◆OKINAWAを振り返る◆

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まだまだ知らない所だらけの日本。

自分の生まれ育った北海道すら、行った事ない場所はたくさんあります。


映画やテレビ番組で見知った他府県、その名所や町並みに触れてみたく、これから時間を掛けてでも、主人と追々訪れてみたいと思っている次第です。


きっと、どんなに時間を掛けても、日本の全ての都道府県を訪れるなんて無理なのかもしれません。

むしろ、行った事無い場所の方が多いまま、一生を終える人だって少なくないと思います。


でも、その少ない旅の中に、沖縄は割りと多く含まれていたりするのかなぁ・・・と思ったり。

私の周りでも、沖縄に旅行した経験がある方が結構おります。

そして、そういう方は何度も何度も訪れ、俗に言うリピーターだったりします。


年間約500万人もの観光客を受け入れている沖縄ですが、その全ての方々が、真の沖縄の姿を熟知し、問題に関しても理解を持ち、更に問題解決の手立てになっていてくれているのか? 


きっと、私が体験したように、親しくなった何人かの内地人に対し、草の根運動的に、自分のおじぃおばぁが辿った、戦争の悲惨な体験から戦後の復興までの話を聞かせるに止まっているように思います。


まして、観光目的の方たちが、沖縄の深刻な問題を気にしながら滞在されるでしょうか?


おそらく沖縄を訪れようと思う人々は、大半は日常から離れたくて、異国情緒漂う南の島に癒しを求めて訪れる方が大半なのだと思います。


何も知らず訪れる「ないちゃー」に向けられる視線は、決して歓迎ムードの暖かいものばかりでは無いというのが実情だったりします。

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沖縄は、基地問題でも戦争でも、日本から見放され、いじめられている

沖縄在住中、このような内容の新聞記事や街頭看板をよく見かけました。


仕事などでお世話になった方たちも、世間話の延長上で、何も知らない「ナイチャー」であるワタシ達に、よく戦時中の話を聞かせてくれました。


ワタシ達を責めるでもなく、ワタシ達に気を使いながら、教えるのが義務だとでも思われてるのか、貴重なお話を何度と無く聞かしていただいたものです。


その時の話の内容は『日本兵は首里の壕に避難していた非武装住民を追い出した』だとか、『自分たち(日本兵)が隠れたり食事をしたりすることを優先し、女・子どもに対しても冷たいどころか、全然助けてくれようとしなかった』等と言う話でした。

聞くに堪えない話ばかりで、心底「戦争は二度とあってはならない!」と、強く思ったものです。


「日本兵」と言う言葉を聞くたびに、肩身が狭い思いをしておりました。


聞いた話が、全て事実であるのなら、「戦争」が人間を「人でなし」にしてしまうのだから、「戦争」が全て悪い!と、率直に感想を述べたことがありました。


すると、初対面の初老の男性が『でも、アメリカは沖縄の為に色々してくれた。戦争があったから、アメリカに助けられ、復帰前の沖縄はヨカッタさぁ〜』と、横から話に入ってきたのです。

その男性の言葉を借りるのなら、集団自決も焦土の島と化したのも、日本兵のせいであり、戦争そのものは否定しないと、これも実際、一沖縄人の貴重なご意見です。


ワタシはこの後くらいから居酒屋から足が遠のいてしまいました。


埋めようの無いひび割れた信頼感、それに対する絶望感、何故か腑に落ちないが劣等感がフトした時に襲ってくるのです。



初老の男性の意見が、いつまでも頭の中に残っておりました。


沖縄県の20%を占める米軍基地、嘉手納の騒音問題、米兵による少女暴行事件・・・、今でも問題が山積みで、アメリカに対する感情は如何なるものなのか?と、考えた事はありましたが、アメリカは擁護しても、日本に対する意見も態度もこんなにも厳しいとは。


