Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 今日は朝から、「キルティプルが自由区になった」「パタンでデモ隊と警官隊が衝突中」という知らせを受けていたのだが、ランチ・ミーティングの予定が入ってしまい、キルティプルには行くことができなかった。その代わりに、午前中と午後、パタンの様子を見に行った。パタン・ドカの周辺では早朝から、パタン・キャンパスの学生らが道路でタイヤを燃やしたりして封鎖を始めたらしく、午前10時半ごろに行くと、警官隊との投石がまだ続いていた。「午後2時にスンダラからデモが出る」と聞き、2時半ごろスンダラに行くと、数百人の人が集まって、ちょうどデモが始まったところだった。ダルバル・スクエアの手前には軍の装甲車2台が止まっていたが、デモ隊はそちらには向かわずに、マンガル・バザールのほうに旧市街の路地を早足で歩いて通り抜けた。「王制打倒!」「国王は泥棒だ!」などと過激なスローガンをあげながら、デモの参加者が路上の見物人にデモに加わるよう手招きするが、デモに加わる地元の人はほとんどいないようだった。途中、プルチョーク近くで警官隊とかち合い、投石が始まりそうになったが、警官隊もこのデモ隊には手出しをしなかった。デモ隊は結局、チャーサルまで行って簡単な集会をして解散になった。「ベンジャンカール」カーストが住人のほとんどを占めるチャーサルは、UML(ネパール統一共産党)の支持者が多い地区で、1990年の民主化運動時には地下に潜行する活動家の隠れ家となっていたところだ。パタンが「自由区」になったことを宣言した集会も、ここチャーサルで開かれた。しかし、今日の集会の参加者は、当時に比べると圧倒的に数が少なかった。地元のネワール人の参加者が少ないようだった。

 キルティプルでも朝から学生らが道路を封鎖して、警官隊との投石が終日続いたようだ。携帯電話で様子を知らせてくれた友人の話によると、トリブバン大学の学長室が壊され、バザールの入り口などにバリケードが置かれて道路が封鎖されているという。実質的な「自由区」になっていると話していた。

 カマル・タパ内相は、状況によっては事態をコントロールするために外出禁止令と非常事態宣言の発令も辞さないことを示唆している。明日は午後2時からカトマンズのバサンタプルで7政党の合同デモがある。

写真上は、パタン・ドカでデモ隊が移動したポリス・ビートを元に戻そうと試みる警官隊。警官隊は結局、あきらめた。

写真下は、パタンの旧市街をデモする政党活動家。


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