Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

 昨日はプラチャンダの記者会見を待って、バルワタルの首相官邸前で10時間を過ごした。プラチャンダとバブラム・バッタライは昨日の朝、ポカラからヘリコプターでカトマンズ入りし、今朝8時すぎ、ヘリコプターで再び西ネパールに向かった。昨日は、コイララ首相とプラチャンダ党首のあいだでサミット対話を開いたあと、7政党の党首を含めて会談。一月以内に暫定憲法を作って、それに基づいて暫定政府を発足。この後、下院を解散するとともに、マオイストの人民政府を解体するなど、8ポイントの合意が成立した。6人の法律の専門家からる委員会が暫定憲法案を15日以内に作成し、次回のサミット対話に出すことになっている。制憲議会選挙に日程は、暫定内閣が発足してから宣言されることになっているが、プラチャンダは「来年4月から5月にかけて選挙を実施すべき」と答えていた。

 昨日は終日の“待ち”で一日を潰されてしまった。首相官邸前には大勢のメディア関係者と同じくらいの数のマオイストがいた。一昨日、ホテル・ヒマラヤで開かれて対話のときもそうだったが、人民解放軍第二師団のベタン・スミリティ旅団のコマンダー“ジビダ”が率いる私服のマオイストが周辺の警備にあたっていた。ジビダとは、今年3月にシンドゥルパルチャーク郡トカルパ村で空爆に会ったとき、同じ家のなかに隠れていた経験がある。記者会見のために、官邸内に入ったのは暗くなりはじめたころで、小さな入り口から大勢の記者が中に入ろうとして、混乱状態になった。私は少しおさまるのを待ってから中に入ったためにすでに座る椅子もなく、場所を確保するのに大変だった。官邸内の庭に張られたテントのなかで会見が開かれたのだが、小さな電灯しか設置されておらず、プラチャンダの第一声がそれを皮肉る言葉だった。

 記者会見の席に現れたプラチャンダとバブラム・バッタライは、上下まったく同じ服装だった。昨年はじめの“党内粛清事件”以来、すっかり大人しくなったように見えるバッタライは、最近、どこにいくにもプラチャンダに同行している。一見すると、プラチャンダの“右腕”のようにも見えるが、実は、プラチャンダの監視下に置かれているのではないだろうかと言う気もする。

 シタウラ内務大臣が決定事項を発表したあと、プラチャンダが15分ほど“演説”をした。「外国からの(インドとアメリカを示唆しているのだろう)深刻な介入」と「陰謀の可能性がまだ残っている」ことを強調しているのが印象的だった。「私たちは(ミステリアスな車の事故で1993年に死亡したUMLの総書記)マダン・バンダリのことを忘れていはいない」と、何者かが、プラチャンダらを狙う可能性もあるために、まだ首都圏に長く滞在するつもりはないことを明らかにしていた。プラチャンダのインタビューは、最近、ラジオで何度も放送され、テレビでも2度放送されたていたために、すでに見慣れたような感じもしたが、大勢のカメラを前に、額にしわを寄せて、鋭い目つきで話す様子は、やはり他のリーダーとは異なる印象を与えた。プラチャンダが話す言葉は、やはり聞きなれた“マオイスト”のものであるためか、それほど印象的ではなかった。30年におよぶ地下生活のあとに、初めて公の場に出てきたわけだが、最近、村人の前でもすでに何度か演説をしたりしているためか、それほど緊張しているようには見えなかった。プラチャンダの右側後ろに、ロルパ出身の人民解放軍副コマンダー“アナンタ”が座っていた。アナンタが公の前に堂々と現れたのも初めてのことである。

 マオイストは暫定内閣で、コイララに次ぐ2番目のポートフォリオ、つまり、副首相の席を求めていると聞く。プラチャンダは入閣しないことをすでに明らかにしているので、クリシュナ・バハドゥル・マハラか、あるいは他の対話団メンバーが入閣することになるのだろう。

写真;中央にプラチャンダ党首とその左側にバブラム・バッタライ。後ろに立っているのは、ほとんどが私服の人民解放軍兵士たち。


[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事