自分でやる!過払い金請求と借金返済。

取引履歴開示請求から過払金獲得までの軌跡

1995年 27歳の春

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1995年8月31日。

この日は自分が生きてきた中で忘れることが出来ない屈辱を味わった日だ。

この頃は忙しく夜中の2〜3時頃まで事務所で仕事していて、それからソファーで朝まで寝る習慣に

なっていたが、このところおかしなこと続きで緊張してその前の晩も寝疲れず、5時頃になって

「もういいや」と思い、ひとりで山下公園まで散歩に出かけた。

なんでこんなことになってしまったんだろう。思わず目から涙があふれ出ててきた。しかし、

「オレは絶対に屈しない!頑張りぬいてやる!」

朝日に向かって握りこぶしを作りながら、そう誓った。

そして、その日が始まった。

この日も朝から混沌とした営業所の雰囲気の中で、おかしなこと続きだったから、騙されまい、

事細かく証拠を残そうと思い、コピーなどを取って一部の隙もないように頑張っていた。

しかし、突然、中村が言いがかりをつけてきたので言い争いになり、彼女が泣き出した。

この彼女が泣くという行為自体が不自然でおかしなことなのだが、社長が呼び出され、

15分くらいで彼女がやってきた。


そもそもこの陰謀は社長が自ら企てたものなのか、それとも別の組織が自分を落としいれようとして

やっているものなのか・・・・

もしかしたら警察の陰謀か?

