Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

ロルパ取材記

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 スレチャウルは、ロルパの郡庁所在地リバンからバスで2時間ほど手前にあるバザールだ。10月8日、私たちはここで一泊した。ピュータン出身の主が経営する宿屋に泊まる。あるいは、夜のあいだに、マオイストが接触してくるかもしれないと思ったのだが、誰も訪ねてくることはなく、翌朝6時すぎ、私たちは3人で北に向けて出発した。ロルパの北のはずれにあるタバン村まで、丸2日間歩かなければならない。この道を歩いたことがあるのは私だけだった。2年半前に北のルクム郡側からタバンに入り、タバンからスレチャウルまで歩いた。今回はこれを逆方向に歩いていくことになる。現在、ドイツの援助機関GTZの援助で、スレチャウル−タバン間に車道の建設プロジェクトが進行中だ。スレチャウルからしばらくのあいだは、このプロジェクトにより道幅が広げられた山道が続いた。途中、ほとんど人に会うこともなかったが、1時間ほど歩いたところで、荷物を運ぶ途中の少年マオイスト‘デイオ’に会った。年を聞くと16歳だという。昨年、カトマンズ盆地の西側のハイウェー上であった「クリシュナタル襲撃」に参加したという。この襲撃の様子は、Nepal1テレビの記者が撮影して放送されたのだが、初めてのマオイスト襲撃映像の放送として話題になった。私たちはディオを誘って、お茶を出してくれる農家に入った。農家の庭に行くと、ダサイン祭でルクム郡のカンクリ村に帰るところだという子供連れの10人ほどのグループがいた。しばらくすると、同行者‘J’の知り合いでタバン村出身の男性が一人息子を連れて農家に入ってきた。やはり、ダサイン祭でカトマンズの私立校で学ぶ息子を連れて帰るところだという。やがて、ディオに荷物を運ばせていたマオイストがやってきた。‘バッジャ’という党名をもつこのマオイストと話すうちに、彼がDCM(郡委員会メンバー)で、この地区の‘サハカリ(協同組合)’責任者だということがわかった。彼もタバン村まで行くところだという。私たちは彼を通じて、マオイストから‘入域許可’をとることになり、彼とともにタバンに向かうことになった。

 スレチャウルから2時間半ほど歩いて、私たちはジャイマカサラに着いた。バッジャの指示により、私たちはここで食事をとりながら、許可証が出るのを待つことになった。どこでもそうだが、食事はオーダーを受けてから作る。そのため、最低で1時間、長いと1時間半も待たされることになる。ここでは、同行者のJとUがククラ(鶏)のタルカリを食べたいといいだしたため、食事ができるまでに2時間近くかかった。食事を作ってくれた宿の横では、グリーンの制服を着た「ジャナ・ミリシア(人民義勇軍)」少年少女が、‘サムヒク・ケティ(集団耕作地)’で山芋の葉を刈る作業をしていた。

 バッジェによると、ロルパ郡では、マオイストは約1年前から村人の移動に‘パス制’を布いているという。自分の村から他の村へ行くにも、村人民政府から許可証をもらわないといけない。バッジェはパス制を布いた理由を「スパイ活動が増えたためだ」と話すが、われわれも、もちろんこの対象になるもので、‘許可証’がないとタバンまで行くことはできない。ジャイマカサラでは午後1時ごろまで待ったが、結局、許可証を得ることができず、私たちは食事のあと、前進することになった。午後4時前、ポバンに着く前から雨が降り出した。傘は役に立たないため、私たちは茶店に入って、大きなビニール・シートを買い求めた。これを頭からすっぽりとかぶって歩く。雨が降り続いていたが、私たちはなるべく明日中にタバンに着くために、さらに2時間ほど歩いたところにあるフリバンまで行くことにした。宿泊する宿に着いたのは午後6時、すでに暗くなりはじめていた。

 上の写真はポバンの手前で、GTZの車道建設プロジェクトで働く村人。村人は建設現場で働いた代償に米をもらう。


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