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沖縄は、沖縄県民でも知らないいろんな顔があります。 あの陽気さや楽園のような風景とは似つかわしくない、実に不幸が重なった島国なんだと思うのです。 そして、それを他県民が知った顔で話すのも、軽々しいと思われるのではないかと、気を使ってしまうのです。 でも、この著者が講演でこう言ってたそうです。 大江健三郎や筑紫哲也に代表されるヤマトの進歩的文化人たちが、沖縄に“怒られに行く”という、うんざりする構図は、もういい加減にした方がいい。そろそろ沖縄自身が“被害者意識”の桎梏から解放されてもいい時期ではないのか。そうでなければ、いまや沖縄観光のメッカとなっている『ひめゆりの塔』も、靖国化の道を辿るだけである この言葉で、ワタシは今一度、沖縄についてブログに綴ってみようかと言う気になりました。 生前の筑紫さんが、毎年沖縄からニュースの中継をしている番組は見ておりました。 そして、沖縄に対して思いやりに満ち、見る者を深く考えさせるような、筑紫さんの言葉に深く感銘を受けておりました。 そのような心持ちでなければ、ここ(沖縄)では暮らせないのだと、何か沖縄と言う土地で過ごすには、厳しい『流儀』が必要なのだと、何故かそんな思いに苛まれ、常にピリピリと過ごしておりました。 そんな毎日が辛くて、何も前向きに考えられない状態が耐えられなくて、本当に何度逃げ出したくなったことか。 そんな弱気を振り切る為に、開設したブログでした。 何が辛いって。 自分が、このワタシ自身が、沖縄に何をしたか? 何もしたつもりはないのに、この地に暮らすというだけで、見ず知らずの沖縄県民に反省を強いられるのです。 戦争の責任を。薩摩藩の侵攻。内地企業の沖縄進出。 小言のように聞かされて、「沖縄には何しに来た?」「どうせすぐ帰るんだろう?」「沖縄では何がしたいんだ?」・・・興味を持たれるのは分かるのだが、必ずと言っていいほど誰もが同じ事を聞いてくる。 確かに、わずか3年で帰郷してきたワタシですが。 (沖縄を知らずして、家財道具も仕事も生まれ故郷に置き去りに、容易く沖縄入りをしたからだ)と、反省すること仕切り。 ただの辛い経験と成り下がった沖縄生活を、忘れようとするかのように仕事に打ち込んだ昨年でした。 でも、お正月に読んだ佐野氏のこの本。 もっと早くに出会いたかった一冊でした。(とは言え、2008年9月の出版) 佐野氏はこうも言っておりました。 大江、筑紫的視点だけでは、沖縄の持つ奥深さや魅力を十分表現できない。戦争の悲惨さ、暗さばかりが強調されがちだったが、逆に取材現場で出会ったのは…。 「笑いの連続だった。笑った後、その後にしみじみ考えさせられる。沖縄は圧倒的な存在感があるが、独特の笑いというものが活字になった試しがない。えも言われぬ笑いであり、笑った後に伝わってくる薄気味悪さ、底深さがある。沖縄に対するある種の遠慮が内地人の目を曇らせてきた」 1972年に本土復帰してからも戦後一貫して“被害者の島”として語られてきた沖縄。だが、1953年に本土復帰した奄美諸島の人々には、差別をしていた時期がある。事件を報じる新聞も「ピストル男は大島生まれの脱獄囚」というように、わざとそれを強調した見出しをつけていた。 「奄美に対する差別はすさまじいものだった。土地は買えない、選挙権はない、銀行は金を貸さない、人間ではないという扱いだった。沖縄では基地と反戦が最大の産業になってしまった。被害者の島ということを既得権益化し、それは、生活に組み込まれている。奄美で差別を受けた人は今は80歳くらい。今、書き留めておかないと“なかったこと”になりかねない」 「遠慮」こそ、ワタシが沖縄で最後まで不自由さを感じることになった心の痞えであり、問題として持ち帰ってきてしまった「問題」なのです。 漠然とした沖縄と言う佇まいに対し、単なる楽園だと思い込んでいた自分の無知さ、そこに軽々しく住もうと考えた事の無神経さを、誰に詫びる事も出来ずに、ただ反省し、小さくなりながら暮らさせていただく・・・「遠慮」してしまうのです。 