そう思うのは自分自身心当たりあるからだ。

と言うのも、事務所の周りは駐車場が少なく、自分はそのときアメリカから帰国してから

3年くらいだったので国際免許を更新して使っていたため、他の従業員の駐車禁止をかぶってたり

していた。

点数なんて関係ないだろうと本気で思っていた。

ある日、点数が20点くらいになっていて、その意味が分からなかったから、友人に言ったら

「お前それって免取だぜ!」

「でも国際免許だし、関係ないんじゃん。」

そんな感じで通してきた。

ただ、ここ2週間くらいやけに警察のパトカーを目にするようになっていた。


そして、社長からまず言われたことは、


社長:「お前、最近おかしいよ。おかしすぎる。」

自分:「おかしいのは自分じゃない。周りがおかしいんですよ。」

社長:「みんなそういうふうに言ってるぞ。お前の様子がおかしいって・・・」


それから、自分自身の借金のことも言われ、


社長:「お前が借金があるってことは知ってたが、自分以外の名前で借金してるのか?」


その社長のひと言でピンときた。

自分のクレジットカードの明細がある分けないところにあったのはこの人の仕業だったと

言うことを・・・・

そして、そのカードが家族会員になっていて、明細書は父親の名前で毎月送られてきていたのだ。

当然、他の人がその明細を目にしたら、親の名前でお金を借りていると思われてしまう。


自分:「そんなことしてません。なぜ、社長がそのようなことを言うか分かりません。もしかして

このカードの事ですか?これは見てのとおり自分のカードです。ただ、明細は親の名前で来ますよ。」


しかし、社長は次にまたわけの分からないことを言いはじめた。


社長:「最近、集金してきたお金も紛失しそうじゃないか?」

自分:「それは見つかりましたって中村に言ったはずです。」

社長:「会社のお金を使い込んでるって事もないだろうな。」

自分:「ありません!」


ここまで来ると自分自身情けなくなってきて、涙が出てきた。


自分:「そのような疑いをかけられるのは心外です。自分がこの会社のためにどれほど頑張ってきたか

社長には理解していただけないのでしょうか?」

社長:「・・・・・・」


だんだんわかってきた。おそらくこの社長、自分を辞めさせなければならない状況になってきて

ここ2週間血眼になってあら捜しをしてきたことを・・・・・

そして、そのおおもとは藤田社長ではないかと・・・


しかし、そのときの自分は、信じていた人(藤田夫人)に裏切られ、気が動転していて、

悔しさと言うよりも、得体の知れない何かによって心が金縛り状態になってしまっていた。


自分:「そこまでおっしゃるのでしたら、もうこの会社にはいられないですね。非常に残念で

なりませんが今日限りでやめさせていただきます。」


そう言って、泣く泣く自分の机の中にあるすべての私物を段ボール箱に入れて、おまけに自分の

パソコンの中にある会社のファイルもすべてその場で消去して会社を後にした。

そして、社長の妹夫婦宅の私物を車に乗せられるだけ乗せて自宅へと向かった。

新たな体制になって1ヶ月余り、真夏の太陽が降り注ぐ8月になっていた。

そろそろ次の展開を考え始める時期が来ていた。市場への卸である。これが成功すれば、スーパー

チェーンやデパートの食品売り場への進出も見えはじめる。

鈴木部長と話し合い、彼の知り合いで横浜の青果市場で働いている人物と会う約束を取り付けた。

そして、納品場所や納品日のきっちりとした打合せを行う予定で当日市場へ行ったが、話がどうも

おかしい。すべてがあいまいなのである。

「運んできた時に言ってくれれば、場所などを指定しますから・・・」

なんか話が変だったが、その日の話し合いは終わり、社長に報告する事に・・・

だが、自分が社長に報告した内容が、鈴木部長のものと大きく異なっていた。

彼は納品日や納品場所はキッチリ指定されているという事など、事細かく社長に報告したのだ。

何言ってんだこいつ・・・

一瞬信じられないという思いだったが、社長から自分に対して

「お前の方が、どうかしてんじゃないか?」

と言われたので、市場での出来事を説明したのだが、どう考えても鈴木部長の話の方が理に

叶っていて反論のしようがなかった。

「くそ!鈴木部長にはめられたのか・・・・」


それからと言うもの、朝の事務所内での雰囲気がどうもおかしいのだ。

営業の部下たちがあまり自分の言う事を聞かなくなり、営業所内の雰囲気がめちゃくちゃになって

いった。

もっとおかしい事が起こった。机の中にキッチリしまっていたはずの自分のクレジットカードの明細が

あるはずがない車のトランクの中から出てきたり・・・・

事務所の前に止めてあった車が、誰が移動したのかキーは会社に置いたまま、近くの立体駐車場に

止まってたり・・・

集金したお金がその夜営業所内どこ探しても見つからず、翌日ソファーの脇においてあったり・・・

何がなんだかわからなくなってきた。

中でも、一番ショックだったのが、今までは自分の指示に忠実に従ってくれて信頼していた事務員の

中村が口答えばかりして、自分のことに一切従わなくなってしまったことだ。

どうして?なんで?すべてが壊れてゆく・・・・

営業の朝礼が始まると同時に、この混沌とした状態が1週間以上続いた。


次第に、営業所内だけでなく、自分の周りで奇妙な事が起こり始めた。

自分が日曜日事務所の近くのコンビニに入った時、自転車に乗った見知らぬ中年の男が窓の外で自分を

ちらちら見ていることに気がついた。

当時、仕事が忙しく事務所から車で10分くらいのとこの社長の妹夫婦宅に間借りしていたのだが、

夕方になり、その近くのスーパーに買い物に行った時、その中年の男が自分の前を通り過ぎるのを

見かけたのだ。偶然か?それとも誰かに頼まれ自分を監視しているのか?

