!、 へたな洒落 いわんときよし。 帰ろうか、 そっとしておいてあげまひょやないか!。」

開く トラックバック(1)

イメージ 1

今日は朝からお母さんはお出かけで、日曜なのでお父さんは10時ごろから起き出して 庭の手作り池の 錦鯉(お父さんがそう言っているだけで、コメットと言う金魚です。金魚鉢よりは大きな池なので金魚さんも大きくなり 今では20センチ近くにまでデッカクなった。) 餌を与え、安楽椅子に寝そべって 持ち出してきたクーラーボックスの中から缶ビールと魚肉ソーセージを取り出して ちびちび やりださはりました。

 缶ビールはお父さんのもんやけど、魚肉ソーセージは私とバチョフの食材です、抗議の意味をこめて小さく「ワン!」と言いますと、お父さん一口齧っただけで皮を剥がして 私にくれました。

 500mlを2本 平らげてお父さん,また うとうとやりだしたので、つられて私もお父さんの足元で うとうとz,z,z〜



 初夏の陽指しを心地よく受けて どれ位寝ていた事でしょうか、

「こんにちは〜」と遠慮がちな声に2人とも起こされ門扉の方を見たお父さんが

「之は珍しい人がやって来た。 どうぞお入りなさい、野暮な鍵なんかは掛かって無いから。」

「ご無沙汰してます、近くまで来たもんですから 立ち寄って塀越しに見れば 気持ち良さそうに昼寝してはったので一言だけ声かけて 起きはらへんかったら そのまま帰ろうと思いましてん」

「帰られては 申し訳ない事をする所やった、まずはお茶代わりに。」

 と鰐三郎さんに缶ビールを一本渡すお父さん。  家の中に入り何種類かのチーズやチョコレートやレーズンを持ち出してきた。

「ところで鰐三郎さん、お見かけしたところ元気そうやけど、其の後 身体の方はどうですか?。」

 鰐三郎さん2年前に癌で胃の摘出手術を受け、昨年はまた腸閉塞で手術を受けはった事は 私もお父さんから聞いていた。元々小柄な鰐三郎さん、消化器系の病気ばかりで さらに痩せてしもて やつれて見える。[お元気そう]や言うのは お父さんのベンチャラですわ!。

「相も変わらずです、ご飯が少ししか食べれない分を ビールやお酒で補う明け暮れ、医者には止められてるねんけどね、」

「少量でカロリーの高い食べ物 選んで食べれば宜しい、チーズやチョコレートやレーズン、之全部鰐三郎さんに打って付けの付き出しですは!、僕も胃弱なので お豆腐、大根おろし、小魚、海草、噛まないで飲み込んでも消化出来る様な物ばかり食ってる。」 

 言いながらお父さん新たなビールを2本取り出し鰐三郎さんに1本渡した  余り進めん方がいいのに。

「社長は 姐さんが作ってくれはるさかい宜しいけど、僕は一人暮らしやさかい。 別れた嫁はんと2人の娘が近所で住んでるので、時々下の娘がオカズ作った言うて届けてくれますが、」

「息子のS君は 長いこと逢って無いけど、気張っとるのん?」   

 鰐三郎さんも息子のS君もお父さんの会社で働いたはったんですが、鰐三郎さんは病気で働けなくなった。息子のS君は お父さんの先輩筋の店を紹介してもろて修行したはるそうです。

「息子は2回目の手術の後に病院覗きよったきり、1年近く逢ってないのです。 子ずれの×壱と一緒に住んどるから 僕の方からも行きにくくて。どっちにしても出遭たら喧嘩ばっかりの親子ですから。」

「S君に一度 言って聞かせて置くさかい、」 

 それが切所で鰐三郎さん 立ち上がり

「お休みの所、突然お邪魔して ご馳走になりました、お暇致します、姐さんに宜しく仰っておいてください」

「いやいや、女房が留守で 何もお構いできず、申し訳ない」



 帰っていかはった鰐三郎さんが 座ってはった椅子の足元に車のキーらしき物を発見して、お父さんに見せたのは 鰐三郎さんが我が家を出て15分くらいたった後のことでした。

「おっと、之では鰐三郎さん家に帰れない、 しかしキー探しに戻ってもこないとは! 何故やろ?」

 お父さん慌てて鰐三郎さんに携帯を掛けるが 出ないらしいのです。

「予備のキーを持ってはったんやろか?」



 その夜 お父さんは息子のどらやんに電話して どらやんからS君に「 時々は鰐三郎さんと連絡を取り合うて体の調子も見舞ってやるように」伝えておくよう 話してはりました。



 2日後の火曜日、朝9時頃 お父さんの携帯に S君から電話掛かってきました。

「ご無沙汰してます、Sです。 社長! 親父が死にました。」

「えぇ!なんやてぇ いつの事や!。」

「日曜の夜、どらさん から電話もろて、一年近く親父と逢ってない事で説教されました。それで昨日1日中親父に電話していたのですが出ないので 今朝 仕事に行く前に親父の所へ立ち寄って、鍵はスペアーを預かっていたので 開けて入ったところ、布団のなかで死んでました。隣の人が町内の世話役さんと相談して警察も着ましたが、死後1週間は経過しているとの事で検視の為、遺骸を持っていきました。僕は伯父や、おふくろ、妹に連絡を入れ、お袋が社長さんにも知らせておかねばと言いますので、電話させてもらいました。」