何も知らないからこそ、遠慮の仕方も分からず、遠慮の必要性も方向性も見出せないまま、ただただ気持ちばかりが萎縮してしまい、避けること、見ぬ振り、気づかぬ振り、知ったかぶりの繰り返し・・・。 沖縄の真の姿を知ることが、最善策と思うのです。 ですが、沖縄の真の姿を、知っている沖縄人も、そう多くはないのではないか?と、今では思います。 知られていない沖縄の姿。 琉球王国・戦世(いくさ〜ゆ)・アメリカ世(あめりか〜ゆ)・大和世と、全く異なる文化の波に翻弄された小さな島国を、ワタシは今度は下手な遠慮をせずに、正面から向き合えるよう、知っていきたいと思っております。
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あけましておめでとうございます。ご無沙汰してます。
遠慮・・・ですかぁ。
私の場合は大学進学からの移住だったので、そういった感情は少ないですね。
まぁ、私の実家も島なので、先住の人の感覚がわからないでもありませんが・・・。
私の場合は「相手に敬意は払っても、遠慮する必要はない」・・・と思いますよ。
どんな場所でも先住の人とそうでない人がいて、人にもずっと留まる人もいれば定期的に移る人もいる・・・。
人の世界って、いろんな人がそれぞれ思うように生きてきた結果の世界なんだと思います。
戦争にしろ宗教や習慣などなど・・・人が移り住む際に障害になるものって、結局人間によって作り出されてるものなんですよねぇ・・・。
お互い一人の人間としてつきあっていければいいのに・・・そう思います。
2009/1/6(火) 午後 11:31
あるとサン>こちらこそ、今年も宜しくお願いいたします!(^0^)v
随分とご無沙汰しておりました。
帰省後二度目の冬・・・、今年は雪が少ないのですが、寒さは厳しい〜っ(>_<)
遠慮。
そうですよね。お互い一人の人間として付き合えればいい。ホントそう思います。それに、そんなお付き合いが出来た人とは、今でも連絡取り合っております(^-^)ムスメも、月に何度かの電話と、手紙で沖縄の友達と遣り取りしております(^-^)
そのような反面、ウチナー、ナイチャーと言った沖縄独特の価値観が、外部のものを困惑させる現実もある。戦争とか、先住とか、どこにでもあるような感情に加え、歴史や文化の持つ特異性、地理的な閉鎖性、宗教観・・・と、海外並みに異文化要素が高い場所なんだと、あまり本土には知られていないといった事もあるのかなぁ〜。
また、後日記事として触れてみます。(^-^)また是非コメント下さい!
2009/1/7(水) 午前 0:13
脳天気論なんだけど、みんな、相手の立場にたって考えられたら、世界中の問題が、かなり解決するんじゃないかと思うんですよ、いつも。
子どもの頃、読んだ本に「人間はよく間違いをしでかす。そのほとんどは、自分の側からしか物事をみないからだ」と書いてあったのを今でも覚えています。
なかなか、実践はできないけれど、この言葉はずっと忘れないでいたいなと思います。
2009/1/7(水) 午前 11:10
空音サン>ホントにそうですよネ(^-^)
地元に戻ってきて、沖縄のニュースは一週間に一度見るか見ないか、といった状態デス。
あんなに連日騒がれていた辺野古基地移設問題も、泡瀬干潟埋め立て問題も、嘉手納基地騒音問題も、何一つ全国ニュースで毎日取り上げている様子はありません。
内地側は、沖縄の問題には触れる機会も少なくて、知らずに関心が希薄になってしまうのです。それに加え、沖縄側は内地がどのような状況にあるかなんて問題にはしてません。どんな状況であろうと、無関心でいることに失望し、そして被害者である沖縄を突きつけます。日本の唯一の地上戦の場となり、罪も無き非武装の犠牲者を大勢出したその悲しみを。こんな重大な問題を周知することに、大きなズレと温度差があるという事が最大の問題なのだと思います。
2009/1/7(水) 午後 11:22