その中年男だけではなかった。自分がレストランで食事しているとき、

「こいつさっき絶対石川町駅にいたし、さっき寄ったコンビニにもいたよな〜」とか、そごうで買い物

をしているとき、あるカップルがずっと自分の行くと所行く所に現れるので、

「これって絶対偶然なんかじゃない!」と思って、逆にそのカップルを追ったが10分後、トイレ

に入ったのを待っていたら、出口がもう一箇所あり、そちらから出たらしく見失ってしまった。


夜、事務所で1人で仕事しているときも、誰かに監視されたいると言う思いが消えなかった。

「誰かが自分を排除しようとしている。」

「鈴木部長かそれとも社長か?」

「社長じゃないだろう。だって自分自身こんなに頑張っているんだ。こんなひどい事するはずがない!」

精神的におかしくなりそう(もうすでにおかしくなっていたかもしれない)で、眠れない日々が続いた。

(第1〜4話 リスト http://blogs.yahoo.co.jp/neofields/folder/950893.html?m=l

一度乗りかかった船、途中で降りるわけ行かない。

夏美との別れに納得がいかなかったが今は前に進むしかない。そして唯一仕事が忘れさせてくれる

という思いで、その日からがむしゃらに仕事を始めた。会社も1週間のうち3日から4日は

事務所に寝泊まりして、昼間営業で忙しくて出来ない経理処理などをしていた。


顧客数は順調に増え、今後は自分自身総務の方を中心にやって行きたかったので、社長に(もはや自分の

社長は藤田夫人になっていた)その事を相談したところ、今度は正社員を募集することにして、その中

から営業部長候補を選ぶことにした。

そして4名の正社員の採用が決まり、そのうち1人、鈴木という者を経験から部長代理として営業の

取りまとめをしてもらうことにした。

鈴木は当時38歳。営業職を10年以上経験した後、家業のエレベーターメンテナンスを2年くらい

経験したが、父親の引退と共に廃業し、その後消費者金融のW社に2年間勤め当時に至っていた。

自分も顧客が増えて配達等で支障が出始めていたので焦っていて、営業のまとめ役の人事選出を急いで

しまったが、この安易な決定が後々とんでもない弊害をもたらす結果となってしまった。


夏美と別れ1ヶ月が過ぎた頃、突然彼女から連絡が事務所にあった。

もう一度、やり直したい。会って欲しいという内容だった。

しかし、今彼女と会うのは非常にまずいと思った。藤田夫人(自分の社長)は、すでに旦那である

藤田社長にはキムチ卸のビジネスの話はしていたが、自分が関わっていることは未だ内緒のままだ。

ここで、彼女に会ったりして自分の事が藤田社長の耳に入ってしまう事はなんとしても避けなければ

ならなかった。会いたい気持ちをぐっとこらえて、

「ごめん。今は会えない。少し状況が落ち着いてから会おうよ。」

とだけ伝えて、電話の受話器を置いた。

この藤田社長への断りに納得がいかなかったのが、夏美である。

「どういうこと!社長の話、断るなんて信じられない。克哉の借金まで立替えてくれると言った

人に恩を仇で返すようなものじゃない!克哉が島に行かないなら、私、社長に申し訳が立たないから、

克哉と別れるから!」


この頃、夏美との関係も自分自身心のどこかで「終わりにしたい」と思っていたのかもしれない。

彼女の束縛に耐え切れないと言う思いがあったからだ。

彼女にとって自分が初めての恋人だった。

この2年間楽しい思い出もあったが、けんかも多かった。3日に一度会って1週間に一度けんか

している感じだった。そのたびに彼女の泣き顔を見るのが嫌だった。付き合った当初は「すまない」

と言う反省の気持ちがあってすぐに仲直りして、そのことがまたお互いを惹きつけ合っていたり

したけど、2年も経つといい加減その泣き顔見るのが辛くなっていた。

「彼女を泣かしてばかりいるのは自分が悪いばかりではない。」

「お互い性格が合わないだけなんだ。」

そんな言い訳を正当化している自分がいた。


彼女はもともと内気であまり外に出ないタイプ。男友達もいないので、男の気持ちもあまり

理解してくれない。彼女にとって見れば異性との関係イコール恋人であった。

自分がホテルで働いていた頃、良く仕事で遅くなってしまい、一緒に上がった女の子が終電が

なくなってしまったから、いつもだったら他の仲間と朝までカラオケタイムだったが、その日は

たまたまマイカー出勤だったので、家まで車で送ってあげたことを言ったら、

「そんなこと絶対にダメ!」

と大泣きして大変だった。

そういうことが度重なり、自分の方からある日別れを切り出した。

「夏美の泣き顔見るの辛いから・・・」