日本にある米軍基地の70%が、日本の0.6%の土地しかない、この小さな沖縄に集中している。


様々な問題が起きつつも、こんな状況にあるのは日本が悪い。


そう思われている沖縄人の多さ。



書籍や紙面の情報よりも、「戦争体験者」と言う一人の生身の言葉の、なんと重く厳しいものか。


その内容が、戦争の悲惨さよりも、日本兵の冷酷さを伝えるものだったことが一番ショックであった。
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 沖縄は、沖縄県民でも知らないいろんな顔があります。

あの陽気さや楽園のような風景とは似つかわしくない、実に不幸が重なった島国なんだと思うのです。
そして、それを他県民が知った顔で話すのも、軽々しいと思われるのではないかと、気を使ってしまうのです。

でも、この著者が講演でこう言ってたそうです。

大江健三郎や筑紫哲也に代表されるヤマトの進歩的文化人たちが、沖縄に“怒られに行く”という、うんざりする構図は、もういい加減にした方がいい。そろそろ沖縄自身が“被害者意識”の桎梏から解放されてもいい時期ではないのか。そうでなければ、いまや沖縄観光のメッカとなっている『ひめゆりの塔』も、靖国化の道を辿るだけである


この言葉で、ワタシは今一度、沖縄についてブログに綴ってみようかと言う気になりました。


生前の筑紫さんが、毎年沖縄からニュースの中継をしている番組は見ておりました。
そして、沖縄に対して思いやりに満ち、見る者を深く考えさせるような、筑紫さんの言葉に深く感銘を受けておりました。

そのような心持ちでなければ、ここ(沖縄)では暮らせないのだと、何か沖縄と言う土地で過ごすには、厳しい『流儀』が必要なのだと、何故かそんな思いに苛まれ、常にピリピリと過ごしておりました。


そんな毎日が辛くて、何も前向きに考えられない状態が耐えられなくて、本当に何度逃げ出したくなったことか。


そんな弱気を振り切る為に、開設したブログでした。


何が辛いって。


自分が、このワタシ自身が、沖縄に何をしたか?


何もしたつもりはないのに、この地に暮らすというだけで、見ず知らずの沖縄県民に反省を強いられるのです。

戦争の責任を。薩摩藩の侵攻。内地企業の沖縄進出。

小言のように聞かされて、「沖縄には何しに来た?」「どうせすぐ帰るんだろう?」「沖縄では何がしたいんだ?」・・・興味を持たれるのは分かるのだが、必ずと言っていいほど誰もが同じ事を聞いてくる。


確かに、わずか3年で帰郷してきたワタシですが。

(沖縄を知らずして、家財道具も仕事も生まれ故郷に置き去りに、容易く沖縄入りをしたからだ)と、反省すること仕切り。


ただの辛い経験と成り下がった沖縄生活を、忘れようとするかのように仕事に打ち込んだ昨年でした。


でも、お正月に読んだ佐野氏のこの本。

もっと早くに出会いたかった一冊でした。(とは言え、2008年9月の出版)

佐野氏はこうも言っておりました。

大江、筑紫的視点だけでは、沖縄の持つ奥深さや魅力を十分表現できない。戦争の悲惨さ、暗さばかりが強調されがちだったが、逆に取材現場で出会ったのは…。
「笑いの連続だった。笑った後、その後にしみじみ考えさせられる。沖縄は圧倒的な存在感があるが、独特の笑いというものが活字になった試しがない。えも言われぬ笑いであり、笑った後に伝わってくる薄気味悪さ、底深さがある。沖縄に対するある種の遠慮が内地人の目を曇らせてきた」

1972年に本土復帰してからも戦後一貫して“被害者の島”として語られてきた沖縄。だが、1953年に本土復帰した奄美諸島の人々には、差別をしていた時期がある。事件を報じる新聞も「ピストル男は大島生まれの脱獄囚」というように、わざとそれを強調した見出しをつけていた。
「奄美に対する差別はすさまじいものだった。土地は買えない、選挙権はない、銀行は金を貸さない、人間ではないという扱いだった。沖縄では基地と反戦が最大の産業になってしまった。被害者の島ということを既得権益化し、それは、生活に組み込まれている。奄美で差別を受けた人は今は80歳くらい。今、書き留めておかないと“なかったこと”になりかねない」


