自分でやる!過払い金請求と借金返済。

取引履歴開示請求から過払金獲得までの軌跡

徒然日記

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つれづれなるまま〜に、書いてます。
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走り出してます!

6月くらいから、ストレスで精神的に追い込まれる日々が続いており、

何か事を起そうとしてもなかなか気持ち的に踏み切れなかった自分でしたが、

最近、以前の自分に復活しつつあります。

8月頃どうしても耐え切れなくて心療内科からもらった薬(抗鬱剤と

精神安定剤)も飲んでいましたが、2週間前にそれもやめ、

「ああ〜やらなきゃ」と言う自分から

「よし!やろう。」という前向きな自分に変わっているのがわかります。

気分が落ち込んでいるときは、すべての物事の矛先が自分の方に向いて

いる気がしてました。

今は、自分から光を放てる存在になろうと思えるようになってます。

「不調なとき、無理にそこから抜け出そうと思わなくていい。」

人生、調子の悪いときもあります。

あふれるような元気があるときと、まったく元気が出ないときが、誰でもあるものです。それが自然の摂理というものです。

では、何ごともうまくいかないとき、やることなすことすべて裏目に出てしまうとき、どうすればいいかといえば、ただ待つしかないと思います。

いまは潮が引いているけど、やがてまた潮が満ちてくるときがあるのです。その周期を待つのです。

人生の時間というものは、あるいは人間の周期というものは、いつも変化しているものです。いままでまったくうまくいかなかったことが、15分後に急にうまくいくようになったりするものです。不調だったものが、急に好調に移行したりするのです。

引いた潮はふたたび満ちてくるのです。真っ暗な夜の次にはかならず新しい朝がくるのです。ドン底だったものはやがて上昇してくるのです。

自然はいつも変化していて、そのなかで生かされているわれわれ人間も、常に変化しているのです。きのうの自分とあしたの自分は、もう違うのです。

(中略)

そういうことを知っていれば、必要以上にいまの不調を悩むこともないのです。(「壁をぶち破る」最強の言葉 桜井章一 著 より)

