Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

マオイスト情報

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 今日は、ネパール暦のジェタ月19日。5年前の今日、当時のビレンドラ国王一家全員を含む王族10人が亡くなったナラヤンヒティ王宮事件が起こった。5年目の今日、カトマンズは“マオイスト一色”に染まった。午前中から市内のあちこちに、プラチャンダの絵を刷り込んだ赤いTシャツを着たマオイストが出現した。人民解放軍の旗をつけたトラックも何台か見かけた。赤いTシャツを着たマオイストは人民解放軍に属するボランティアで、約2000人が動員されたという。場所によっては、警官と一緒になって赤いTシャツ姿のマオイストが交通整理をしていた。ロルパやルクムで会った人民解放軍の人たちとはまるで別人のように、彼らの態度が傲慢に見えたのはどうしてだろうか。トラックのAK−47の絵が入った人民解放軍の旗といい、すべてが力の過剰なディスプレイというか、「やりすぎ」という気がして仕方がなく、一日中違和感を感じた。

 集会は午後1時から始まったのだが、メディア関係者にはパスとともにロゴ入りのキャップが渡された。ステージの横にかけられたプラチャンダ党首の巨大な合成写真といい、ラトナパーク周辺のあちこちに設置された水飲み場といい、かなりお金をかけているのがわかる。クラマンツの中に集まった人たちは、大半が地方から狩り出されたマオイストだったようだ。人はあふれ出て、隣のサイニク・マンツ(軍事広場)にまで大勢の人が入り込んだようだ。夜のニュースで見ると、国王夫妻らが観戦する屋根付きの席まで見物人が入っていた。今日の集会の主催者は特別中央コマンドのコマンダーで人民解放軍の4人の副司令官の一人“アナンタ”だったが、アナンタは舞台裏に徹したようで、中央委員のアグニ・サプコタが集会の責任者として紹介された。29日にポカラで会ったばかりの人民解放軍副司令官で西ネパール・コマンドのコマンダー“プラバカール”と女性リーダーのパンパ・ブシャル、対話団の3人のメンバーが演説をした。やはりプラバカールの演説が圧倒的にインパクトがあった。対話団の演説は長いばかりで内容がぬるい。演説の合間に、シェルパやタマン、ネワールの歌や踊りが披露された。西ネパールのベリ・カルナリからはるばるやってきたイチュク文化グループが、カルナリ地方のデウラ・ダンスを踊っていた。

 BBCラジオは今日の集会に「20万人が集まった」と言っていた。「力のディスプレイ」としては確かに成功したといえるのだろう。しかし、個人的には、こうした数をもって圧倒するやり方、人民解放軍を連れてきて“仕切る”やり方、プラチャンダをまるで国王のように崇めるやり方は、どうも権威的で反感を覚える。もともと中央の権威に反抗する勢力として出てきたはずのマオイストが、権威に染まる傾向を見せている。政党として大きくなりすぎたのか、あるいは、武装勢力の運命なのだろうか。

写真上から;ボランティアの人民解放軍メンバーたち
      人民解放軍の旗をつけたトラック
      マオイストが配ったキャップをかぶるジャーナリストたち
      人民解放軍式のあいさつ「ラール・サラーム」をするプラバカール
      対話団長のクリシュナ・バハドゥル・マハラ

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当然権力の中枢に乗り込むのです、色んな事態予測してのりこむのですから、かなりの緊張は想像できます。最悪の事態予測して結集したのですから、傲岸に見えるのも人の弱さとして、やむを得ないと理解できます。 南京の日軍や。バグダットの米兵みたいに。命かける、行為の人の弱さ

2006/6/3(土) 午前 9:42 [ - ]

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