「遠慮」こそ、ワタシが沖縄で最後まで不自由さを感じることになった心の痞えであり、問題として持ち帰ってきてしまった「問題」なのです。

漠然とした沖縄と言う佇まいに対し、単なる楽園だと思い込んでいた自分の無知さ、そこに軽々しく住もうと考えた事の無神経さを、誰に詫びる事も出来ずに、ただ反省し、小さくなりながら暮らさせていただく・・・「遠慮」してしまうのです。


何も知らないからこそ、遠慮の仕方も分からず、遠慮の必要性も方向性も見出せないまま、ただただ気持ちばかりが萎縮してしまい、避けること、見ぬ振り、気づかぬ振り、知ったかぶりの繰り返し・・・。

沖縄の真の姿を知ることが、最善策と思うのです。

ですが、沖縄の真の姿を、知っている沖縄人も、そう多くはないのではないか?と、今では思います。


知られていない沖縄の姿。


琉球王国・戦世(いくさ〜ゆ)・アメリカ世(あめりか〜ゆ)・大和世と、全く異なる文化の波に翻弄された小さな島国を、ワタシは今度は下手な遠慮をせずに、正面から向き合えるよう、知っていきたいと思っております。

年頭から・・・

あけまして おめでとうございます!


結局、昨年はブログの更新もサボりがちなまま過ごしてしまいました。

自分の更新だけではなく、パソコンの電源を入れる余裕がないと言うのが現状でした。


ワタシはと言えば、仕事も順調で、元気に過ごしておりました(^-^)v


12月は30日まで仕事( ̄□ ̄;)

お正月はお互いの実家でのんびりと過ごしておりました。


主人の実家で過ごしていた元旦の昼下がり。

ふと、長兄が「コレ読んだ?」と一冊の本をワタシに差し出しました。


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/de/da/neoxnico/folder/1538330/img_1538330_48537290_0?1231156343『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』 佐野眞一著


・・・正直、忘れようと思っていても、三年に及ぶ沖縄生活は頭から離れるわけもなく、何かと言ってはボンヤリと考えているワタシでした。

ある種のトラウマとでも言いますか・・・

思い出すのも口にするのも、時には辛い時もあり、何も解決できぬまま終えてしまった移住生活そのものが『悪』だったような気になり気持ちが沈んだり・・・

沖縄の写真や雑誌はすすんで見ることも無く、この一年はどちらかと言えば遠ざかろうとしておりました。

そんな折、思いがけずに渡されたこの本。

実に650余ページに渡る分厚さですが、実に読みやすく、一週間に満たない正月休暇は読書に費やしてしまいました。

避け続けていた沖縄を、てんこ盛りで「これでもかっ!」と突きつけられた年の初め。

【避けたい】とか、どうしてこんな感情が沸いてしまうのか、少し被害妄想過ぎるのかもと自問自答してみたりもするのですが、結局、問題を問題のまま持ち帰って来た事に対する自責の念だったりもするのです。


それでも、この本を読んで、ここに書かれていることが全てだとは思いませんが、また一つ、沖縄に近づけたような、その手がかり足がかりになるような一冊でした。



読み終えてみて、新たな思いが沸々と沸いてきたのです。



避けたい場所にしてはいけないし、自分自身、気持ちのどこかでは(避けたくなんか無い!)と、強く思っているんだと、改めて気づきました。



この本のネタバレにならない程度に、これから沖縄をどう自分の中で消化していこうか、ただ観光で行くだけの「南の楽園」としての括りでいいのか、このカテゴリーの中で考えていってみたいと思います。

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