と。


しかし、彼女と会わなくなって1ヵ月後、突然電話があり、

「もう一度やり直したい。とにかく今すぐ会って欲しい!」

はじめは断ったが、どうしてもと言うから会ってしまった。

「もう私、克哉のことで泣いたりしないから、もっと強くなるから、一緒にいて欲しい。」

そんなことを半べそをかきながら言う彼女を見て意地らしくなり、そっと抱きしめた。

それが、その時から遡ること半年前だった。


それから、彼女は彼女なりに男友達を作って自分の気持ちを理解しようとしていたことも事実である。

自分と離れていた1ヶ月間、幼馴染の男の子に誘われて合コンパーティーも行ったとの事。

そこで知り合った男と仲良くなり食事したりドライブとかもした事など、いちいち自分に言ってくる。

彼女は誠実で素直で正直だ。でも独占欲が強くヒステリックだ。そういう女性といると意気投合した

時はいきおい良く燃え上がりすごく楽しいのだが、ずっと一緒にいるとこっちの気持ちが落ち着かない。


あまりバカ正直にその男のことを言うもんだから、

「そんなことまで正直にいちいち報告しなくてもいいんだよ。」

と、彼女に言った。


で、話は元に戻るが、

「私、社長に申し訳立たないから、克哉と別れるから!」

と彼女から切り出した。

今の自分の置かれた状況を彼女に理解してもらおうと彼女を説得したが、彼女にとって見れば、

社長の夫人ともほとんど会ったことがないし、10歳以上自分より年上とはいえ女だし、まして

自分の尊敬する社長に内緒でビジネスをしていることが、どうしても納得がいかない様子だった。

「克哉とこのまま付き合ってても、いつかは別れることになるから、今、別れよう」

と、彼女が言った。

今までの流れだと自分自身すぐに受け入れられることかもしれない。

でも、なぜかこの別れ方には納得がいかなかった。

なぜだろう。

ロイヤルホストでの話し合いは深夜まで続いたが、結局彼女と別れることになった。

前回までのストーリー ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/neofields/14036191.html?p=1&pm=l


まずは、営業先としてラーメン屋を手当たり次第飛び込んで行った。

自分にとって初めての営業という仕事だったので、最初は店に入ることに抵抗があったが、

すぐに慣れてきて、まずは何とか試食してもらうことを目標に頑張った。

通常、飛込み営業なんて、商品の種類にもよるけど、100件に1件話を聞いてくれればいい方で、

まして契約なんか1000件に1件だ。

でも、大体5件に1件くらい試食してくれるし、10件も回れば1件くらい契約に至ってしまった。

まあ、契約といっても「じゃあ、とりあえず明日3kg持ってきて!」

くらいの乗りだったけど、キムチが美味しかった事も幸いし(ここが一番大切なところ)、

値段も手ごろでだったので、3人の営業で瞬く間に50件くらいの契約をわずか1ヶ月で

取ってしまった。


ただ自分は所詮一時的に立ち上げを手伝っているに過ぎないという自覚があったので、そろそろ

藤田夫人を通して他の営業に引き継ごうと思っていた。


だが、突然藤田社長から連絡があり、自分が行く予定になっていた島の工事現場で死亡事故が

起きてしまい、今バタバタしているから、もう少し先に延ばしてくれないかという連絡があった。

仕方ないので、もう少しキムチの仕事を手伝うことにした。


それから3週間くらい経って、夏美から連絡があり、

「もうすぐ島での事故がひと段落するから、来週あたり行く準備しといてと社長から言われたよ。」

との事。

ただ、藤田夫人の方から出来ればこのまま主人には内緒で、自分中心でキムチの仕事を続けて欲しい

と言う依頼があった。

その時期キムチの発注は毎日20件くらいになっていて、効率よく配達するルートとかを決めたり、

商品数、在庫数、資金等もPCソフトで当初主流だったロータス123をフルに使って管理していた

のもすべて自分だったため、抜けるに抜けられない状況になっていた。

経営なんか全くの未経験でド素人だったで、いろいろやらなければならないことが溜まり

週に3日くらい事務所に寝泊りする日々だった。


結局、藤田社長には申し訳なかったが、

「他にやりたいことが見つかったので今回の話はなかったことにしてください。」

と、断ってしまった。

でも、このときの判断がその後の自分の運命にどれほど大きくかかわってくるかということを、

そのときは全く分からなかった。

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