3ヶ月前どんなに救われたかわかりません、この言葉に・・・

自分の尊敬する人のひとりが、3年位前まで良く飲みに連れて行ってもらった西村(仮名)さんだ。

当時、彼には完成した住宅の外構工事とかを頼んでいた。もともとリフォームの営業マンだった

彼は15年位前に自分自ら会社を立ち上げ細々ながら頑張っていた。でも、お客さんからもらった売上を

ほとんどのみ代に使ってしまうので、いつもお金がなかった。

下請け業者とかに結構借金があったらしいけど、そんなことどうでもよさそうなある意味で太っ腹のひと

でした。

いつも週末になると、電話がかかってきて、「どうだい?一緒にのみ行くか?」と誘ってくる。

飲み屋でもいつも陽気で明るく、スナックのママたちにも慕われていた。

自分と知り合った7年前には既に60歳を超えていたけど、年の割りにベレー帽とかかぶったりして、

服もお洒落に決めていた。そして見かけだけでなく、とにかく話をしていても面白いし、人を

惹きつける才能は、ずば抜けていて、営業マンの自分にとってもとても魅力的な人だった。

飲み屋に年が若い女の子がいるときは、それ相応の楽しい話も出来るし、下ネタの話とかも、

西村さんが言うと何か他の人と違って下品じゃないし、それもまた楽しい話に変わってしまう。

自分との年の差は30歳以上あったけど、一緒に飲みに行くのが本当に楽しみだった。


ただ、お金には忙しい人で、通常だったら100万円以下の仕事だったら、着手金として1割、

中間金として5割、完成引渡し時の残金として4割ずつの支払いだったけど、西村さんにお願いすると

決まって最初に半分くらい要求してくる。材料を仕入れるお金がないし、仕入先にも借金があるから

まとまったお金を払わないと材料も買えないからだ。

そんなわけで、本当に人手が足りないときを除いてあまり仕事も頼めなかった。


西村さんとの付き合いも4年くらい続いたけど、ある日「この人、すごい!」と思ったことがあった。

いつもお金がないにもかかわらず、一緒に飲みに行った時は必ず飲み代を払ってくれていた。

でも、さすがにいつもいつもお世話になりっぱなしじゃ悪いから、新しくオープンした、そんなに高く

ないけど、カウンター越しに超美人なママとその他2〜3人の女の子がいる、カラオケ&バーに

招待した。

初めは「すまないねぇ〜」と言いながらも、西村さん日本酒をぐいぐい行ってしまい、2時間くらい

経って結構酔っ払ってしまったみたいで、「そろそろオレ失礼するから」と言って帰ってしまった。

自分はその後1時間くらいしてから「おあいそ」といって帰ろうとしたら、ママから

「8000円ですけど・・・・さっきの方から1万円預かったから、おつり2000円です。」

って言われてびっくり。

このときばかりは、自分に払わすわけにはいかないという、西村さんの男気を感じました。

そして、たぶんそれが彼と一緒に飲んだ最後の夜だったと思います。



彼は借金ばかりでお金はなかったけど、本当に人を楽しませ笑わせることに関しては、最高の

術を持つ人でした。本当に心が豊かじゃないと出来ないことですね。一度きりの人生を借金なんかに

押しつぶされず、本当に一生懸命に楽しくおかしく(変な言い方ですね)生きていました。


今は、3年前に独立してリフォーム業を立ち上げた彼の息子さんと良く飲みに行ってます。

噂によると親父さん(西村さん)は、もう引退して今は市営の温泉付きの健康センターで

毎日朝から入り浸って、同年代の男仲間のじいさんと将棋でかけして儲けて、おばあちゃんからは

毎日弁当を作ってきてもらってるそうです。自分のファンクラブとか出来たりして、本当に楽しく

過ごしているそうです。

そして、たまに70歳以上限定の合コンとかも実施して、堅物で生きてきたためにどうも話が

つまらないおじいちゃん相手に「女に好かれるための男の魅力」を伝授してるそうです。

2年ぶりの再会

3月18日のブログで紹介した話はフィクションでしたが、ある話が元になってます。

http://blogs.yahoo.co.jp/neofields/15859358.html?p=1&pm=l

2浪の末、大学受験に失敗した自分は、半年間自活生活をしていましたが、高校に入ってから

5年間必死に勉強していたのにどうしても諦めきれず、親に土下座して留学させてもらいました。

21歳の10月から3年間、アメリカのウィスコンシン州ミルウォーキーへ行ってました。

そこで出会った彼女、美紀との交際はわずか3ヶ月で終わってしまいました。

彼女曰く「自分にはどうしても諦めきれない夢があるから、叶うかわからないけど、もう一度

日本に帰ってチャレンジしてみるから・・・」

という言葉を残して、帰国してしまいました。それから手紙が一度来たきりで、その後はどうなった

かはわかりませんでした。

それから1年後に自分も3年ぶりに帰国し、さらに1年経ったある日、突然彼女から手紙が

来ました。

彼女がどんな仕事に付いたかはわかりませんでしたが、香港に拠点を置く会社に就職して

海外出張とかでロサンゼルスに良く行くって言ってました。

自分もその頃個人輸入貿易の仕事を始めたばかりで、ロスには2〜3ヶ月に一度行ってました。

それなら、再び今度はお互い友達としてロスで一度会おうと言うことになり、ロサンゼルス国際空港

(通称LAX)で、待ち合わせすることになりました。

LAXのARRIVAL(到着ロビー)で自分が見た彼女は、なんと香港の航空会社キャセイパシフィック

航空のフライトアテンダント(スチュワーデス)になっていました。

明るい赤の制服と赤と白のストライプのリボンが良く似合ってました。

それから、食事したりレンタカーでドライブしたりして楽しいひとときを過ごしました。

しかし、ちょっとしたこと(今ではどんなことかはっきり記憶してません)でけんかをしてしまい、

けんか別れになってしまいました。

次の日、自分は仕事でサンタバーバラに行かなければならなかったし、彼女には会わずじまいでした。

それからさらに2年後再び彼女から手紙が来ました。

「お久しぶりです。(云々・・・・・) あの時は怒ったりしてごめんなさい。私自身すごく

大人気なかったです。(云々・・・・・)」

そして最後に・・・

「ところで私は来月、結婚します。」

で終わってました。(「それを先に言え!」って感じです。)

それから半年位して一度だけ電話で彼女と話しました。

「名古屋に来る機会があったら、うちの旦那紹介するから・・・」

という言葉を最後に聞いてから、既に12年と2ヶ月の月日が流れました。

今頃どうしてるのかな・・・・?

