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今日午後1時から開かれる予定だった国会は、コイララ党首の具合が悪く、出席できなかったために約4時間遅れて始まった。コイララ党首は結局、国王の前で首相就任の宣誓を行うために王宮に行くこともできず、国会ではコイララ党首が送った書簡を読み上げて終わりとなった。コイララ党首は制憲議会選挙に関する議題を提案し、これが可決されたために、制憲議会選挙が実施されることは確実となった。さらに、書簡のなかで新首相は「政府側も停戦を宣言して、マオイストとの対話を始めること」を約した。ただし、この書簡のなかで、コイララ党首は制憲議会選挙が「条件付き(王制について)」で行われるのか、あるいは、マオイストが要求しているように無条件で行われるのかについては触れなかった。
女性の国会副議長チトラ・レカ・ヤダフ(議長のタラナス・ラナバトは辞任した)が、マイタリ語訛りの美声でコイララ党首の書簡を読み上げるのをテレビで見て、昨年、パタンのダルバルマルグ広場で開かれた「擬似国会」を思い出した。どしゃぶりの雨が降り出して黄色いサリーが濡れても、ヤダフ副議長は今日のように、見事に落ち着いた美声で演説をしていた。国会は明後日午後4時に再開されることになったが、コイララ党首の具合はかなり悪いようだ。統一共産党が今朝、K.P.オリを同党の連立政権のリーダーに指名したが、コイララ党首が任務ができない状態になったときには、オリが副首相となって実務を行う可能性が高い。
午後2時から、クラマンツでマオイストの集会があった。しかし、集会の主催者は「サミュクタ・ロクタントラ・モルチャ」と「ラシュトリヤ・ジャナマンツ・ネパール」という左翼系の市民グループで、演説をしたマオイストは学生組織ANNISU(革命)のレクナス・ネウパニ会長と、マオイストの労働組合のサリグラム・ジャンマカッテル会長のみ。歌と踊りを披露したグループも、確かにマオイストだが、演説者のほとんどは党員ではなく、「マオイストの集会」と呼ぶには少々ふさわしくないような印象を受けた。演説したネウパニは「無条件の制憲議会選挙」を求めるとともに、「われわれのロードマップとは共和制だ」と話していた。マオイストの歌に合わせて踊りを踊った女性マオイストは、カブレ郡で開かれた集会で会ったことのある「アネコット文化グループ」の女性コマンダーだった。彼女と、まさかカトマンズで再会することになろうとは思ってもいなかった。レクナス・ネウパニとは、ビラトナガルやカトマンズ、ロルパ、カブレなど、あちこちで会ったことがある。力強い演説をする学生リーダーだ。首都で公の場に姿を現した最初のリーダーとなったわけだ。今日から復活した国会で、マオイストに対するテロリスト指定が解除されることになるが、そうなれば、中央レベルのリーダーが集会で演説をする日も近いだろう。彼の演説を聞きながら、ロルパにいるマオイストはどうしているのだろうと気になった。
写真上;マオイストの集会で、黙祷の最中、2人のマオイストのみ右手を上げて「ラール・サラーム」をしていた。右手を上げた右の人物がレクナス・ネウパニで、その左がサリグラム・ジャンマカッテル
写真下;「アネコット文化グループ」のマオイストの踊り
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ついに国会が再開されてまずはおめでとうをネパールの皆さんに。議事堂の職員が再開のために働いている様子を新聞の記事で読みました。 議事堂をきっと大群衆が取り巻いて見守ったことだろうと想像していました。今、カトマンズの春は10年ぶりに晴れ晴れとしているのではないかと思っています。コイララさんが出られなかったことは惜しまれます。ネパールにはstudents power が逞しく存在していることは日本の現状と比べて羨ましいとも感じています。
2006/4/29(土) 午前 2:15 [ F.K. ]
再び。28日の御講演の聴衆の一人が小倉さんの写真をメールで送ってくれました。私にこのblog のあることを知らせてくれた人です。思いがけないことだったので、お目にかかれたような気がして嬉しく、また書きました。どうぞ、お疲れを回復してください。
2006/4/29(土) 午前 3:59 [ F.K. ]
いつも、コメントをありがとうございます。残念ながら、カトマンズの春は完全に晴れ晴れとしたわけではありませんが、平和の一歩を踏み出したことは確かです。
2006/4/29(土) 午後 3:23 [ nep*l*jo*rnal ]