Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 パルパのタンセンで27日から開かれたマガル国民自由戦線の第一回総会には、マオイストのトップ・リーダーの一人でマガル族の“バーダル”ことラム・バハドゥル・タパ・マガルが主賓として招かれたほか、キラーティのマオイスト・リーダー、ゴパル・キラティやマデシのリーダー、マトリカ・ヤダフ、そして、マオイスト以外にも“ジャナジャティ系”の大勢のゲストが招かれていた。著名な学者のDr.ハルカ・グルン、オム・グルンからロルパ出身でパンチャヤト時代に議員になった女性のバム・クマリ・ブラ・マガル、そして目を引いたのが、10年ぶりで人々の前に姿を見せたバルマン・ブラ・マガルだった。今年75歳になるバルマン老人は、ロルパの“マオイストの首都”タバン村をコミュニストの村にした人物で、いわば“マオイストのルーツ”とも言える人物だ。マオイストが人民戦争を始めるとすぐに村を離れ、以後、カトマンズの郊外にある娘の家で、メディアからも距離を置いて隠遁生活を送ってきた。私はバルマン老人を父のように慕わせてもらっており、これまで何度も会いに行ってはタバン村の話を聞かせてもらっている。とにかくロルパやルクムからの大勢の知り合いに会った。当地で会ったときには迷彩服の制服を着ていた人民解放軍のコマンダーたちも、マガル族の民族服に身を包んでいた。当たり前だが、皆良く似合っている。

 27日の開会式は大勢のゲストに一人ずつ、マガル国民自由戦線の会長でタバン村出身のサントス・ブラ・マガルが白い布を頭に巻いて歓迎する儀式から始まった。その後、各郡ごとのグループがマガルのダンスを披露した。ロルパのタバン村から来たグループが踊った“ブメ・ナツ”が最も人目を引いた。その後、バーダルら大勢のゲストが演説を始めた。私にはマオイストのリーダーよりも、むしろ、Dr.ハルカ・グルンの「ジャナジャティ(民族系)はソージョ(正直)であるべきだが、ムルカ(愚か)であってはいけない」という演説のほうに興味が引かれた。マガル国民自由戦線は「ジャナジャティによる自治決定権を認めた連邦共和制」をスローガンとしているが、これはマオイストの党方針でもある。この方針は実はマオイストだけでなく、ほとんどのジャナジャティ系グループが主張している方針でもある。

 パサンは今回も公の前には姿を現さなかった。しかし、今回は大勢のネパール人ジャーナリストがパサンにインタビューをしている。近いうちに「Himal」などに記事が出るはずだ。28日には地元タンセンのFMラジオで初めてのパサンのインタビューが放送された。私もパサンと、現在の状況についていろいろな話をすることができた。

写真上;“ブメ・ナツ”を踊るマガル国民自由戦線会長のサントス・ブラ・マガル
写真中;演説をする主賓のバーダル
写真下;サントス・ブラ・マガルがバルマン・ブラ・マガルに“ドーロ”と呼ばれる白い布を巻いて歓迎する。


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