Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 今朝6時にジープでロルパ郡ティラを発ち、9時間のドライブのあと、バイラワから飛行機に乗って、午後7時半に自宅に着いた。カトマンズに着いた今、昨日までロルパの山道を歩いていたことが信じられないような気分である。この2週間のあいだに、ロルパ郡だけでなく、その北に接するルクム郡まで足を伸ばした。数日間は、人民解放軍のエリート部隊とともに山を歩くという、非常に貴重な体験をした。その間、先日、ルクムのチュンバン村で開かれた党中央委員会で解体が決定された政治局の元メンバー3人にインタビューをするという、念願の目的を達成。前から会いたいと思っていた人民解放軍の副コマンダー4人(コマンダーはプラチャンダ党首)の1人「プラバカール」こと、ジャナルダン・シャルマや、優秀な若手リーダーとして急速に頭角を現しているロルパ出身の「ビプラプ」こと、ネトラ・ビクラム・チャンダにも会って、長時間話しを聞くことができた。新編成になって、新しく任命された人民解放軍の連隊や大隊の女性コマンダーや女性政治コミッサーにも会うことができた。

 今回は、ロルパのマオイストのリーダーから“知らせ”が届いて、突然取材に行くことを決めたのだが、正直言って、これほど面白い取材になるとは思っていなかった。人民解放軍の師団レベルの兵士が一同に会したのを見たのも、初めてだった。おそらく、停戦後、これだけ大勢の“ツァパマール(武装マオイスト)”がメディアの人間の前に姿を見せたのは初めてのことだろう。7政党とマオイストのあいだで“同意”が成立したあとのロルパの変化を見ることが、今回の取材の目的の一つだったが、“変化”はメディアで報道されているのとは全く異なる形で起こっているという印象を受けた。それについては、少しずつこの場でも書いていきたい。

写真上は、12月10日にロルパ郡ババン村で開かれた「民主化人民集会キャンペーン」。郡のあちこちから集まった村人の前に、人民解放軍第5師団マンガルセン・スミリティ連隊の人民兵士が銃をもって並ぶ。

写真下は、隊列を組んでルクム郡ルクムコット村に向かう人民解放軍兵士たち。

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2005/12/21(水) 午前 0:40 [ ]



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