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先日、春休みで家に帰ってきていた息子を東京駅に送りに行ったとき、

久々に新横浜の新ラーメン博物館へ行きました。

いつから「新」になったか不明ですが、5年ぶりくらいですかね。

そのときは、ガチンコ!ラーメン道で佐野さんの支那そばやがオープンしたばかりでした。

当時いっぱいで入れなかったので、今回ばかりはと思い立ち寄りました。

基本的に醤油味ですが、特別に塩味があったのでそれにしました。とてもまろやかで

塩のしょっぱ味がほとんどなく美味しかったです。


自分は基本的にとんこつ醤油が好きですが、たまには塩も食べます。

一番好きなラーメンは水戸にある横浜家系(いえけい)ラーメン系列の匠家ですね。

ラーメン博物館にも出店していた六角家からの流れの暖簾わけで、最高に美味しいです。

この家系ラーメンのおおもとは、現在横浜西口にお店を構える「吉村家」です。

吉村家の御主人が数年前に3億円で買った自社ビルの1階にあります。

吉村家の発祥の地は、横浜の新杉田駅近くの国道16号と平行に伸びる産業道路沿いでした。

店はボロボロで、フロアもコンクリートをただ流し込んだだけでぼこぼこで椅子が

安定しないようなところでした。でもお客さんは入ってましたね〜ぇ。

12年前にキムチの営業に行ったところ「おととい来やがれ!」と丁寧にお断りを

受けました。

本当に気合の入ってるおやじさんです。


家系ラーメンの特徴はスープは超まろやかなとんこつ醤油、麺は太麺、トッピングとして

チャーシュー、ほうれん草、のりなど、追加トッピングで味付け玉子などなど。

追加トッピングでのりを注文すると通常は3枚なのが、のりがラーメンの器をぐるりと

一周するように出てくる。

こののりをスープに沈めてたっぷりスープをしみこめせて食べると超々美味しい!


実家が横須賀なので、帰ると途中やこっちに戻ってくる途中に必ず横浜にある家系ラーメン

のどこかに立ち寄ります。

今年の正月は元々磯子駅の国道16号沿いの店からの2号店で関内にある壱六家に行きました。

やっぱり、美味しかったです。


今現在住んでいるところには、あまり美味しいラーメン屋さんがないのが非常に悲しいです。

あ〜、ラーメン食べたくなってきちゃいました・・・・。

「なんで!! 私3年も待てないから!」

「だって仕方ないだろ。仕事なんだから。」

今日、会社からニューヨークへの転勤の辞令を克年は知らされたのだ。

泣きじゃくる美紀に対して克年は、

「もっと、大人になれよ、美紀! 俺もニューヨークで自分を磨いてくるからさぁ!

このまま俺たち結婚しても・・・」

「私は、今のままの克年のことが好き。絶対一緒じゃなきゃいやだから!!」


1ヵ月後、成田空港にて克年がまだ乗って1年足らずのスカイラインクーペ350GTのトランクから

大きなフライトケースを取り出すと、涙を浮かべる美紀に車のキーを差し出して、

「2年くらい先になるけど、俺が帰国するまでこいつを預かっていてくれないか?」と言った。


そして2年後・・・

成田空港第2ターミナルの到着ロビーを出た克年は、見覚えのあるスカイラインとその横に立つ、

1人のJALのスチュワーデスの姿を目にしたのだ。

「美紀、お、お前・・・」

「見ての通りよ!」

そして克年に車のキーを渡すと一言、

「今度はあなたがお留守番よ!よろしくね!」

美紀はその日のフライトでロサンゼルスへ飛び立って行った。

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