「それは! また!。 S君,とりあえず 僕もこれから其方へ行くさかい!。」

「すみません、俺 何を,どこから,どないしたらよいのか、パニック状態で 済みません」



「ゴル、お前さん一昨日 鰐三郎さんが我が家に来たこと、お母さんか バチョに話したか?」

とのお父さんからの問いに 私はなが〜い首を横に振った。

「よし! 俺も誰にも言ってない、ゴルや、日曜の事は俺たちが夢を見ていたんや、なぁ、そうやろう!」

お父さんは手のひらにある 鰐三郎さんの車のキーを眺めながら私に言っているのか,独り言なのか。



 鰐三郎さんの遺骸は夕方に検視を終えて帰ってきたそうです。その日のうちのお通夜、翌日午前中の告別式、 お父さんは 古くからの仕事仲間にも声をかけ 一人でも多く お別れに参列してあげてほしいと連絡を入れ、翌日の葬儀は仕事の人も多いので お通夜終了後 大工仲間の人々だけでお父さんや,鰐三郎さん達の行き着けのスナックで2次会をしたそうです。

 御人好しで,頑固者,仲間思いだった鰐三郎さんの急死に驚きながらも 多くの人が集まりました。参列者同士が出会うの数年ぶりという人達もいて、

「ここは一つ、賑やかな 陽気な鰐三郎さんらしく 送ってあげようや無いですか。」

一時間ほどしてS君も顔を出し 皆さんにお礼を申し上げて 最後にお父さんのところえやってきた。

「社長、今日はほんまに有難うございました。ここに集まって下さった皆様のお陰で、やっと親父も成仏できますやろう、」

「いやいや、矢張り親子や、S君!よう見つけてあげたわ! 鰐三郎さん,息子に見つけてほしかってんで!。そう思うわ。  それはそうと この車のキー、大分前に内の家へ忘れて帰らはったんやけど 今となっては本人に返すことも出来ないので 君に返すわ」 と お父さんはS君に例のキーを渡しました。S君はしばらくそのキーを眺めていましたが。突然

「これ!古いキーですわ! 何時の頃に忘れて行きよったんですか?。2年前 親父が胃の手術して 退院した時 「退院祝い」や言うて、社長始め5,6人の人が親父にご馳走してくれはった帰り道 親父が一人相撲で交通事故起し 乗ってた古いベンツ、廃車にしましたでしょう。 後からそのベンツ見て 社長が ベンツやから怪我せんで済んだんや!ほかの車やったら 大怪我してるで!。言うたはりました、あのベンツのキーですわ!」

「そうやったんか! S君,もし要らんかったら、そのキー 俺にくれへんか? 鰐三郎さんの形見にしたいさかいにな!」



そんな訳で、お父さんは 今も Mercedes-benz と書かれたキーを 持っている。

イメージ 1

イメージ 2

「ゴルバ! ゴルバ!。昼寝してる場合と違うで、ほら 起きて! 早よう起きんかいな。お父さんがバーべキュウのコンロ引っ張りだしてるで〜。今日は焼肉や,焼肉〜う。」

「騒がしい男やねえ、バチョフは。 焼肉,言うだけで千切れるほど尻尾振り回して、ちょと静かにおしやす」

「そう言うゴルバかて なが〜い下あごの両脇から涎がタラタラやでー」

 失礼な!ロシア貴族の末裔たる私が涎など,はしたない、うん,ウン?、アラいやだバチョフの言うとうりだわ”でも こんな涎くらい 長い舌を ぺろぐるり と回せば取れる ぺろぐるり,アラいやだ また新たな涎が,,, ぺろぐるり、ぺろぐるり。



 大体バチョフときたら母親の私を捕まえて『ゴルバ』と呼ぶ、母親は私ではなく お母さんだと思い込んでいるの。私のことは姉どころか妹ぐらいにしか思っていないのです。    お母さんもお母さんで 毎日のご飯のとき 「バチョ君〜ごはんよー!」って、まずバチョフなんです。 私が先にご飯の前に現れようものなら「アラ〜 ゴルちゃんが先に来たの〜!」 だって。



 我が家の焼肉パーティは豪快です、ドラム缶を縦に二つ割して太い鉄筋で足を溶接したコンロに大きな金網を敷き まず網を馴染ませる為にバケツいっぱいのスジ肉を敷き詰め ボタボタと油が滴るスジ肉を火鋏でひっくり返し,十分に焼けたところで トロ箱に開け広げ冷ませたものが バチョフの言う私たち用の焼肉です。私たちの焼肉を冷ませている間に お父さん達用の肉が焼かれて、これが焼けてくるまで私たち用も お預けなのです、待ちきれないバチョフは 喰らいついて舌を火傷してお母さんにお水を貰って ゼイ,ゼイ と言っています、私は少し俯き「クッス,」と笑ってやったわ。



 今日は久しぶりに M兵(えむへい)とその旦那さん、娘の 鮎。 どらやん と そのお嫁さん。 お父さんファミリー全員そろいました。  お父さんビールが美味しそう。    宴たけなわの頃、M兵が 「そうそっ、おとん、家のベランダに屋根を取り付けてくれへんかぁ? 洗濯物が にわか雨に濡れへんようにしてほしいねん。」  すかさず旦那さんが 「お父さんかて忙しいのに,無理言うたらアカン!」とリハーサルどうりのたしなめ を言えば 小学校1年の 鮎 が「爺ちゃんにしてもろたらええやん、爺ちゃん,大工さんやで!、なぁ!ばあちゃん。」  お母さんは全て飲み込み顔で 「そうやねぇ〜」  鮎 さらに「爺ちゃんは大工さんの さ(社のつもり)長さんやで!なぁ!ばあちゃん。」  鮎 の追い討ち「酒飲み さちょう で有名なんやで!なぁ!ばあちゃん。」 

 お父さんビール噴出してしまいはったぁ〜!!!!。

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
nenbutuo2
nenbutuo2
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事